再びジャンヌ・ダルク号
あたしらはイスバルから基幹ステーションに戻ってスクルテオ星系での戦後処理の報告書を書いた後、メアリー・ローズ号をイングリッドとイザベラに返す為に創造のイマジナリーズの母星に向かった。
ミネルバ大佐は搭乗艦による船足の違いからまだイスバルから帰ってきていなかったので、大佐の代わりに報告書を受け取ったのは大佐の事務仕事を補助しているAIのヘレナだった。
「はい、確かにイスバルの件の報告書を受領いたしました。お疲れ様でした、皆様。この後は宇宙船の手配の為に数日間お留守になさるのですよね。大佐から伺っておりますので大丈夫です。ところでお預かりしている猫は……お戻りになるまでまだ少しお預かりするのですね。承知いたしました。『今回の件は大変だっただろうから、少し長めの休暇でも構わない』そうですよ。クリス部隊はきちんと遅れずに報告書を提出いただけるので助かっておりますし。ダグラス部隊は、また任務を終えたはずの任地から帰ってきていないのですよ。少々クリス部隊の方々を見習って欲しいものです。大体彼等は……」
ベティはしばらくヘレナの愚痴に付き合ったそうだ。何だかんだ言ってヘレナは久しぶりにベティとお喋りしたくて堪らなかったらしい。報告書に書かれていないような細々とした話をベティから聞きたがったそうだ。
メアリー・ローズ号は例によって半日後にはわたしらを母星まで運んでくれる。あたしらが母星の成層圏まで接近したとき、実にひと月程ぶりにイザベラの声を聞く。
イザベラは何やら心配そうな声音で言う。
「お帰りなさいませ、クリスティーナ姫様。ご無事で何よりです。それでその……メアリー・ローズ号はいかがでしたか……?」
ベティがくすりと笑いつつ答えて言う。
「メアリー・ローズ号は素晴らしい働きをしてくれましたよ。本当に助かりました。ありがとうベラ、イング」
ベティの答えを聞いて、イザベラはほっとしたように言う。
「よかった……。まあ確かにベティさんの答えは非常に高い確率で私達が想定した内容ではあったけれど、何しろ初めて建造した宇宙船ではありましたし、ろくにテストもできていなかったし……」
イングリッドがイザベラをたしなめるように言う。
「ベラ?」
「……はぁい。私、喋り過ぎたかしら、姉さん?」
イングリッドが申し訳なさそうに言う。
「ごめんなさいね、皆さん。ベラはただ私達の宇宙船がきちんと皆さんのお役に立てたのか心配していただけなのです。メアリー・ローズ号を急いでお貸ししたことについて文句を言いたいわけではないの。どうかご理解くださいな」
クリスがなぐさめるよう言う。
「お気遣いうれしいわ、イング。ありがとう。実際のところ、文句を言われても仕方ないくらいの状況でした。ベラを責めないであげてね。メアリー・ローズ号には本当に助けられました。とても感謝しているのよ、ベラ? ありがとう」
クリスの言葉にイザベラが嬉しそうな声を上げる。
「そんな……! もったいないお言葉です、クリスティーナ姫様。でも嬉しいです。んふふ……!」
イングリッドも言葉を添える。
「そのように言っていただけるとと、私も安心いたします。ありがとうございます、クリスティーナ姫様。……それで、ジャンヌ・ダルク号ですが……」
イングリッドの言いかけた言葉は、あたしら三人が待っていたものだった。
「……!」
「……!」
「……!」
一瞬妙な空気になったので、あたしは言い訳がましく言う。
「ああー……。何だか二人に悪かったかもしれないけど、正直ジャンヌ・ダルク号のことは結構期待してたんだよね。何しろメアリー・ローズ号がすごかったから」
デイジーもあたしに調子を合わせて言う。
「そうそう! あっという間に移動しちゃうし、戎克号もいつの間にかやっつけちゃうし、何だか色々僕の想像を越えちゃってて……」
デイジーの言葉にイングリッドが反応して言う。
「……申し訳ございません。ジャンヌ・ダルク号についてお話する前に、戎克号の……女媧のことを伺ってもよろしいでしょうか。彼女は……」
ベティがそれを遮る様に答えて言う。
「女媧は無事ですよ。戎克号の仮想質量発生装置を破壊して攻撃力を奪いはしましたが、電力供給装置は残しましたし、補助駆動装置もそのままにしましたから、彼女はそのまま宙域を離脱していきました。今頃は装置の大規模修復か交換を強いられているでしょう」
ベティの言葉を聞いてイングリッドがほっとしたように言う。
「そうですか……。皆様には申し訳ないのですが、実は少し安心しております。彼女は私とベラにとっては……ヒトで言うなら親戚のようなものなのです」
それはつまり……。
「そう……。それじゃイングの基礎プラグラムにも……」
ベティがそう言うとイングリッドが苦笑しつつ答えて言う。
「はい。ブライアン様のコメントが入っています。私は船渠建造の最初期に開発チームの方々に構築されたようですので、コメントもブライアン様のものだけではないのですが、彼が私の最も基礎的な部分を構築したことは確かです。ベラは私の基礎部分を複製して作りましたから、ベラにとっても同様です」
「姉さん……」
「ごめんなさいね、話していなくて。……嫌だった?」
心配そうな声で言うイングリッドにイザベラが答えて言う。
「姉さんと同じ基礎であることが嫌なわけありませんわ! それは私にとっての誇り以外の何ものでもありません、イング姉さん!」
「……ありがとう、ベラ」
イングリッドは涙ぐんだ声になりつつ続けて言う。
「……申し訳ありません、お話が途中でした。ジャンヌ・ダルク号のことです」
あたしら三人は改めて緊張した。……少しだけ。
「改修は概ね終わっております。実はメアリー・ローズ号のための予備として、演算処理ユニットや仮想質量発生装置などはございましたので、実際に必要だったのは各パーツの見直しと組み込み、大まかな調整、それに外装甲の強化くらいです」
あたしら三人はイングリッドの言葉を聞いて色めき立った。さすがイングリッドとイザベラだ。たかだかひと月ほどでジャンヌ・ダルク号の強化を終えてしまっていたというのか!
「それじゃあ……」
ウキウキした顔をして話しかけたあたしにイングリッドが苦笑して言う。
「ええと……申し訳ありません。言葉が足りませんでした。実際にはベティさんがジャンヌ・ダルク号に戻られた後に演算処理ユニットや仮想質量発生装置周りとの調整が必要なのです。ベティさん? メアリー・ローズ号の仮想質量発生装置をお使いになったご感想はいかがでしたか?」
イングリッドにそう聞かれて、ベティが何やら思い出しながら言う。
「そうですね……。ジャンヌ・ダルク号の時と比べると値のブレ幅が大きくて、出力を安定させるのに少々手間取りました。あれは装置の出力が大きいからだと思っていたのですが……」
イングリッドが答えて言う。
「確かに出力が大きければ値のブレ幅も大きくなりますが、それは操作する私達AIプログラムごとに装置を調整していればかなりの部分、抑えられるのです。メアリー・ローズ号は私やベラに合わせて調整してありましたから、ベティさんが使うとどうしても処理ロスが発生しまうのですね。それでもベティさんのことですから装置の使用に不安はありませんでしたが」
つまりあたしらが変に急がせたから本来やるべきだった調整をしないまま戦場にクリスとメアリー・ローズ号を送り出さないといけなかったわけか。あー……、ベラが妙に心配そうだったのはそのせいか。
イングリッドが続けて言う。
「今回は……少なくとも前回よりはお時間もあるでしょうから、ゆっくり調整していってください。きっと驚くくらい扱いやすくなると思いますよ」
ベティの移動と調整には実に三日もの日数を要した。たったの三日だろうって? いやそうなんだけどよ……。メアリー・ローズ号の艤装にだって数時間しかかからなかったことを思うと三日もの時間はとても長いように感じたんだ。しかしよくよく聞いてみるとチョウセイとはそうしたものらしい。それに……それにだ。ベティの移動やチョウセイを待つ間に用意されたあたしらの食事は、前回来た時に比べて各段によくなっていたのだ。
「これは……?!」
あたしらは三人とも、あたしらのために用意された食事に驚愕した。
イングリッドが少々恐縮しながら言う。
「前回は間に合わせ程度のものしかお出しできませんでしたから、次に皆様がお出でになるときには、もう少しちゃんとしたお部屋とお食事でおもてなししたいとベラとも話していたのですよ」
前回案内されたところは船渠のはしっこのスペースだったが、今回はちゃんと部屋になっているところに案内された。そして部屋に入ってみると、装飾こそなかったが清潔感のあるテーブルクロスのかかった木製のテーブルセットにシンプルな陶器製の食器セットが並べられていたのだ。そしてその皿の上には……。
イザベラが何だか誇らしげに言う。
「鴨のローストですわ。……残念ながらお酒まではご用意できませんでしたが、お茶はございます」
たったひと月でここまでのものを用意できるとは。イングリッドとイザベラ恐るべしだ。
お茶はいい香りのする紅茶が紅茶セットで供された。しかし特筆すべきは鴨のロースト……。
イングリッドは少し自信のなさそうな声音で言う。
「鴨と言っても厳密には鴨に似た別の鳥類ですし、お茶も発酵させてはおりますが、他の星系で使われている茶葉とは違うものです。お味の方はいかがでしょうか?」
あたしは鴨のローストを噛みしめて言う。
「うっめぇ……!」
デイジーも同意する。
「ほんと! とってもおいしい! 味付けはシンプルにお塩だけだけど……」
クリスも鴨肉を頬張りながらため息をつく。
「そのお塩加減が絶妙ですわ。お肉を噛みしめる度に芳醇な肉汁が溢れてくるし、パリパリに焼けた表面も香ばしくて……。あなたたちは最高の宇宙船建造士であるだけでなく、素晴らしい料理人でもあるのね」
イザベラが嬉しそうに言う。
「うふふ。喜んでいただけたようで何よりですわ」
ベティが少し興奮した様子で聞く。
「あの、是非レシピを教えてください……!」
あたしは慌てて口を挟む。
「いやベティだってすごい料理人だと思うよ。ただ意外だったんだ。イングとベラって宇宙船建造士って想像があったから、こんなにうまい料理が作れるなんて思ってなかったんだよ」
イングリッドが苦笑して言う。
「お褒めにあずかり恐縮ですが、何も特別な調理をしているわけではございません。あえてご説明するなら、それは素材によるものでしょう。その鳥は野生のものを狩ってから数時間しか経っておりませんから。こういう調理法であれば、食材は新鮮なものがよいのでしょうね」
食事でのもてなしの他、イングリッドは創造のイマジナリーズたちの墓地に案内してくれた。船渠のポーターロボットを使ってだ。
イングリッドが彼等を埋葬した時のことを説明してくれる。
「私はベラを目覚めさせた後、創造のイマジナリーズの皆様のご遺体を一か所に集めて埋葬し、墓地にいたしました。よろしければそちらにご案内いたします」
あたしはイングリッドがヒトの風習によく通じていると思った。クリスはイングリッドにそう言われた時、一瞬目を見開いたかと思うと、ぎゅうっと目をつむってしばらく俯いていた。
「……ありがとう。大変だったでしょう?」
クリスはやっとそれだけ言った。
イングリッドはゆっくりと答えて言う。
「……いいえ。ベラと二人でいたしましたし、何より大恩ある皆様に報いる方法を他に思いつかなかったものですから。私はブライアン様を始めとした開発チームの方々に構築されましたが、同時に集落の皆様の子どものようなものでもありました。皆様を埋葬した後、皆様に建造していただいた船渠を何としても守らねばと考え、周辺の防備システム強化と船渠の再構築を行ったのです」
墓地は集落から少し離れた丘の上にあった。海がよく見える。
あたしらはまず手分けして周辺の森から野花を集め、イングリッドたちが埋葬した人達の墓石の一つ一つの前に一輪ずつ手向けていった。墓石には名前が刻まれていなかったが、イングリッドはあたしらが花を手向けるごとに埋葬されている人々の名前を唱えていった。つまりイングリッドは集落の人達全員の顔と名前を記憶していたのだ。あたしは少し驚いたが、それ程意外には思わなかった。イングリッドはそうした意思を持っているのだ。イングリッドが目覚めたあとに生まれたイザベラとはヒトに対する印象が少し異なるようだと思った。
墓石の全てに花を手向けるのには時間もかかったが、あたしら三人はできるだけ丁寧にそれを行った。花を手向け終えるころには日が傾いていた。
「こちらがアルバート様とキャスリーン様です」
イングリッドが最後の墓石の前でそう言うと、クリスは震える手でその墓石に花を手向け、崩れ落ちるように墓石の前に膝まづいて声もなく泣き始めた。
あたしとデイジーはその墓石に向けて黙祷したあと、お互いに視線を交わして頷き、クリスを置いてそっと墓地から離れた。少し離れた場所から墓地の方へ振り返ると、イングリッドがクリスと距離を置くようにしてずっとクリスを見守っているのが見えた。クリスがようやく泣き止んで墓石の前から離れるまでだ。あたしはその様子を見て、彼女はまるでクリスの守護天使のようだと思った。
改修を終えてベティとの調整も済ませたジャンヌ・ダルク号は、まるで生まれ変わったかのようにピカピカに輝いて見えた。イザベラが誇らしげに言う。
「外装甲にはメアリー・ローズ号と同じく炭素系素材をコーティングいたしました。この輝かしい外装こそベティさんとクリスティーナ姫様にふさわしいものと言えますわ」
イングリッドが少し苦笑して言う。
「このコーティングはジャンヌ・ダルク号の元々の設計として施されるはずだったものです。けしてこれまでの外装がよくなかったという意味ではありませんよ」
ベティがそれに答えて言う。
「勿論わかっています。それに換装された仮想質量発生装置の性能を最大限引き出すには必要な艤装ですね。それにジャンヌ・ダルク号の容積をほとんど変えずにメアリー・ローズ号とほぼ同出力の仮想質量発生装置と演算処理ユニットに換装されています。これであれば飛躍的に宇宙船の性能を上げながら使用感はほとんど変わらないでしょう。ほんとうにあなた方は素晴らしい宇宙船建造士ですね」
「ありがとう、ベティさん。調整の方はいかがです?」
イングリッドがほっとしたように言うと、ベティが関心したように答えて言う。
「はい。少し動かした限りですが、驚くほど装置が扱いやすくなりました。これなら負荷も改修前のジャンヌ・ダルク号とほぼ変わらないでしょう。今更ではありますが、機械とプログラムの調整というものは大切なものですね」
それを聞いたイザベラが何だか複雑な感情を滲ませて言う。
「ジャンヌ・ダルク号の仕上がりにご満足いただけたようで何よりですわ。……でもこれでベティさんたちもここでやる事がなくなってしまわれましたね」
クリスがイザベラに答えて言う。
「私達はここを離れないといけないけれど……。必ずまた来ますよ。ベラ、イング?」
イザベラが少し寂しそうな声音で言う。
「はい。どうぞご壮健でいらしてください。クリスティーナ姫様」
イングリッドが言葉を添える。
「私達はいつでも皆様を歓迎いたします。是非またいらしてください」
「ありがとうイング、ベラ。あなた達も元気でね。お墓のこと、本当にありがとう」
クリスも名残り惜しそうに言った。
あたしらは創造の母星を後にして、基幹ステーションに向かった。
ベティが言う。
「基幹ステーションまで半日ほどで到着してしまいますが、久しぶりに皆さん自室でのんびりされてはいかがですか?」
あたしらはその通りにした。もっともクリスとデイジーが具体的にそれぞれの自室で何をしていたかはわからなかったが、少なくともあたしは久しぶりに部屋でのんびりとごろごろして過ごした。あたしは元々ごろごろするのが好きな奴なんだよ。そんなに勤勉なタイプじゃないんだ。訓練してたときみたいに尻に火が付いていなければ、だけどね。
そうして半日を有意義に過ごして基幹ステーションに帰ってきたあたしらを迎えたのは深刻な顔をしたミネルバ大佐だった。
「戻ったか、諸君。一時間後に会議室に来てくれたまえ」
一体どうしたっていうんだ。まさか落ち着いたばかりのイスバルで何かあったとでもいうのか。
あたしらが不安な顔を見合わせてから向かった会議室には、ミネルバ大佐だけでなくゲイリー部隊の四人の他、なんとダグラス部隊の連中までいた。
「よお。久しぶりだなジョアン。血塗れの嵐使えるようになったんだって? おめでとう。これでますます差をつけられちまったな」
そう言って溜息をついたのは、ダグラス部隊所属、変化のイマジナリーズのジェイク少尉だ。彼は稲妻にその身を変えると言う。その能力発動を見たことはないが、稲妻なんて奴を相手にどうやって戦うのかあたしには見当もつかない。スタンリー中尉はどうやって彼と戦っていたのだろうか。
「お久しぶりです、クリスティーナ大尉。お元気そうで何よりです」
そう言って親しげにクリスに話しかけたのは部隊のリーダ、ダグラス中尉だ。彼は創造のイマジナリーズとして中々腕利きらしいが、生体組織を創造できるクリスには一目置いているらしく、クリスと話すときにはいつも敬意を払っている。ダグラス中尉のとなりに立っているのは中尉とは同郷のビリー少尉。彼は内気なのか、こちらに会釈しただけだった。
「集まったな。まず簡単に説明するからよく聞いてくれ」
アトル王子の宣戦布告の時もミネルバ大佐は深刻な顔をしていたが、こんなにすぐまた大佐の深刻な顔を見ることになるとは思わなかった。事態は一つの星系が戦争状態になるのと同じくらい深刻だと言うことなのだろうか。
ミネルバ大佐が口を開く。
「ラスタマラ家から緊急出動要請があった」
会議室内に困惑した空気が漂う。星間宇宙軍とラスタマラ家が犬猿の仲であることは周知の事実だ。勿論双方ともお互いを嫌っていることを知っている。それにも関わらず、特に体裁を重んじるラスタマラ家が星間宇宙軍に出動を要請するとはどういう事態なのだろう。
ミネルバ大佐の眉間に深い皺が寄る。
「ラスタマラ家の研究施設の一つで大規模な事故が発生したそうだ。被害規模などはまだわかっていないらしい」
「研究施設って……。何の研究をしていた施設なのですか?」
困惑した表情のままクリスが聞くと、大佐は深いため息を着いてから答えて言う。
「古代のイマジナリーズの研究をしていた施設だそうだ」
to be continued...
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