危機
あたしはデイジーに手を振り返して送り出してから、落ち着いて少し考えを纏めることにした。
デイジーは自分がここに居てもいいのか、半信半疑だ。それはデイジーの支配の能力があまり強力ではないことに起因しているが、一方でそれはクリスの気持ちを刺激しにくい状態ではある。一番大事なのはあの傷ついた小さな子どもの気持ちを、あたしとクリスが守ってやらなきゃいけないってことだ。
あたしは考えが纏まったと思ったので、そのままクリスの部屋へ行った。
「クリス? 入るぜ」
あたしがクリスの部屋へ入ると、クリスはソファーに座って酒を飲んでいた。
「空きっ腹に酒はよくないぜ。酔いがまわりすぎる」
あたしがそう言うと、クリスはくすりと笑って言った。
「ベティね……、余計なことを……」
「ベティはクリスが心配なのさ。わかってるくせに」
あたしはため息をついて言った。なんだかいつもと立場が逆だ。
あたしは一つ思いついて、ベティに頼んだ。
「ベティ? 悪いんだけど簡単に食べれるものを二人分、持ってきてくれないか?」
「了解です! こういう時はサンドイッチがいいですね!」
やっぱりベティは頼りになる。あたしはクリスの横に座った。
「デイジーと話をしたんだ」
あたしはデイジーの境遇について聞いたこと、支配の能力のこと、そしてクリスの故郷に起こったことについて、デイジーに話したことをクリスに伝えて言った。
「今日は、あの子とは別々にごはんを食べる。でも今日だけだ。明日からは、三人一緒に食堂でベティの作ってくれたごはんを食べよう。できるか? クリス」
クリスは、またくすりと笑って言った。
「ほんと……、敵いませんわね、あなたには……。白状してしまいますけれど、私は故郷にいるとき、ずっと『風』になれる変化のイマジナリーズに憧れていたのですわ……」
あたしは意外に思って聞いた。
「変化に? 意外だな。創造の方がずっとすごい能力じゃないか」
クリスは首を振って言った。
「創造の能力を低く見たことは一度もありませんけれど、私はずっと自然現象そのものになって空を飛びまわることのできる変化の能力に憧れていたのですわ。とても自由な感じがして……」
あたしはクリスが彼女自身のことを話してくれることが嬉しくて、黙って聞いていた。
「さっき支配の能力は、相手のことを感じるところから始まるようなお話がありましたけれど、創造の能力者の場合は、まず作り出す物体の想像力を得るために対象に触れる必要があるのです……。そしてその物体を構成する物質の組成や構造が頭に流れ込んできたとき、その物体を生成する感覚を掴むのですわ」
あたしはクリスが拳銃を生成するためにセズティリアで拳銃を手に入れたという話を思い出した。そうか、物体を生成するには、まずその物体を構成する物質の組成や構造を把握する必要があるということか。意外に大変なんだな……。
「子どもの頃、空を飛ぶための翼が欲しくて、集落のそばにあった泉に来ていた大きな白い鳥の翼に触れたことがありましたの……。そうしたら、ものすごく複雑な生体組織の組成や構造が頭に流れ込んできて、気を失ってしまいましたわ……。両親から犬を飼ってはいけないと言われたのはそのせいでしたの……」
今度はあたしがくすりと笑って言った。
「クリスでもそんな無茶をしたことがあるんだな。いつもクールにしてるイメージがあった」
「私が普段冷静でいられるのは、ひとえにベティのお陰ですわ。ベティがいてくれなかったらどうなっていたことか……」
クリスが少し遠い目をして言った。あたしも同意する。
「そうだな……。本当にベティは頼りになるな」
ちょうどポーターロボットがサンドイッチを持ってクリスの部屋へ入ってきた。
「サンドイッチができましたよ……」
ベティが少しぎこちない口調で口を挟んだ。照れてるのかな?
あたしはデイジーのことを聞いた。
「デイジーはちゃんとごはんを食べたのかい?」
「はい。デイジーとキィはちゃんとご飯を食べて、お風呂に向かったところです」
「OK、よかった。あたしはデイジーの風呂には間に合わなさそうだね」
あたしは自分の前に置かれたサンドイッチを頬張りながら言った。
クリスが驚いたように言う。
「あの子、男の子だって言ってましたわよ?」
「ああ、それがどうかしたか?」
あたしは、クリスが何のことを言っているのかわからないので聞き返した。
クリスが、ぷっ、と吹き出して言う。
「本当、あなたには敵いませんわ」
翌朝、あたしが食堂に入った時、もうクリスがテーブルの席についていた。少なくともぐっすり眠った様には見えない。
「あんまり眠れなかったのかい?」
クリスは答えなかった。ベティがファナのニュースをモニタに映していた。
あたしは言った。
「デイジーのことは、ニュースになってないんだな」
「しっ」
クリスが小さい声で言う。デイジーが食堂に入ってきたのだ。
「おはようございます」
行儀のいい挨拶だ。もっとざっくばらんな挨拶の方が安心できるんだが、贅沢を言うのはよそう。
「おう! おはよう、よく眠れたかい?」
「ええ、まあ」
デイジーはぎこちない笑顔で答えて、そのままあたしとクリスとはテーブルの反対側に座った。
「今日の朝ごはんは、ベーコンエッグとサラダに厚切りトースト、それにオレンジジュースですよー! トーストはお好みでハチミツを付けて召し上がってください。デイジーはハチミツはお好きですか?」
ベティがいつもより1.3倍くらい明るい声で話しかけてきた。あたしらの妹分は、今日も健気だ。
「ありがとう、ベティ。ハチミツ大好きです。いただきますね」
デイジーが自分の前に置かれたトーストに、テーブルの上にあった瓶からハチミツをのせてかぶりついた。
「おいしいです、すごく」
努めて明るくしている、という風にデイジーが言う。この子も健気だ。何だか泣けてくるぞ。
「ベティの作るごはんは、いつもおいしいよな!」
あたしも普段より1.5倍くらい明るく言った。
「私もハチミツをいただこうかしら」
クリスがテーブルの上のハチミツの瓶に手を伸ばした。
「あ、僕が取ります!」
デイジーがハチミツの瓶を持ってクリスに渡そうとした、その時だ。
デイジーの手がクリスの手に触れた次の瞬間、クリスは反射的にデイジーの手を払いのけた。ハチミツの瓶が弾かれてテーブルの上に転がり、ハチミツがこぼれてしまった。
「……!」
三人が三人とも、凍り付いたように動けなくなった。
とっさにベティが声をあげる。
「大丈夫です! ハチミツはまだまだありますから!」
しかし、デイジーはバタバタと席を立って言った。
「ごめんなさい!」
そのまま食堂を出て行ってしまう。
クリスは、デイジーの手を払いのけた自分の手を、そのまま額にあてて考え込んでしまった。
「私ったら……!」
あたしは慌てて言った。
「いや多分、あたしが悪かったんだ。少し急ぎすぎたみたいだな。気にすんな、クリス!」
あたしはそのままデイジーの部屋へ行った。
「デイジー? 入ってもいいかい?」
デイジーの部屋の前で声を掛けたんだが、返事はなかった。
「ベティ? デイジーはどうしてる?」
「キィを抱いてベッドに突っ伏しています。泣いているのかもしれません……」
おずおずとベティが答える。デイジーの様子を伺っていてよいものか迷っているらしい。
あたしは故郷の母さんから言われていたことが頭を巡った。あんたはいっつもどっか抜けてるって奴だ。あたしはどうすりゃよかったんだ? 母さん……。
あたしはデイジーのことは少しそっとしておくことにして、食堂のクリスのところに戻った。クリスはあたしが出て行った時と同じ姿勢で座ったままだった。
あたしはクリスになんて言っていいかわからなかったが、まずは謝ることにした。間違ったことをしたと思ったら、まずは誠意をみせないとな……。
「あー……、本当にすまない、クリス……。さっきのことは、あたしが悪かったんだ。どうか気にしないでくれ。クリスの気持ちをちゃんとわかってなかったんだ。それなのにあたしが強引にまとめちまおうとしたんだよ。もっと時間をかけるべきだったんだ、きっと」
あたしは一生懸命言ったのだが、クリスはゆっくり首を振った。
「いいえ。あなたは間違っていませんわ。あたしがいつまでも昔のことを気にしすぎているんですわ、多分……。でもどうしても、あの子に直接触れるのは……まだ恐ろしくて……」
「いや、クリスの故郷で起こったことを考えたら、そうなるもの当然なんだよ。クリスに無理がないようにもっとゆっくりやろう」
あたしは言ったが、クリスは何も言わなかった。
あたしはこのタイミングで話すのは正しくないだろうとも思ったが、クリスにデイジーのことをもっとわかって欲しいとも思って、あたしがずっと腑に落ちなかったことをクリスに話すことにした。
「あのさ、クリス……。あたしはデイジーのことで腑に落ちないことがあったんだ」
クリスが不思議そうな顔をこちらに向けて言った。
「腑に落ちないこと?」
「あたしがデイジーを始めてみたとき、三人いた男のうち一人はまだ気を失っていなくて、立った姿勢で棒を振り上げてたんだ。その直後、あたしはその棒を掴んでその男を気絶させた。でもその時にはもうデイジーの背中はアザだらけだったんだと思う」
あたしが言っていることを、クリスは理解しかねているようだった。
「それがどうかしましたの? でもそのうちの二人は既に気を失っていたのでしょう? ……!」
クリスは疑問を口にした瞬間、あたしの言ったことを理解したようだった。
「そうさ。デイジーが自分の身を守るためだけに支配の能力を発動していたのなら、あんなにたくさんのアザはできなかったんじゃないか。デイジーは自分が殴られている間は能力を発動しなかったけど、抱いていた猫が危なくなると感じたから支配の能力を使ったんだ」
クリスは、俯いたまま何か考えているようだった。そして改めて顔をあげてあたしに言った。
「そうですわね、私は愚かでしたわ。あの子はきっと、とてもやさしい男の子なんですわね」
まだ時間はかかるかもしれない。でも二人はいい関係を築けるはずだ。あたしはそう思った。
しかし現実はそう甘くはなかった。ベティが、おずおずと口を挟む。
「あの……デイジーが……、出て行っちゃいました。お二人に伝言があります」
「真剣か……。で、伝言って?」
あたしが言うとベティはおずおずとしたまま言った。
「キィのことをよろしくお願いしますと……」
あたしとクリスが急いでデイジーの部屋まで行くと、既にデイジーの姿はなく、ベッドの上にキィが残されていて、鳴き声を上げていた。あたしは、ハッとして言った。
「キィのことも支配の能力で一緒にいたんじゃないんだな……」
クリスは唇を噛んで言った。
「連れ戻さないと……、このままじゃあんまりですわ」
ベティが声をあげる
「大変です! デイジーがラスタマラ家の人たちに見つかってしまったようです!」
「なんだって! 場所は?!」
あたしは反射的にベティに聞いたが、クリスはもうデイジーの部屋から飛び出していた。
「最初にデイジーを見つけた場所の近くです。でもデイジーの支配の能力を警戒してか、まだデイジーとは距離を置いています。あ……、ビースト・ハンターに出動要請が……」
あたしはそのまま車に乗り込んだが、クリスはバイクで飛び出して行ってしまった。
「待てよ、クリス! 一人じゃ危ねぇって!」
しかしクリスはとっくにジャンヌ・ダルク号の外だった。
「ベティ? クリスを追ってくれ!」
「デイジーのことはどうするんです?!」
ベティが動揺したように声をあげる。
「クリスはデイジーを追って行ったんだ。クリスの先にデイジーもいるって!」
車はあたしを乗せ、クリスを追ってジャンヌ・ダルク号から飛び出して行った。
「ベティ? クリスはインカムを付けてるのか?」
「はい。会話は可能です」
さすがクリス。慌てているようでも、ちゃんと気を回すことができている。
「クリス? 聞こえてるか、今どのあたりだ?」
「もう貧民街の近くまで来ておりますわ! そちらはどのくらいで着きそうですの?」
もうそんなところまで……。伊達に飛び出して行っていなかった。クリスなりの計算だったらしい。
「ラスタマラ家の車の近くにデイジーがいるはずです!」
そう言ったベティが急に驚いたように付け加えた。
「まずいです! ビースト・ハンターがもうすぐ現場に到着するそうです!」
くそ、I-ジャマーを持ってこられるとまずい……。
「スピード勝負ですわね……」
クリスのセリフに答えて、あたしも変化の能力を発動して車から飛び出した。
「ベティは後からついてきてくれ!」
ベティがインカムを付けていないあたしに向かって叫んだ。
「もう! 気を付けてくださいね!」
バイクを疾走させながらクリスが声を上げる。
「見えましたわ! デイジー!」
あたしからは手前にクリス、その奥にラスタマラ家の連中に追われているデイジー、さらにその奥にデイジーを追ってきているラスタマラ家の連中が見えた。そしてさらにその向こうからもう一台車が近づいてきている。あれがビースト・ハンターの乗っている車か?
「デイジー! こちらへ!」
クリスがバイクごとデイジーとラスタマラ家の連中の間に割って入る。
「リボルバー! 弾丸六発!」
ダァン! ダァン! ダァン!
クリスはラスタマラ家の連中に牽制射撃を始める。けが人を出さないように気を付けているようだ。ラスタマラ家の連中が大慌てで撃ち返してくる。デイジーに当たったらどうするつもりなんだ?!
「大楯!」
クリスが大きな金属製の盾を生成する。
ギィン! ギギィン! ギィン!
ラスタマラ家の連中が撃った銃弾が、クリスの生成した大楯に弾かれて鈍い音を立てる。
「まさか創造のイマジナリーズか……」
後から来た車から降りた男がそんなことを言った。手には見慣れない機械のようなものを持っている。まずい、あれがI-ジャマーか?!
あたしは突風になって飛び出して言った。
「『カマイタチ』!」
I-ジャマーらしい機械は粉々に砕け散った。
「何だ?!」
驚いたその男の脇に、あたしは降り立って言った。
「よう、ミスター! 悪いね、壊しちまって」
「まさか! 変化のイマジナリーズか?!」
あたしはその男に手刀を食らわせた。男は倒れた。その時、ベティの車がデイジーのそばまで辿り着いた。あたしはデイジーのそばまで『風』で移動した後、能力を解除してからデイジーを抱えて車に乗り込んだ。
「クリス! 逃げるぞ!」
「了解ですわ!」
ラスタマラ家の連中は男を助け起こすのに忙しくなった。クリスは大楯の影から出ないように気を付けながら、スピンターンでバイクの向きを変えて走り出した。
あたしがラスタマラ家の連中の方を振り返ると、ビースト・ハンターらしい男が起き上がっていた。くそ、手刀が浅かったか!
「逃がさない」
遠目にビースト・ハンターらしい男がそう言ったように見えた。その途端、あたしとクリスは気を失ったらしい。後から聞いた話だがクリスのバイクは転倒したそうだ。
後から気が付いたんだ。間抜けな話さ。そのビースト・ハンターは漆黒の瞳と髪をしていた。そう、クリスの故郷を滅亡させたっていう支配のイマジナリーズとぴったり同じ容姿だったんだ。
to be continued...




