どう考えても名前負け
「ふひ、ふひひ」
ただでさえ光を通さないカーテンは締め切られ、七畳ほどの私の部屋をより湿っぽくする。
中学の時の芋ジャージに身を包み、卓上ライトの光だけは少しだけモニターの光に負けてしまう。
画面に映る女性キャラへ粘り気の強い笑顔を振りまく。
良い……とても良い……。
雰囲気も音楽も完璧だ。今のところシナリオも読むためのクリックが止まらない。
アニメゲーム好きとしては真っ先に始めなければならないゲーム会社『グランホビー』の新作ギャルゲー。天邪鬼な私はできるだけ失敗をしたくないため積んである名作を消化しつつ、発売から1ヶ月は購入者の評価レビューを待つ。
森林の奥地からセコセコ運んでくる彼らのサイトにある五点満点の評価点。私基準では4.5以上でなければ私がやるに値しない。
この基準を超えれば一週間の天国が待ち受けているのだ。
だが毎日のように日本の何処かで新たなギャルゲーエロゲーの類が生まれては消えていくこの戦国時代で、そんな基準を超えるものはやはり少ない。
良くて半年に一回だ。
今回も段ボールが運河を渡り日本にまで届く過程を夢想しながら、その時間を耐えてきた。
「やはり天下の『グラホビ』……最近の流行に囚われすぎない画期的で挑戦的な題材。」
オタク特有の早口とボッチ特有の独り言を掛け合わさって生まれたこの地獄みたいな空間。人には見せられねぇな。
ただ、そんな事はいいんだ。音楽だろうが風景の書き込みだろうが、主人公の性格だろうがそんな事はどうだって良い。何より……女の子が可愛いっ!
「ふへへへ」
薄気味の悪い私のニヤけ声も相まって相対的に最高峰に可愛い。
「なんだよやるじゃねぇか。良い絵師を捕まえてきやがる」
絵師特有の絵柄とヒロインたちの性格が絶妙にマッチしている。
全体的に柔らかな雰囲気で始まり、途中から始まる怒涛のアプローチ、お互いがお互いを牽制しながらもお互いに惹かれていく……。
「くぅ、たまんねぇなおいっ!」
ギャルゲーはギャルゲーにしか得られない栄養素がたっぷりある。多分ある。あるある、あるんだよ?(圧力)
茹だりながら、体をクネクネとさせながら没入していたその時。
どん、どん。
少しくぐもったような音が聞こえる。
何だこの音?
「あっかりーん! 迎えに来たよっ!」
開けられるドア。
そこにいたのは金色の髪を片側にまとめた、制服姿の美少女だった。
名前を閉籠闇、(とじこ やみ)。そんな嘘みたいな名前をした彼女は私と同じ高校一年生。制服の上からパーカーを来て青色のリュックを背負ったその姿は、遠足に向かう小学生のようだ。
その名前とは真逆にその性格は快活で、高校が始まって1ヶ月しか経たないというのに引きこもってしまった私を甲斐甲斐しく引っ張り出してくれるほどには陽の気で溢れている。
「あかりん、また夜ふかししてるの?」
私、日向灯は彼女とは真逆の陰キャ引きこもり。髪はたまにコスプレとかするために整えては居るが、万年寝不足で中途半端にしか開かなくなった目と改善される予感のない猫背のせいで明らかに名前負けしてしまっている。
彼女はいわば光属性、対する私は闇属性。お互いに名前負けした私達は高校の入学式で意気投合したが、彼女はどんな風の吹き回しか迎えに来てくれるようになった。
お母さんも当たり前に家に入れるようになってるし……どうも分が悪そうだ。
遮光カーテンの隙間からはいつの間にやら朝日が漏れ出ている。くっ……性能が良すぎたというのか。
熱を帯びたヘッドフォンを外すと、彼女の目を一度見て、頭を傾げる彼女にニヤリと笑う。
「あっ!」
私はそのまま側の布団の中に潜り込んだ!
「今日は営業終了! また明日!」
あまりに雑な別れの言葉、しかし彼女は隣まで来てくれる。
「えぇー、また学校いかないの?」
「……いかない」
誘ってくれるのは単純に嬉しい。だが、タイミングというものがあると思うのだ。
「だって私は、あれをしなきゃいけないから」
布団の中から片腕だけを出し、モニターを指し示す。
これでわかってくれるだろう。
ギャルゲーを途中で終了させること程心が引き裂かれることはない(当社比)。初めたばかりとは言えこの選択肢で最初に攻略する女の子を選ぶ段階を終え、これから個別ムービーを控えている。
こんなときに電源を切って学校なんか行ってられませんよねぇ!?
「あー、フリドア? 私もやったわ。でもあんまりだったな」
な、なんだと……?
たしかに彼女はオタクに優しいギャルというやつで、
「お前やめろよ!? ネタバレとかしようものなら内なる私が喚き散らすからな!?」
「声に出しはしないんだ……いや、ネタバレとかじゃないんだけど。何でこれ選んだの?」
「いやほら近所迷惑だからさ……アマズンの評価点が高かったからだけど?」
「あぁ……レビュー読んでないの? 多分それサクラだよ」
サクラ……サクラ?
「……といいますと?」
「いや、やりたいならやってもいいけど途中から脚本家が実写で出てきてレスバトルしながら好感度を稼ぐミニゲームを定期的にやらされるんだよね。それがすこぶる評判悪くて」
「えぇ……なにそれ」
自分の中の熱が一気に冷めていく。
思わず布団から出てきてしまった。
「絵と音楽はこんなにもいいのに……声だってバッチリなのに……」
「いやそれもちょっとね……」
「何、またなんかあんの?」
闇は自分の顔を指す。
「この子、ちょっと私に似てない?」
胸元のクソデカリボンを除けばまぁ、だいたい同じか。
意識すると途端に気まずくなる。
「……止めるかぁ」
「じゃっ! 学校行こ!」
待ってましたと言わんばかりに彼女はリュックの紐を握る。
「却下……また別のゲームをします。」
「えぇー。てか正直もう学校始まっちゃうしなぁ」
時間を見ればもう既に八時半を回っていた。
こんな私でも申し訳ないことをしたかなって気になる。
そんな私をおいて、闇は急に明るい顔をして
「あっ、そうだ」
掌に拳をぽんとおいた。かわいいな。
「朝飯、食べに行こう」
当たり前にちょっとだけ学校をサボる提案をする。