3_鑑定の儀が終わって1週間後くらいの話_3
なるほどね。
それで君は私の所へやってきたって訳だ。
もう何だい、あれからちっともお店に来なかったくせにさ。
願いがある時だけ私の所に来るだなんて、本当に人間ってのは身勝手だよね?
冗談だよ!
嫌だな、そんな顔しないで。
本気じゃあないって。
私は君の師匠なんだからさ、君が来てくれたならそれだけで嬉しいよ。
そう、辛い出来事が沢山あったんだね。
ありがとう。
よく私に伝えてくれたね?
私にしてあげられる事があったら言ってよ。
なにせ、私はこう見えて結構すごいんだぜ?
大抵の事は出来ちゃうね。
例えば......
そうだな......
馬鹿にしてきた奴等を、ひれ伏させる程度の力だとか。
モテモテで、ハーレムパーティを作れる位の魅力だとか。
辺境な土地で、スローライフを快適に送る天の幸運だとか。
それくらいの事なら、君に与える事が出来るかな。
♦♦♦♦♦♢♦♦♦♦♦
対面のソファに掛ける師匠は、片肘をソファのひじ掛けに乗せ、そこに寄り掛かるようにして座る。
その姿勢は何処か気だるげだ。
彼の前に位置するダイニングテーブルには、幾つもの紙切れやら本が散らかって、つい先ほどまで何か作業でもしていたんじゃあ無いだろうか。
「そんな事、出来るんですか?」
「出来る。この本があればね」
師匠はそう言って机の上に置いてあった1冊の本を指先で叩いた。
その本の表紙は共通語では無い為、俺には何て書いてあるのかが分からない。
「この本は魔法の本。この本がこの世界の法則みたいなもんさ」
分かる様な、分からない様な。
「その顔は分かってないね? じゃあ簡単に言うとね、この本の通りに修業すればめっちゃ強くなるし、この本に書いてある財宝を見つければ、魅力だって幸運だってバカ上がりって寸法さ!」
「指南書、みたいなものですか?」
「まあ、そうとも言えるかな。この本が指し示す方向に世界は進むんだ、それは指南と言えるね。まるで神の書物さ」
この本は、それほど凄いのか。
もう一度その本を凝らして見てみると、それは何処か神々しく感じた。
......そう言えば、俺はこの本を何処かで見た気がする。
......
師匠と初めて会った時だ。
あの時、師匠は俺の名前を間違えた後、この本を読んで......
"あれ、おかしいな?" と、そう言っていたか?
なにか違和感がある。
......
「その本の中に、俺の事は書いてありますか?」
「......あるよ。この本の中に書かれてる君は、結構悪い奴だね」
「俺は...... 悪い、やつ?」
「まあでもね、この本の中で君は "ドレイク、オーグナー" という名前になっているんだ。オーグナー家の3男、そして白髪とも書かれているんだけど」
「確かに俺は三男だし白髪だけど。俺はヨイドレですよ?」
「でしょ? 一文字違いだ。さらにこの本の中に書かれている君は裏ボス、つまりはすっごく強くて悪い奴なんだ」
「強いって...... 俺はスキルも魔法も無いんですけど。間違ってるじゃないですか」
この本、大丈夫か?
「いやいや、この本は間違わない。間違っているのは君の名前だ」
「俺の名前?」
どういうことだ?
「バグっているんだ。そこに君を強くするヒントがあると思うんだよね」
バグってる?
師匠の話は分からない言葉が多い。
しかし、言っている事は何となくわかった。
俺の名前がヨイドレなせいで、本来持っている才能が無いらしい。
......もしも師匠の話が本当なら。
......それなら、俺の名前をドレイクにしてしまえば。
「名前を変えるとか、そういう方法は酷くお勧めしないよ?」
まただ。
師匠は、まるで俺の心を読んでいるかのように話す。
「何故、ですか? それだけで強くなれるのなら、そうした方が良くないですか?」
「それをやると君はドレイクに成っちゃうって事だから、今の君がどうなるかは保障できないね。私の事を尊重してくれるのなら、それはやらないで欲しいな」
もしも俺に、凄いスキルや魔法が使えれば。
家の皆の期待に応える事が出来るし、エライコ様だって俺を求めて帰って来るかもしれない。
全ては俺が無能なのがいけないんだ。
俺に力が無いから、スキルが無いから、魔法が無いから。
そうだ。
全ては、俺が無能なのがいけないんだ。
......
「......絶対、絶対やらない方が良いからね? そうだな、運が悪ければきっと...... 君は爆発しちゃうかも! やめた方が良いよ。止めておきなって?」
なーに言ってんだこいつ。
「ただ名前を変えるだけじゃあないですか?」
「いやいや。君にとって名前ってのは結構大事なんだぜ? 君が名前を変えたなら、誰も彼も皆、君の事なんて分からないだろうね。そうだ、エライコさんだって絶対に悲しむよ!」
たかが名前を変えるだけ。
それなのに、何故か師匠はそれをやらせたく無いみたいに見えた。
「そんな、大げさな......」
そう、大げさだ。
しかし、エライコ様が悲しむだなんて言われると少し思う所がある。
もし俺の身に何か起きたりして、エライコ様は悲しんでくれるのだろうか?
「大げさ、ですよ」
何せ、エライコ様はこの大陸唯一の聖女様だ。
きっと、聖都では手厚く歓迎されているに違いない。
俺の事なんて......
鑑定の儀で、エライコ様は聖女という称号を持っている事が分かった。
それは、ふだん彼女の事を虐げてきた奴等も慌てて媚びへつらい出すような、そんな特別な称号だ。
あれは鑑定の儀が終わって1週間後くらいの話だったか。
エライコ様は突然居なくなってしまった。
俺は城内をあちこち尋ねて回った。
でも、誰も彼も話をはぐらかすばかりで、何も教えてくれなかったんだ。
結局、エライコ様が聖都へ行ったという話を聞いたのはその次の日だった。
"可哀そうに、あなたは捨てられたのね"
彼女はそんな奴ではない。
しかし、周りの奴等が皆こう言うのだ。
捨てられた、捨てられた、捨てられた、
捨てられた、捨てられた、捨てられた、捨てられた、捨てられた、捨てられた、捨てられた、捨てられた、捨てられた、捨てられた、捨てられた、捨てられた、
捨てられた、
「......さては君、エライコさんが君の事を捨てただなんて思ってるんじゃない?」
師匠のそんな問いかけに、俺は答える事が出来なかった。
彼女は何故、何も言わずに聖都へ行ってしまったのだろうか。
本当に、無能な俺の事に嫌気が差して......
「そんなことないよ! 私が思うに、そんなことは絶対にないね! そうに違いないよ」
うんうんと、頷くようにして師匠がそう言う。
いつの間にやら背筋だって伸ばして、その両の腕も胸の前で組んで。
師匠は何故か自信がありそうに見える。
エライコ様の事について、なにか知っているのだろうか?
「何故、そう思うんですか?」
「何故って、私が言うからには絶対そうさ。そうでしょ?」
「そ、そう、なんですか」
なんだよ。
特に理由は無いのかよ。
しかし、師匠が言うのなら、本当にそうなのかもしれない。
そうやって思ってしまう様な、何か不思議な魅力が師匠にはある気がした。
「まあ冗談はさておき、本当の事なんて本人しか分からないんだから、本人に聞くべきだよね?」
「それが出来れば苦労はしませんって......」
勿論、会いに行こうと思った。
しかし、そのことを教会の司祭様に相談すると、一般人が聖女様に会う事は出来ないと言われたのだ。
それでも、手紙だけでもと思い司祭様に渡したが返事は未だ無い。
俺はその事を師匠に話した。
「ふーん、そう。司祭様にね...... あ、エライコ様に会いたいなら王立学園に入学すると良いよ? 彼女はそこに入学するから、君だってそこに入れば同級生だよね?」
「......初耳です。でも、それだって、出来れば苦労はしませんよ」
そこは俺みたいな何も持たないものが行けるような所ではない。
殆ど勘当状態となった今、お金もなければそこに入る実力すらないのだ。
「ふっふーん、この本を忘れてない? この本があればお金も作れるし、魔法やスキルだってどうにかなるはずさ」
「そんな...... その本って本当に、大丈夫ですか?」
「大丈夫! 私を信じなさいって。何せ私は君の師匠なんだぜ? 君がなりたいものに成れるように、手を貸してやるよ。あゝでもね」
師匠は何か思い出したかの様に "ポンっ" と手を叩く
「私が君の為に何かをしてやるんだから、君だって私の為に何かをするべきだって思わない?」
「なにか...... ですか?」
「そんな身がまえないでよ。そうだなあ、じゃあ私の簡単なお願いを聞くっていうのはどう? 私があれが欲しいっていえば君はあれを取って来たり、それをして欲しいっていえば君はそれをする。どう? 簡単でしょう?」
どうしようか。
正直な所、俺は師匠の人となりがよく分からない。
良い人なのか、それとも悪い人なのか。
しかしながら師匠には何か、不思議な魅力があった。
それは師匠についてゆけば何かが変わる気がする、そんな不思議な魅力だ。
どうするか。
......
「それって、例えば、師匠が俺に自殺をしろと言ったらどうなりますか?」
俺は師匠の話を受けるつもりでいる、しかしそれは自分の身に害が無い範囲で。
「そんな、ひどい事するわけないじゃん。君は偶に物騒な事を言うね? わかった。じゃあ、いやだったら断っても良いよ?」
それだったら、問題ないか?
「あゝでもね、私のお願いはたくさんあるから、君はノースウッドにあんまり帰れなくなっちゃうかもしれない。どうする? 断る?」
「ノースウッドを離れるのは別に良いんですが......」
少し心配だけれど、もしもこのチャンスを逃したら後悔するかもしれない。
エライコ様に、会いたい。
「分かりました。俺に出来る事だったら手伝います」
「あゝよかった! それじゃあ約束の指切りをしようか?」
師匠はそう言って右手の小指を立て、此方に腕を伸ばしてきた。
「私が住んでいた所ではこういうまじないがあってね。指切りを結んだ相手とは必ず約束をたがえないんだ。必ずね。ほら、君の小指も同じ様にして?」
師匠に言われて、俺も同じ様にした。
右手の小指を立てる。
するとすぐに、師匠は自身の小指を俺の小指に引っ掛けた。
それはまるで獲物に巻き付く蛇みたいに、小指を結んだ。




