3_ノースウッドからローデシアの話_8
「ティナさん、俺はグレイさんを担ぐか......」
俺がティナさんを離そうとした時、何か嫌な感じがした。
何だろうか。
リッチの方を見ると、此方へ近づく様子を見せるも、その動きは遅く脅威には感じない。
なんだ。
何か嫌な感じがする。
「我が眷属達よ、止まれ」
どこからか声が聞こえる。
それは男性のような、はたまた女性のような。
どちらにもとれるような声だ。
「小僧よ。どうして人間なんかと一緒に居る? 答えろ」
......
腕に抱くティナさんが震えているのが分かる。
それは、この声の主に恐れを抱いているかの様だ。
俺はティナさんの耳元で呟く。
「大丈夫。俺の傍に居て」
不意打ちされれば、オタ先輩の箱の防御も間に合わない。
先ずは相手が何処に居るのかが知りたい。
適当に話して、相手の情報を探ろう。
「先ずは初めまして、俺の名前はグレイと言います。貴方の名前を聞いても良いですか?」
何拍かの静寂の後、また声が聞こえる。
「何故、我が言葉に従わぬ?」
「いやいや、答える気はあります。でも、名前くらい聞かないと、話す時に不便でしょう?」
「......おぬしの名はヨイドレであろう? グレイというのは、其処に転がっている人間の事だ」
なるほど。
こいつは、何処からか見ていた。
遠隔で声を発する魔法、という感じでは無いみたいだ。
不意打ちをする場面は幾度となくあった。
しかし、それをしないという事は何か理由があるのだろう。
「嫌だな、冗談ですよ。あなたは、えーっと。まずは名前を聞いても良いですか? 出来れば姿を見せていただけると嬉しいです」
少しばかりの静けさの後、リッチの近くにコウモリが群がる。
やがてそこに、色白の男が現れた。
「我はマリウス。 ヨイドレとやら。どうして人間なんかと一緒にいる?」
「......どうしてって、何か変な事ありますか?」
マリウスと名乗る男はじっとこちらを見つめる。
その黄金の瞳は、俺の何かを見ているかのようだ。
「その娘は教会の者だろう」
マリウスが俺から視線を変える。
すると、ティナさんの震えは大きくなった。
何か、魔法でも使っているのか?
俺はティナさんの目を、手で隠した。
「ちょっ! ヨイドレ君! 真っ暗にッ...... 「大丈夫です。落ち着いて」」
ティナさんがじたばたする。
俺はそれを無視して、マリウスに話掛ける。
「はい。教会の方ですね。何か変な事でもありますか?」
「......その指の痣。なんだ、お前はピエリデスの奴隷か」
「......この指の痣が何か、知っているんですか?」
「呪いだろう? 詳しくは知らんがな」
......師匠の野郎。
やっぱり呪いらしいぞこの野郎。
「どのような呪いなのか知っていますか?」
「うん? それはお前自身が知っている事であろう?」
「俺が知っている?」
「......まさかおまえ、知らぬのか? 契りを交わす前に、内容は聞いただろう?」
マリウスと名乗る者は、怪訝そうに目を細めて俺を見る。
それは先ほどよりも、少しだけ気配を強めながら。
「しました。お願い事を聞く、という約束ですね」
「ああ、まったく憐れな奴だ。奴にすべてを渡してしまっているのか」
「......どういうことですか?」
「そのままの意味だ。奴に何かを頼まれれば、必ずお前はそれをする事になる」
「嫌だったら断っても良いと言われました」
「ほう? それは、命令を断っても良いと言われたのか?」
「そう思ってるんですけど」
......あの時、後になって考えてみると "断っても良い" としか言われていない事に俺は気が付いた。
解釈によっては、"指切りをする事を断っても良い" という様にも取れたかもしれない。
しかし、今まで呪いのような事は感じたことが無い。
断ろうと思えば断る事も出来る。
単純に、俺の意志で断っていないだけだ。
......そのはずだ。
「まあいい。お前は此処で何をしている?」
「......お願い事、ですよ。聖都に向かっています」
「うん? 聖都に?」
マリウスはちょいと目を開く。
その瞬間、ティナさんの体から黒いふわふわが出てきた。
それはオーグナーの屋敷で見たものよりも多く、それでいて濃い。
スチルを壊したのだ。
こうする事で、ティナさんが死ぬ運命を防げるらしい。
......
師匠は、何なのだろうか。
師匠は俺に、予言めいた事を話す。
そして、それはいつも当たる。
例えばこれは、俺がオーグナーの屋敷で目覚めた後の話だ。
師匠から二つのお願い事をされた。
これは、そのうち一つの話。
♦♦♦♦♦♢♦♦♦♦♦
「セイント☆マジカル学園2 ではね、シナリオ開始前に聖女は魔王に殺されているんだ」
何言ってんだ、師匠は。
「セイントマジカル学園って、何です?」
「この本に書いてある、世界の話さ」
師匠は机の上に置いてあった1冊の本を指先で叩いた。
その本の表紙は共通語では無い為、俺には何て書いてあるのかが分からない。
確か、師匠は魔法の本だと話していたか。
"この本が指し示す方向に世界は進む" と、確か師匠はそう話していた。
「つまりは聖女が死......っ! エライコ様が!?」
「いやいや、違う違う。死ぬのは "本物の聖女" の方」
本物?
「どういうことですか?」
「エライコさんは表向き聖女ってだけ。
本物の方は孤児の出でね、色々なやっかみや命の危険があるから。
死んでも良い貴族の子女を囲って...... いや、そんな怖い顔しないでよ」
「鑑定の結果は、聖女ですよ」
「そうだね。教会が主導している鑑定の儀では、ね。
エライコさんが治癒の魔法を使えない理由もそう言う事だよ。
だって聖女じゃあないんだから。
そして、エライコ様が火あぶりにされるのも、それが原因さ」
......続きを聞こう。
「治癒だとかアンデッドを祓う様な聖女の責務は、本物の聖女がする。しかし、本物の聖女は死んでしまった。そんな時、教会はその事を公表すると思う?」
「......しないんですか?」
「しない。
その結果、エライコさんは名ばかりの聖女を続ける事になる。
色々な問題が起きた結果、教会はエライコさんに全ての咎を押し付け、聖女を騙る魔女だと言って処刑する。
そうして、また別の名ばかりの聖女を見繕うのさ」
......なんだよそれ。
「まあまあ、任せておけよ。 なんたって私は君の師匠なんだぜ? そんな事に成りはしないよ」
「何か防ぐ方法があるんですか?」
「勿論。エライコさんの処刑理由の一番大きな問題は、本物の聖女が死んでしまうこと。だからその運命を変えるんだ。つまり、聖女の安全が確保できるまで、君が彼女を守ってやれば良いって訳さ!」
「なるほど?」
「そこで本題!」
師匠は手を叩く。
"ぱんッ!" という音が室内に木霊した。
「君はデッブ君と旅をする事になってる。 そして、彼の旅の同行者にとある女の子が居る。えーっと、名前は......」
そう言って師匠は、テーブルに置かれた本を手に取りページを幾つか捲る。
「ティナ、ブレアさんって名前だね。その子が聖女だよ。君はその子を守るんだ」
「わ、分かりました。......師匠は先ほど、魔王に聖女が殺されると言っていましたが。俺は魔王に勝てそうなんですか?」
「無理だろうね。まあでも大丈夫。別に魔王に勝つ事が目的じゃあないから」
どういうことだ?
「君が魔王と対峙する時。えーっと、彼の名前は何だったか...... まり、まりす...... そうだマリウス! マリウス君はきっと、君に対しては柔和的なんじゃあないかな?」
うん?
「どうして人間と一緒にいるんだ、だとか言っちまうんだぜ。恐らくね」
おん?
「そうして、君の指を見た時には、何かよく分からない事を話すのさ。そこら辺はまあ、適当に聞き流しておいてよ」
ほん?
「君はマリウス君から、"何をしているのか?" みたいなことを言われるだろうから、聖都に向かっている事を告げるんだ。そうすれば、マリウス君はその場から去ってくれるはずさ」
「わ、分かりました?」
「よろしい。
とりあえずは、それで聖女が死ぬ事は無くなるからね。でも安心はしないで?
聖女が死ぬと、エライコさんが処刑される可能性が高くなっちゃうから、その後も君は聖女を守り続けて旅をするんだよ?」




