メアリー・ローズ号
「どうぞこちらへおいでください。何もございませんが、できる限りのことはさせていただきたく……」
あたしらはジャンヌ・ダルク号を創造のイマジナリーズの母星地下深くにある宇宙船の建造施設……二人のAI、イングリッドとイザベラは船渠と呼んでいたが……に着陸させた後、ジャンヌ・ダルク号から降りたところでイングリッドの声と小型の資材運搬用ロボットに導かれて船渠内の一角に案内された。そこには急造したらしいテーブルセットと簡単な食事が用意してあった。
「粗末なものしかなくて申し訳ございません。お客様を迎える機会に恵まれるとは、思いもよらぬことでしたので……」
イングリッドが恐縮しながら供してくれたのは、人数分のミネラルウォーターと保存食だった。ミネラルウォーターが入っていたグラスの形はバラバラだった。しかしもてなしとは物ではなく心によるものだろう。あたしはあたしらを歓迎してくれようとする二人の心を嬉しく思った。クリスやデイジーも同じだったと思う。
「そんなこと言わないでくれ。あたしはその気持ちが嬉しいよ。ありがとう」
あたしはイングリッドとイザベラに感謝して言った。
イザベラがおずおずと答えて言う。
「恐縮ですわ……。あの……お名乗りいただいてもよろしいでしょうか。私は姉とこの船渠の管理をしておりますAIのイザベラと申します。その……よろしければ私のことはベラとお呼びください」
イザベラに続いてイングリッドも自己紹介をする。
「申し遅れました。私はイングリッドです。私のことは、よろしければイングとお呼びください」
あたしは改めて自己紹介をしてくれた二人に答えて言う。
「よろしくベラ、イング。あたしはジョアン、変化のイマジナリーズなんだ。この子はデイジー、支配のイマジナリーズだ。そして……」
あたしはクリスについてどう説明したものか、躊躇いながら言いかけたのだが、その言葉はイングリッドの声で遮られた。
「姫様……。クリスティーナ姫様でいらっしゃいますね?」
「クリス? 姫様って……」
あたしとデイジーが驚いた顔をクリスに向けると、クリス自身も驚いたような声をあげる。
「ちょっと待って……。私の両親は確かに集落の人達の指導者的な立場だったとは思っていましたが、だからと言って王族だったわけでは……」
「……いいえ」
イングリッドが穏やかではあるが断固とした口調でクリスの言うことを遮った。
「大変恐れ多いことではございますが、今やクリスティーナ姫様はかつて高度な科学技術を誇った創造のイマジナリーズ一族の王家唯一の生き残りでいらっしゃいます。ベティさんはご存じかと……」
クリスが半信半疑な様子でベティに聞く。
「……ベティ?」
「今まではそのことに触れる必要もないと考えていましたが……」
ベティは少し言いずらそうに話し出す。
「かなり以前……恐らくまだ銀河に古代のイマジナリーズが存在していたくらいの頃と思われますが、創造のイマジナリーズの一族は、この惑星に辿り着くかなり以前には王国を築いていたと言われているのです。そしてアルバート様は王族の末裔であると……。そしてアルバート様とキャスリーン様のお子であるクリスは……その……」
「お姫様ってわけか?!」
あたしが思わず口にすると、クリスがあたしをたしなめるように言う。
「……ジョアン?」
あたしは久しぶりに見るクリスの『数ミリ上がった眉』に震えあがって言う。
「悪かった……」
あたしは両手を挙げて『降参』した。ひぇぇおっかねぇ……クワバラクワバラだ……。
それからベティは、イングリッドとイザベラにクリスがこの創造のイマジナリーズの母星を出てからどんなことがあったか、あたしとデイジーのこと、イスバルでのことまでを含めてざっとではあるが説明をしたんだ。
感心するというより、ふふんって感じでイザベラが言う。
「ほほぉ……戎克号……」
イングリッドはため息をついて、とても残念そうに言う。
「そうですか……、ブライアン様はそのようなことまで……」
「はい。我々AIにとって、そうしたヒトの行動原理と言うのは理解しがたいものがありますね。そしてブライアン氏の助力を得たラスタマラ家は、現在星間宇宙軍やファティマ王女、ファティマ王女派のスクルテオ星系の人々の命を脅かしているのです」
ベティの説明を聞いてイザベラが不思議そうに言う。
「そのぅ……クリスティーナ姫様は星間宇宙軍やイスバルの王女をお救いになりたいとお考えなのでしょうか……?」
「……?」
あたしはイザベラの言っていることが理解できなかった。
ベティがイザベラに答えて言う。
「ベラ? 私に説明させてね。ベラやイングはきっと、クリスにここに留まって欲しいと考えているのね? 今はヒトの飲食や寝泊りにも多少不便があるかもしれないけれど、それは少しずつでも解決できることではあるし、何よりここに留まっていれば……」
イザベラがベティの言葉に続けて言う。
「そうです! 私たちがクリスティーナ姫様をお守りできますわ! ……でもきっと、姫様は困っている人たちを放ってはおけないのですね。私たちには理解することが難しいのですが……」
ベティはあたしらにも説明してくれる。
「私には彼女たちの気持ちが理解できます。彼女たちはヒトと接触しないまま、何年もこの場所を守ってきたのです。私もクリスやジョアン、デイジーと一緒に過ごしていなければ、彼女たちと同じ考えでいたと思います。それに……」
クリスがベティの言葉を遮って言う。
「ベティは悪くありませんわ……。私を守ろうとしてくれたのね」
「……どういうことだい?」
あたしには二人の話していることがわからなかった。
デイジーがあたしに答えるように言う。
「何となくわかる……かも。ベティは創造のイマジナリーズの母星に来るって決めた時、一番の理由はもちろんジャンヌ・ダルク号を強化しないと戎克号に対抗できないってことだと思うけど、もう一つの理由はクリスを無謀な戦い……強化しない状態のジャンヌ・ダルク号と戎克号との戦いから遠ざけようとしたんじゃないかって……」
そうなのか……。あたしはちっとも気が付かなかった。
ベティは珍しく少し慌てたように言う。
「クリスだけじゃありません! ジョアンやデイジーのことも……ですが、そうです。皆を無謀な戦いから遠ざけようとしたのは事実です。ごめんなさい……」
あたしもつられて慌てて言う。
「いや待ってくれよ。ベティが謝るようなことじゃ……」
イザベラが口を挟む。
「……そうですね。ベティさんのどこが悪いのか私には……」
「口を挟まないのよ? ベラ?」
イングリッドがそれをたしなめるように言ったので、イザベラがしおらしく言う。
「ごめんなさい……」
ベティが続けて言う。
「……戎克号がファティマ王女派の惑星を攻撃するタイミングまでに戻れる可能性は少なかったと言えます。問題はそれにも関わらず、そのことを皆に相談しなかったことです。私は皆に相談することでジャンヌ・ダルク号を強化することの優先度が下がる事を恐れ、敢えてそのことに触れずに創造のイマジナリーズの母星に来ることを強行しました」
クリスがベティをフォローするように言う。
「私は今回のベティがいつものベティらしくないと感じてから気が付いてはいましたが、戎克号に対抗するためにジャンヌ・ダルク号を強化することが必要なことは確かですし、敢えて口を挟まないでいました。そして結果的に最速でジャンヌ・ダルク号を強化するためのことをしましたわ。ベティ? だから気にしないで。お願いだから」
ベティが少し涙ぐんだ声で答える。
「はい……。クリス」
イザベラがやや小さな声で少し不満そうに言う。
「……私たちからすれば、クリスティーナ姫様を最優先でお守りするのは当然のことですのに……」
「ベラ?」
イングリッドにたしなめられたイザベラがしおらしく言う。
「はぁい……。ごめんなさい、姉さん」
イザベラをたしなめた後、イングリッドがベティに聞く。
「ベティさん? 仰りたいことは理解しているつもりです。先に言われた通り、この船渠がジャンヌ・ダルク号をいかに効率的に強化できたとしても、ブライアン様の攻撃からファティマ王女派の惑星を守ることには間に合わない可能性が高いと考えられます。……最善の策は、メアリー・ローズ号を使うことですね」
あたしはイングリッドの言ったことに驚いてしまった。
「メアリー・ローズ号を?! それじゃジャンヌ・ダルク号は……ベティはどうなっちまうんだい?」
ベティがあたしの言ったことに答えて言う。
「私は一時的にメアリー・ローズ号に移動することになるでしょう。……でも本当にいいの? イング? メアリー・ローズ号はイングとベラにとって大切な宇宙船なのでしょう?」
イングリッドは落ち着いた声で答えて言う。
「クリスティーナ姫様がそれをお望みであれば。私やベラを含めて、この船渠にあるものは全てクリスティーナ姫様のものなのですから……」
「そんな風に言わないで。イング」
クリスは少し哀しみを帯びた声で言う。
「あなたやベラはものではないの。あなたもベラもあなた達自身のものなのよ。それを忘れないで」
イングリッドはクリスの言葉に少し涙ぐんだ声で答えて言う。
「……ありがとうございます。私たちは果報者にございます。メアリー・ローズ号は私たちが丹精を込めて建造した宇宙船でございます。ジャンヌ・ダルク号に劣らぬお力添えをいたしましょう。存分にお役立てください。ジャンヌ・ダルク号は大切にお預かりいたします」
クリスがイングリッドの言葉に答えて言う。
「……ありがとう。それではメアリー・ローズ号を使わせてもらいましょう。艤装が終わっていないと聞きましたが、終わるまでにどのくらいかかりそうですか? ベティの移動にどのくらいかかるかもわかるようなら知りたいです」
イザベラが答えて言う。
「いくらもかかりません、クリスティーナ姫様。メアリー・ローズ号の艤装が終わっていないのは、ひとえに船渠周辺の防備を優先していたからに過ぎません。その防備も概ね終わっておりますので、ここは集中してメアリー・ローズ号の艤装を完成させてしまいます。数時間もあれば充分でしょうから、その間にベティさんの移動も終わってしまいますよ」
「ただ一つ問題が……」
イングリッドが口を挟む。
「何分メアリー・ローズ号は私とベラの二人で使うつもりでしたので、ヒトの居住スペースがないのです。格納庫のスペースは充分にございますから、急ごしらえになりますが艤装の一環としてエアロックと上下水道完備の居住スペースを作りますよ」
そうしてイングリッドとイザベラはメアリー・ローズ号の艤装に取り掛かった。二人の仕事は素晴らしく、見る見るうちにメアリー・ローズ号の艤装は完成に近づいていった。並行でベティの移動も行ったので、移動が終わるまでベティとは話せなくなった。
あたしらはイングリッドとイザベラがエアロックと居住スペースを作り込んでくれるのを待って、それぞれのマットレスと着替えや細々としたものを少し運び込んでいた。
あたしはこっそりクリスに聞いた。
「……なあクリス? スクルテオ星系まで戻るのに、どんなに早くたって十数日はかかるだろ? 水と食料はどのくらい持ち込んだらいいんだ? イングとベラが作り込んでくれた居住スペースは狭くはないけど、三人分のマットレスを持ち込んだら、それ程たくさんの物資は持ち込めないぜ?」
「そのことですが」
突然イングリッドが割り込んで来た。あたしとクリスはさすがにびっくりした。
「!……」
「!……」
「あら……驚かせてしまいましたか……、申し訳ございません。気になるお話が聞こえてきてしまったものですから……。水と食料ですが、諸々考慮いたしましても、それほどの量は必要ないと存じますよ。よろしければそれらの物資を運搬するのも私どもがいたしましょう。それと念のために申し上げますと、ブリッジもございますからご心配なさいませんよう。こちらも急ごしらえですが、座席をご用意するようにいたしますので」
メアリー・ローズ号の艤装は二時間もかからず完成した。
イザベラが感慨深そうに言う。
「ああ全く光栄なことですわ……。私たちが丹精を込めて建造した宇宙船を、完成してすぐにクリスティーナ姫様にお使いいただけるなんて……!」
クリスも嬉しそうに言う。
「本当にありがとう。大切に使わせてもらうわね。……戎克号がどれほどの性能を持っているかにもよるのだけれど……」
「その心配はなさそうです」
メアリー・ローズ号への移動が終わって目を覚ましたベティが口を開く。
「ジャンヌ・ダルク号がよい宇宙船であることに疑いはありませんが、メアリー・ローズ号の性能は比べるべくもない程ですよ。よくもこれだけの宇宙船を建造できたものです。本当に素晴らしい宇宙船ですよ、イング、ベラ?」
イングリッドも嬉しそうに言う。
「ありがとうベティさん。そんな風に言ってもらえてうれしいわ。ジャンヌ・ダルク号は大切にお預かりしますね。……よろしければ、御一行がお戻りになるまでにジャンヌ・ダルク号を強化しておくようにいたしますけれど。できるだけ……」
「上品に、ね?」
「上品に、ね?」
「上品に、ね?」
イングリッドとイザベラ、ベティが嬉しそうに声を合わせて言いながらくすくす笑った。この短い間に三人ともすっかり仲良くなったようだ。……もっとも彼女たちにとっては充分に永い時間だったのかもしれない。
そうしてあたしらはイングリッドとイザベラに別れを告げて、メアリー・ローズ号で創造のイマジナリーズの母星を後にした。
待っててくれよファティマ王女、ミネルバ大佐。星間宇宙軍の同胞たち、スクルテオ星系の罪なき人々。
あたしらが今助けに行くからな!!
to be continued...
読んでくださってありがとうございます!
皆様に幸多からんことを!




