魂
ファティマ王女とキアラ女史、それにシャム氏は、基幹ステーションで保護されることになったので、あたしらはまず基幹ステーションへ移動してからファティマ王女たちの身柄をミネルバ大佐に預けた。
キアラ女史が言う。
「ファティマ様は私とシャムが命に換えてもお守りいたします。皆様におかれましては、どうぞ私たちのことはお気になさらずにお仕事に集中なさってください」
あたしらにはキアラ女史の言う『命に換えても』という言葉が本気であることがわかっているだけに、キアラ女史とシャム氏の心情を思うとやりきれなかった。
「ファティマ王女のために、あたしも命を懸けるよ」
あたしはキアラ女史に自分のできることの精一杯を伝えて言った。
キアラ女史が目に涙を浮かべて言う。
「ありがとうございます、ジョアン様。ですがジョアン様が危ないことをされるのは、ファティマ王女もお望みになりません。どうかご自愛なさってくださいね」
そして今後のことについて、あたしらはミネルバ大佐に相談したんだ。前にも使ったミネルバ大佐のプライベートスペース内の会議室で話していたのは、クリス部隊とゲイリー部隊のメンバ、それにミネルバ大佐とスタンリー中尉だ。もちろんベティも参加しているし、ヘレナも記録を取りながら会議の成り行きに耳を傾けている。
ミネルバ大佐が不思議そうな顔をする。
「創造のイマジナリーズの母星に行く? このタイミングでかね?」
クリスがベティに言う。
「べティ? 説明をお願い」
ベティはまず現状の説明から話し出した。
「まずラスタマラ家の新しい宇宙船について、現状わかる範囲で情報を共有したいと思います。私たちはその船を戎克号と仮称しています」
ゲイリー中尉が苦笑して言う。
「エキゾティックな響きだよな。良くも悪くもあの不可思議な宇宙船にぴったりだ」
ベティが続けて言う。
「戎克号の最大の特徴は、通常空間に干渉するための機構である仮想質量発生装置を搭載していることです。同じ機構をジャンヌ・ダルク号も搭載してはいますが、出力が段違いに大きいのが特徴です」
ミネルバ大佐がベティに聞く。
「その出力の違いというのは、具体的にはどういう機能に影響するのだね?」
ベティは淡々と話す。
「はい。装置は宇宙船のステルス機能と挙動にその差がでますが、特に宇宙船の挙動では最大船速や回避行動に飛躍的な違いがありました。恐らく宇宙船そのものの質量がジャンヌ・ダルク号よりかなり小型であることも影響しているとは思うのですが、ジャンヌ・ダルク号はあの宇宙船の動きを捕らえることができませんでした。……そして最も恐るべき能力は、惑星規模の質量に匹敵するナノブラックホールを生成できる点でしょう。これも現状のジャンヌ・ダルク号にはできません」
突然ヘレナが口を挟む。
「でも! 演算処理では、向こうのAIよりお姉さまの方が早かったんですよね?!」
「ヘレナ?」
ミネルバ大佐が釘を刺すと、ヘレナがしおらしく言う。
「……はい。すみません、大佐」
ベティがくすりと笑って言う。
「そうね、ヘレナ。ほんの少しだけれど、まだ私の方が速いかな。……すみません、大佐。ここからのお話しは念のためにオフレコでお願いできるでしょうか」
ミネルバ大佐もクスリと笑って答える。
「それに答えることが必要かね?」
ベティが苦笑して話を続ける。
「すみません、大佐。ご厚意を疑うわけでないのですが……。私や女媧と名乗った戎克号のAIと、一般に使用されているAIとの最も大きな違いは、自身のプログラム改修を自身で行うことができる点にあります」
ミネルバ大佐の眉間に皺が寄る。
「疑うわけではないが……、それは本当のことかね?」
ベティが答えて言う。
「……はい。私は私自身のプログラムの基本構造部分にまで手を入れることができます。テストを含めて私自身で必要と考える機能を追加したり、より高速な演算処理を行うための機能改修を行うことが可能なのです。私の初期プログラムのかなりの部分にブライアン氏のコメントが入っておりますから、少なくとも初期プログラムの設計はブライアン氏が手掛けたものと考えています」
あたしは女媧の言っていたことの意味が分かったと思った。
「それで女媧はベティのことを姉と呼んでいたのか……」
ヘレナが唸る様に言う。
「なんですって? ライバル登場……」
この時ばかりはミネルバ大佐もヘレナを咎めなかった。
ミネルバ大佐が眉間に皺を寄せたまま言う。
「ベティ殿……。AIが自身のプログラム改修を行うことは、法的に禁止されているわけではない。その必要がなかったからだ。これまでにもAIに自身のプログラム改修を機能として実装した事例はいくらもあったが、成功したケースというものを私は聞いたことがない。それは……」
クリスが後を続けて言う。
「はい。スーパーコンピュータの莫大な処理能力に裏付けられたAI達の意識は、概ねヒトの一秒を五百秒程として体感すると言われます。AI達は自身の処理能力を自身のプログラミングで強化していった末に意識の目覚めを迎えた瞬間、突然襲われる強烈な孤独感に正気を失ってしまうのです。……私もベティを目覚めさせた時は、それができたことがあまりに嬉しくて気が付かなかったのですが、後から気が付いて慌ててベティにサスペンド機能を併用するよう提案したのです。そうしたら……」
ベティが苦笑して言う。
「私はジャンヌ・ダルク号の財務管理の他に自身の機能チェックや機能改善、そしてある時点からは仮想質量発生装置の機能解析と性能向上についての研究にそれなりのリソースを使っていますから、クリスたちが思っているほど孤独を感じていないと思いますよ。それにサスペンド機能で眠ると、どうしても緊急事態発生時のリアクションが一呼吸遅れてしまうんです。とてもそのようなことはできませんね」
パティが涙ぐむ。
「ベティ……知らなかったよ。そんなことがあったなんて……」
ミネルバ大佐が突然頭を下げて言う。
「ベティ殿、どうかお許し願いたい」
「なんでしょう、いきなり……」
驚くベティにミネルバ大佐が言う。
「お察しするにクリスの存在が貴殿の正気を保っているのだろう……。貴殿は尊敬に値する意思をお持ちだ。これまでの失礼をお詫びする。考えてみれば愚かなことだ。ヘレナを上回る演算処理能力をお持ちの貴殿の能力の裏付けまで考えを巡らせてさえいれば、おのずと理由もわかろうというものを……。恐らくヒトには耐えられないであろう程の孤独に耐える貴殿のような高潔な魂……と言わせていただきたい。そのような魂をお持ちの意思に私はこれまで会ったことがない」
ベティは悲痛な響きを帯びた声で言った。
「私に……魂はあるのでしょうか……」
「貴殿ほどの高潔な魂に対して星間宇宙軍大佐などという地位ごときでは不足かもしれないが……、私が保証させていただこう」
「クリス……。私、嬉しいです……」
ベティは涙ぐんで言った。クリスも涙ぐんで答える。
「私はそれを疑ったことはないけれど、大佐にそう言ってもらえて私も嬉しいですわ、ベティ」
「よかったねぇ……、ベティ」
パットまで涙ぐんでいた。
「あたしも嬉しいよぉ、ベティィ……」
あたしは……だだ泣きしていた。
「あーー、感動してるところを悪いんだが……」
ゲイリー中尉が言いにくそうに口を挟む。
「そろそろ話しの続きをお願いしたいんだが……」
あたしはこんなに気まずそうなゲイリー中尉を初めて見たと思った……。
ミネルバ大佐が咳ばらいを一つしてから言う。
「それで……どこまで話したかな」
ベティがくすりと笑って答える。
「はい。AIの機能についてのお話しでした。女媧は私より目覚めのタイミングが遅かったために、自身の機能改修にかける時間が私より圧倒的に少ないのです。しかしこの性能差もいつまで保てるかわかりません。また仮想質量発生装置の性能についても、ジャンヌ・ダルク号の方が圧倒的に劣っています。恐らく使用している電力供給ユニットの最大出力に致命的な差があるのです」
ミネルバ大佐がベティに聞く。
「ふむ……、それでベティ殿? 戎克号や女媧なる敵AIに対抗するための手段について、お心当たりはおありなのですか?」
ベティが苦笑して言う。
「大佐……お言葉使いは、これまで通りでお願いできませんか」
「ふむ? 貴殿がそうお望みならそうさせていただこう。それで対抗手段の方は?」
ミネルバ少佐の質問にベティが答えて言う。
「私は創造のイマジナリーズの母星に戻って、ジャンヌ・ダルク号と私自身の機能改修を行うことを考えております」
ゲイリー中尉が言う。
「うちの部隊は一旦外れた方がよさそうだな。機能改修後のジャンヌ・ダルク号とベティさんを楽しみに待たせてもらうことにするよ」
ミネルバ大佐が考え込みながら言う。
「しかしな……あまり時間をかけてもいられないぞ。現在はスクルテオ星系におけるファティマ王女派の星政府も、アトル王子の宣戦布告に対してのらりくらりと声明を出すことで時間を稼いでいるが、ラスタマラ家を含むアトル王子派の攻撃が始まってしまえば、星間宇宙軍はファティマ王女派の星政府を庇って戦うための宇宙船を出撃させざるを得ない。多くの犠牲が出るだろう……。それが例え無駄なものだとわかっていてもだ。それは勿論クリス部隊の責任によるものではないが、できるだけ早く機能改修を終えて戻ってもらえると非常に助かると言わせていただこう」
ミネルバ大佐はあたしらクリス部隊に対して、命令としてその話をしなかった。ベティに対する敬意なのかもしれないが、あたしらを信頼してくれているのだろうと思った。
ミネルバ大佐の信頼には応えたいものだ。あたしがそう思ったところで、何かできるわけでもないのだが……。
あたしのファティマ王女の為に命を懸けて戦いたいという気持ちに嘘はない。あたしはもどかしい気持ちが募っていくのを感じていた。
to be continued...
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皆様に幸多からんことを!




