お伽噺
――――昔々あるところに、年老いた魔法使いがおりました。その魔法使いは人々の暮らす村から離れて、森の奥深くに一人で暮らしておりました。
その魔法使いがいつから森にいるのか、村の誰も知りませんでした。村の人達はその魔法使いが恐ろしい魔法を使うことを知っていたので、皆魔法使いを恐れ、森には近づきませんでした。
時折り魔法使いは村にやってきました。魔法で作った不思議な石を酒場に持ってゆくと、お酒と交換してもらえたのです。魔法使いは村に来るとき、必ず猫を連れていました。酒場で作ってもらえる猫の好きなご飯を食べさせてあげるためです。
酒場のご主人は魔法使いをそれは恐がりながら給仕をしましたが、猫がおいしそうにご飯を食べる様子を見る魔法使いがとても嬉しそうだったので、魔法使いも優しいところがあるのだなと、酒場のご主人は少し安心しました。
そんなときです。
村長さんのお家の男の子が酒場に入ってゆく魔法使いを見かけて、ふんと鼻を鳴らしました。
「魔法なんて嘘に決まってる」
男の子は魔法使いがお酒を飲んでいる隙を狙って猫をさらい、見つからないように隠してしまいました。魔法使いは猫がいなくなったことに気がついて、慌てて探しましたが見つかりません。
「ピート? どこに行ったんだ?! ピート!」
おろおろと猫を探す魔法使いを見て、男の子はお腹を抱えて笑いました。
「みんな見ろ! あのみっともない姿を! 猫もろくに見つけられないんじゃ、魔法なんて嘘っぱちなんだ!」
魔法使いは男の子に言いました。
「君がピートをさらったのか? 私のピートを返してくれ!」
必死に懇願する魔法使いを見て、男の子は笑って言いました。
「魔法が使えるのは嘘だって認めたら、猫を返してやってもいいよ!」
「ピートを返せ!」
魔法使いが持っていた杖を一振りすると、杖から雷が出て男の子のそばに落ちました。
「ひゃあ!」
男の子はびっくりして飛び上がり、村長さんのお家に向かって逃げ出しました。
魔法使いは怒って男の子を追いかけて、さらに杖をもうひと振りすると、男の子が逃げ込もうとした村長さんのお家が消えてしまいました
「僕のお家が……!」
男の子がへたへたと座り込むのを見て、魔法使いが言いました。
「私のピートを返すんだ。さもないとお前も消してしまうぞ」
しかし男の子は言ったのです。
「猫は僕のお家に隠していたんだ……」
魔法使いは取り返しのつかないことをしてしまったことを後悔しました。消してしまったものを戻すことは、魔法使いにもできなかったのです。
魔法使いは、とぼとぼと森へ帰って行きました。そして二度と村に来ることはありませんでした。
「中々趣き深いお伽噺だとは思うけど……、それは?」
あたしがそう聞くと、クリスがそれまで話してくれていたお伽噺について説明してくれる。
「創造のイマジナリーズの集落に昔から伝わっているお伽噺です。私が小さい頃、お伽噺をせがむ私にお母様が何度も話してくれたのですわ」
クリスが懐かしそうに言った。
ベティがクリスの話を補足する。
「クリスにこのお伽噺を話してもらったのは、このお伽噺が仮想質量発生装置の機能について触れているからです。仮想質量発生プロセスによって行われる発電や事象の地平線の生成が魔法の杖というアイテムを通して語られています」
「ジショウノチヘイセン……」
あたしが困った顔をしていると、ベティが教えてくれる。
「少し乱暴ですが、この場合はブラックホールを指す言葉と思ってもらっていいですよ」
クリスが続けて言う。
「それと大きな力を誤って使うことによる大切な存在の喪失……。どんなに偉大な力でも使い方を誤ると大切なものを失ってしまうという教訓ですわ」
「……それなんだけどよ」
あたしは口を挟んで言った。
「猫を犠牲にしちまうっていうのは……何かこう、もやもやするっつうか……」
そんなことを言うあたしに、クリスがくすりと笑って言う。
「実はこのお伽噺には、続きがあるのです」
「続き?」
あたしが聞くとクリスが続きを話してくれる。
――――その魔法使いが自分の住まいである小屋でしょんぼりと食事をしていると、なんと突然何もないところから猫が現れて、魔法使いに向かって一声、『にゃあ』と鳴きました。
魔法使いはとてもよろこんで、もうこの猫を自分の魔法に巻き込むまいと固く心に誓い、末永く猫と仲良く暮らしました。
もちろんあたしはこのお話が単なるお伽噺だってわかってるさ。いいトシだしな。……でも正直言って、その後の猫と魔法使いの成り行きを聞いてすごくホッとしたことをを白状しよう……。
クリスがくすりと笑って言う。
「追加のところは、多分このお話を聞いた子どもが大人にせがんで作ってもらったお話だとは思いますけれど……、追加のところまでがこのお伽噺なのです」
ベティが口を挟む。
「……もしかしたら、それだけではないかもしれません」
「どういうことですの?」
不思議な顔をするクリスにベティが答えて言う。
「仮想質量や空間を歪ませるという現象を使ってどこまでのことが可能であるのかは、まだわからないことの方が多いのです。このお伽噺を作ったのは創造の能力を持つ科学者の方のはずですから、魔法の杖が仮想質量発生装置を示唆したものであるのと同じように、何某かの可能性を示唆しているのかもしれません」
正直あたしには少し難しい話だったが、まあお伽噺には色々込められているものがあるんだって話だな。……多分。
あたしらはイスバルでの初任務失敗の後、ファティマ王女とキアラ女史、シャム氏の身柄を基幹ステーションに預けて創造のイマジナリーズの母星に向かっていた。恐るべきラスタマラ家の宇宙船、戎克号に対抗するには、ジャンヌ・ダルク号とベティの機能改修が必要なのだ。
ベティが言う。
「今のジャンヌ・ダルク号にも武装はあるのですが、戎克号に対抗するには充分とは言えません。海賊などから宇宙船を守るための最低限のレベルと言ってよいでしょう。ただ私はこのくらいの武装の方が好きなのです。過度な武装は上品ではありませんから」
ベティは珍しく不満そうだ。
クリスが苦笑してベティに聞く。
「ベティの計画としては、どのくらい武装を強化するつもりなんですの?」
ベティが答えて言う。
「弾速の速い強化レーザー艦砲が数門必要です。ただ戎克号に対抗するために最も重要なのは仮想質量発生装置の強化です。これには電力供給ユニットの出力を少なくとも現在の十倍程にすること、強化したユニットからの超高圧電流に耐えられるようにバイパスまわりと装置そのものの強化も必要です。それと私の心臓部であるコンピュータユニットの処理能力強化も並行で行う必要があります」
あたしは多分、ベティが説明してくれたことの半分も理解できていなかったかも知れないが、それでも随分ジャンヌ・ダルク号に手が入ることは想像できた。
「あんまり理解できた自信はないけど……それだけのことをするのって、結構時間がかかるんじゃないか? ジャンヌ・ダルク号を戎克号に対抗できる状態にしないと意味がないっていうのはわかるけど、その……時間が……」
そんなことベティにだってわかってるだろうとも思ったのだが、どうしても口から出てしまった。いつもベティに頼り切りなのに現金なものだと自分でも思う……。クリスは何も言わなかった。
ベティが少し言いずらそうに答えて言う。
「……確かに普通に考えれば数日で終わる工程ではありません。ただはっきりとは言えないのですが、私が『ベティ』として目覚めてからジャンヌ・ダルク号の艤装を一通り確認した時、この宇宙船本来の設計よりもかなり簡素であることに気が付いたのです。恐らく母星にはジャンヌ・ダルク号に施される予定だった艤装が残っていると考えています。どこまでかはわかりませんが……」
今度はクリスが言いずらそうに口を開く。
「あの時は私も余裕がなかったから……」
ベティがくすりと笑ってクリスをフォローする。
「はい。あの時のクリスは最善を尽くしていたと思いますよ。実際のところ戎克号のことさえなければ、このまま旅を続けることだって充分できるのですから」
これは今一番聞きにくいことかもしれないが……、あたしは頑張って聞いた。
「それで……創造のイマジナリーズの母星には、どれくらいで着けそうなんだい? ベティ?」
ベティはあたしが聞くことがわかっていたような口調で答える。
「はい。今もジャンヌ・ダルク号は最大船速で航行中ですが、……早くてもあと二十日はかかります」
きっと今一番心苦しいはベティ自身だろう。一刻も速くジャンヌ・ダルク号を創造のイマジナリーズの母星に運びたいと一番強く思っているのはベティだろうからだ。クリスやあたし、デイジーの為に。
あたしはベティに詫びて言う。
「ごめんよベティ……。嫌な事聞いちまった」
ベティがあたしをなぐさめるように言う。
「いいえ、気にしないでください。必要な事ですよ」
デイジーがおずおずと口を挟む。
「それであの……、これも聞きにくいことなんだけど……、創造のイマジナリーズの母星って、今はどんな感じになっているの?」
クリスがゆっくりと言う。
「ブライアン叔父の襲撃の後、私は母星周辺の状況を伺いながらジャンヌ・ダルク号が格納されていた建造施設からそのまま飛び出してしまったから、集落の様子についてはわかりませんわ……」
ベティがおずおずとクリスの後を続けて言う。
「襲撃直後の状態は記録として私の中にあります……が、お伝えしない方がよいでしょう。でも宇宙船の建造施設はとても大きいですし、外部からアクセスして集落を経由せずに直接入れるはずですから、ご心配されるようなことはありませんよ」
しばらく重たい沈黙があたしらを包んだ。
クリスがようやく口を開く。
「私の故郷にあったことは過去のことです。今一番に考えるべきことは、イスバルを始めとしたスクルテオ星系の人々のこと、星間宇宙軍の同胞のことですわ」
デイジーが答えて言う。
「そうだね! 僕らでラスタマラ家の奴らにいじめられている人たちを助けるんだ! ……って言っても僕にできることって、ベティのお手伝いくらいかなぁ?」
デイジーが頭をかきながらそんなことを言ったので、あたしも調子を合わせて言う。
「そうなんだよなぁ。あたしも歯がゆいよ。なんとか王女の力になりたいんだけどなぁ」
そんなことを言うあたしにベティが少し言いにくそうに言う。
「……いえ、ジョアンとデイジーには、お話したいことがあるんです」
デイジーが不思議そうな顔で聞く。
「なんのこと?」
あたしにも何のことかわからなかったが、クリスはハッとした顔をして言った。
「まさか……、変化の能力の先に検討がついたということですの?!」
変化の能力の先? 何のことだ??? あたしは例によってわけが分からず聞いた。
「頼むよ……、あたしの能力のことらしいのにあたしがついていけてねぇ……」
ベティがゆっくりと話し出す。
「私はそもそもイマジナリーズ能力というものがどういうものなのか、ずっと考えていました。三つの形として発現するそれぞれの能力、創造、変化、支配は全く異なった能力の形に見えますが、ジョアンの血塗れの嵐を見て分かったような気がしたんです」
クリスが聞く。
「……それで、ベティの推測は?」
ベティが答えて言う。
「はい。創造、変化、支配はそれぞれ何かを支配することのできる能力なのです。変化は空間を、創造は物質を、そして恐らく支配は精神を支配する能力だと私は推測しています」
クリスが驚いたように言う。
「そうか……。きっと支配の能力にも先があるのね。……それで、ベティの考える変化の能力の先と言うのは?」
「はい」
ベティが答えて言う。
「恐らくジョアンのイマジナリーズ能力の先には、事象の地平線、つまりブラックホールの生成を可能にすることができる能力があると、私は推測しています」
to be continued...
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