中継地点
あたしらはデイジーの故郷の星へ行く途中、補給物資の調達のために中継地となる星へ寄ることにしたんだ。
ベティが言う。
「この辺りの星系なら、どこの港でも主品目となるような物資は同じように供給できるようになっているはずですから、今のうちに充分に燃料、水、食料などの物資を補給しておきましょう」
ここはカリィナ星系で最も繁栄している星、クォンバスの首都、エシテって街だ。ディマジラ星系のような発展した星の多い星系とは違って、この辺りの星系の星は辺境という雰囲気が強くなる。
クリスが言った。
「さすがにこの辺りで、丁寧に入出国管理をしている星はありませんわね。まあ、この辺りだと人口が増えるのは歓迎するでしょうから、意図的に入国しやすいようにしているのかもしれませんわ」
あたしはクリスに聞いた。
「いくら人口が増えた方がいいからって、誰でもウェルカムじゃ、犯罪組織の温床になったりするんじゃないのか?」
「そうならないための抑止力が、この星の警察組織にあればよいのですわ。実際には、この星の統合政府が銀河連邦に加入して、星間宇宙軍の保護下に入るってことですわね」
クリスが教えてくれたが、よくわからなかった。
「よくわからないけど、この星が銀河連邦に加入さえしていれば、星間宇宙軍に守ってもらえるってことかい? それはお尋ね者のあたしらなんかにゃ、まずいことなんじゃないか?」
あたしには、宇宙軍ってものがよくわかっていない。
ベティが教えてくれた。
「実はラスタマラ家と星間宇宙軍って、あまり仲がよくないんです。経済力を背景にした権勢を軍組織にも影響させたいラスタマラ家と、他勢力からの干渉を嫌う星間宇宙軍では、相性が悪いようですね。ラスタマラ家の依頼による犯罪者の指名手配などについては、宇宙軍内の情報伝達の効率が急に悪くなったりするんですよ」
そうなのか、世の中色々あるもんなんだな。人にもよるのかもしれないが、一人で自由にトレジャー・ハンター稼業なんていうものをやっていると世情に疎くなりやすいような気がする。
「普通、逆ですわ」
クリスがため息をつきながら言う。
「普通、独立して稼業をやっている人たちは、その時その時で宇宙で何が起こっているのか、常に目を光らせているものですわ。ジョアンなら大抵のことは大丈夫だと思いますけれど、油断は大敵ですわよ?」
助言は真摯に受け止めるべきだ。特にそれが、自分を大切に思ってくれる相手からのものであれば、だ。
「そうだな、気を付けるよ。……って言っても、何をどう気を付けたらいいか、よくわかってないんだけど。ベティ? あたしはどうしたらよさそうなんだい?」
ベティに聞いてみたが、ベティの答えは、あたしにはハードルが高いと感じられる内容だった……。
「クリスは毎日14の日刊報道情報紙からピックアップしたニュースに目を通すのに一~二時間を割いています。もちろん私もチェックはしているのですが、クリスはクリス自身でニュースに対する嗅覚のようなものを養いたいという意図があるようです」
うう……、クリスは尊敬してるよ。でもいきなりは無理かな……。
「いきなりクリスと同じようにするのではなく、少しずつ慣れていけばいいのではないですか? 後でピックアップ対象の日刊報道情報紙と、ピックアップの内容を相談しましょう?」
ベティが優しく言ってくれた。ありがとうベティ……。
クリスが苦笑しながら言う。
「習慣になってしまえば、逆にそれをしないと落ち着かなくなるくらいのものですわ。ジョアンってイマジナリーズ能力のトレーニングは毎日欠かさずやるくせに、報道情報紙に目を通すことにはほとんど興味を示さないんですもの」
あたしは答えて言った。
「ああ、体を動かすのは全然苦にならないんだよな。少しずつでも、自分が力をつけていっているのが実感できるしね」
デイジーが口を挟んだ。
「ジョアンは、僕の能力で解放されてみたいとは思わないの?」
デイジーが言ったことは多分、クリスを救出してからこっち、みんなが考えていたことだ。
あたしはデイジーに言った。
「デイジー? デイジーの能力はすごいと思うし、必要になればデイジーにその能力を使って欲しいって頼むこともあるかもしれない。でも今のところはそうなっていないから、それまではあたし自身で手に入れたこの能力だけでやっていきたいんだ。仮に一生そののままだったとしてもね」
デイジーは、ちょっと寂しそうな顔をした。あたしは慌てて言った。
「別にデイジーの能力を信じてないってわけじゃないんだぜ? クリスに起こったことをみれば、デイジーの能力がすごいことは疑いようがないしね。でもすごいからすぐに飛びつくっていうのは、あたしの流儀じゃないのさ。わかってくれるかい?」
デイジーは、にっこり笑って言った。
「うん、わかった! ジョアンの言っていることって、『解放』の能力について母さんから教えてもらったときの話と合ってるような気がする。母さんは、『解放の能力は絶対に安易に使っちゃいけないって。でないと安易に力を求める人たちに、僕が引き裂かれてしまうことになるから』って言ってたんだ。だから、普段は解放の能力のことは忘れていなさいって」
やっぱりデイジーのお母さんは立派な人物のようだな。……是非無事でいて欲しいものだ。
ベティが口を挟む。
「どうも物資の補給には、少し時間がかかるようです。よかったら、少し観光でもしていらしたらいかがです? デイジーもこの星は初めてでしょう?」
デイジーが顔を輝かせる。
「うん! 行きたい! ねえ連れてってくれる? クリス?」
こんなかわいい子の、かわいらしい頼みを断れる奴がいるだろうか?
クリスがにっこり笑って言う。
「もちろん、いいですわ! ジョアンはどうしますの?」
あたしはウィンクして言った。
「もちろん行くさ。ついてくるなっていってもね。ベティ? あたしらの自由時間はどのくらいだい?」
「そうですね……。余裕を見て5時間ほどです。ゆっくり首都内を一通り見て回れるくらいの時間はありますよ。でも気を付けるようにしてください。ラスタマラ家の情報は来ていないはずですが、油断は禁物です」
あたしらはベティの言葉を受けて、まずはデイジーの着替えをすることにした。一応変装のつもりだ。
「これ? ちょっと女の子っぽすぎない?」
デイジーが文句を言う……んだが、困ったことに、ものすごくよく似合っている。
「すっごくよく似合ってます、デイジー! かわいいです!」
ベティも興奮したように言う。
「私が子どもの頃に着ていたワンピースなのですけれど、ぴったりですわね。ジョアンのご意見は?」
クリスの質問に、あたしは口笛で答えた。
クリスが、にっこり笑って言う。
「最高の賛辞をどうも。デイジー? ジョアンもこう言っていますわ」
「わかった。じゃ、これでいい……。母さんも僕が女の子っぽい恰好をしているとすごく喜んでたよ、そういえば」
すこし照れたような、困ったような顔をしてデイジーが答えた。うーん、しかしほんとにかわいいな、デイジー……。
あたしらはエシテの街中を車でドライブした。インカムを改造してカメラを付けたので、車から離れてもベティのサポートが受けやすくなっていた。
エシテは特に観光に力を入れているわけではなかったが、中心部辺りは付近の都市から若者が集まって来ていて、繁華街はにぎやかだった。
「ね! 僕、ミュージカルっていうの、観てみたい!」
デイジーのリクエストだ。そういやあたしも観たことがなかった。
「クリス? ミュージカルって観たことあるかい?」
「映画でなら、ジャンヌ・ダルク号のライブラリで観たことありますけれど、ライブで舞台を観たことはありませんわね」
クリスが答える。ジャンヌ・ダルク号にそんなものがあるとは知らなかった……。もっとも知ってたからって、観たかどうかはわからない。もしかしてベティも、それであえて言わなかったのかな?
「よし! じゃあ、あそこでやってる『音楽の響き』ってやつを観てみよう!」
あたしはよくわからないが、楽しそうに見える看板につられて言った。
「あら、いい趣味していますのね。あのミュージカルは、昔から何度もリバイバルされている人気作なんですのよ。あれでいい? デイジー?」
クリスが言う。真剣か……。意外に詳しいじゃえねぇか、クリス……。
「うん! あれ観たい! ……ポップコーンっていうの食べながら観たいの、いい?」
デイジーが少しもじもじしながら言う。こんなかわいいお願いを断れる奴なんて、いないよな?
「もちろん! ポップコーンは三人分買いましょう!」
クリスもごきげんな笑顔で答えた。姉弟なのか、姉妹なのかわからないが、家族が増えたようでクリスも嬉しいみたいだ。
ミュージカルは……ものすごく楽しかった! これがミュージカルって奴か……。いやー、あたしゃ今まで人生損してたよ、もっと早く観てればよかった。ミュージカルで使われていた歌は、どれも今までどこかで聞いたことがある奴ばっかりで、舞台で歌っている俳優たちの歌唱力も素晴らしかった! デイジーもポップコーンを食べるのを忘れて観入っていた。
あたしらは買ったポップコーンを劇場で食べきれなかったので、街中を歩きながら食べてたんだ。そうしたら、あたしらとすれ違う人という人が、みんなポップコーンを頬張るごきげんなデイジーに見入っているのに気が付いた。やっぱりかわいいんだな、デイジー……。
ブティックの前を通ったとき、この星のトレンドらしい女の子の服がウィンドウに飾られているのを見て、クリスが言う。
「これ、デイジーに似合いそうですわ。どう? デイジー?」
「僕、男なんですけど……」
デイジーが恥ずかしそうに文句を言うが、クリスが笑顔のまま言う。
「そうね、デイジーは男の子ですわ。それで、どう? とっても似合うと思うんですの!」
ベティは意見を差し控えているようだ。板挟みなのだろうか……。
「……うん、かわいいと思うよ。ジョアンはどう思う?」
デイジーがあたしに助けを求めてきた。あたしは言った。
「正直に言うとな……、すっげぇ似合うと思うぜ。でもデイジーが嫌なら、ちゃんと断んな」
デイジーは、ため息をついて言った。
「わかった! クリスに任せるよ!」
デイジーって、やっぱりかわいいなぁ……。
喜んだのはクリスだけじゃなかった。ブティックの女性店員も、デイジーを、まるで目の前に顕現した女神のように扱ったのだ。その店員はデイジーの着替えを手際よく手伝ってから言った。
「ワタクシ、この仕事長いですけれど、今日ほど! 今日ほどこの仕事をやっててよかった! と思ったことはございません!!」
こうしてデイジーは、この星で最新トレンドのかわいらしい女の子の服に着替えることになった。……うん、動きやすそうだし、ワンピースよりいいんじゃないか?
そろそろ日が暮れてきた。あたしは言った。
「もうそろそろ時間だけど……、クリス? この星の酒場に興味はないか?」
「ジョアン……、未成年者が一緒ですわよ?」
クリスが文句を言うが、少しそそられていそうな雰囲気なのを、あたしは見逃さなかったぞ。
「気の利いた酒場ならノンアルコールだって置いてあるさ。デイジーは酒場に興味はないか?」
うーん、なんだか未成年者をたぶらかす悪い大人みたいだな、あたし……。
「ちょっと怖いけど入ってみたい……、クリスとジョアンが一緒だし」
デイジーも男の子だもんな! ってことで、あたしはクリスに言った。
「ほらデイジーもこう言ってるし、一杯だけ! 今はインカムにカメラを付けてもらったから、ベティに周りを見張ってもらうことだってできるだろ?」
クリスは根負けして言った。
「わかりましたわ、一杯だけですわよ。こんなにかわいい子が一緒なんですから、変な奴に絡まれたら、ジョアンが追っ払うんですのよ?」
「おう! 任しとけ!」
あたしは言ったが、すかさずベティに突っ込まれた。
「トラブルは避けてくださいね、ジョアン?」
了解、ベティママ……。
あたしらは店の端っこの方のテーブルに陣取った。あたしとクリスにグラスを二つとボトルを一つ。デイジーにノンアルコールのベリィスパークリングを頼んだ。それと肉料理を少しだけ。ご飯前だしな!
あたしはごきげんで言った。
「いやー、今日は楽しかったな。なぁ、デイジー?」
「うん! 楽しかった! このジュースもおいしい!」
デイジーもにこにこしながら答えた。
突然、ベティが声を掛けた。
「ご注意、不貞の輩です……」
あたしが振り返ると、いかにもと言った感じの男三人組が声を掛けてきた。
「どうしたことだ? こんなところに女神様が三人も、だぜぇ」
なんて言いながら下品な笑い声をあげている。
やばい! クリスが笑顔のまま、片眉を数ミリあげるのが見えた……。あたしはクリスが行動を起こす前にそいつらに声を掛けた。
「おい、頼むからあっちへ行ってくれ。あたしらは今、気分よく飲んでるんだ。邪魔してくれるな」
どうもアプローチをまずったらしい、そいつらは激高して言った。
「なんだと! 大人しくしてりゃつけあがりやがって!」
お決まりだなぁ。どうしよう、トラブルは避けないとなぁ……と思っていると、そいつらの後ろから声を掛けてくる男がいた。
「おい、ここは皆で楽しむところだ。酒は静かに飲まないとな」
その男は二人組で、どちらも見覚えのない制服を着ていた。……いや、見覚えあるぞ! こいつらは……。
「星間宇宙軍の人たちです……」
ベティがこっそり教えてくれた。
そのならず者たちは、その男たちにぺこぺこしながら酒場から出て行った。
「おけがはありませんでしたか? お嬢さん方」
とても紳士的な態度だ。クリスが答える。
「ありがとうございます、助かりましたわ。こちらは女三人でしたので……」
どういう女三人なのかは、一旦置いておくとしよう。
星間宇宙軍の男は言った。
「なんの! この星の治安を守るのが我々の仕事です。この星の方々ではないようですね?」
「はい。今日この星に着いたんですの。これから別星系へ参りますので、その中継地点として寄ったのですわ」
クリスは平静な態度を崩さずに言った。さすがクリス……。
「なるほど。この星は中継地点として便利な位置にありますからな。先ほどのことでこの星の印象が悪くならないとよいのですが……。我々は行きます。それでは、|よい旅を《have a nice trip》!」
「ふぅ~~」
星間宇宙軍の男たちが店から出て行ってから、デイジーが息をついた。
「ちょっと緊張した……。でもいい人たちみたいだったね?」
クリスがグラスを煽って言う。
「そうね。でも私たちのことを知ったあとでも、ああして紳士的にしてくださるかはわかりませんわ」
「中々腕が立ちそうだったな。星間宇宙軍っていうのは、あんなに粒揃いのやつらばっかりなのかね?」
あたしが聞くとベティが答えてくれた。
「はい。都市内の巡回をしているような星間宇宙軍の人たちは、この星の出身者で、志願して軍に入ったあと、数年間訓練してから故郷の星に赴任されてくるケースが多いようです。自分の生まれ育った街を守るということに誇りを持っている人たちです。手ごわいですよ」
あたしは、できればああいう奴らは相手にしたくないと思いながら、グラスを煽った。
to be continued...
読んでくださってありがとうございます!
皆様に幸多からんことを!




