3_ノースウッドからローデシアの話_5
山道をゆく。
本来ならば、虫の鳴き声などが聞こえるであろう。
しかし、嫌に静かだ。
それは生者は皆、逃げ出したかの如く。
「ヨイドレ? お前、ティナ様とはどういう関係なんだ?」
道中、グレイの野郎が話しかけてくる。
「怪我をして、治療を受けたってだけですよ」
「ティナ様、良いよなあ。可愛いし、胸だってデカい。おまけに、お前みたいな無能にも優しいんだぜ? どうしたら仲良くなれると思う?」
こいつ、うるせえよ。
どうも、こいつの頭の中には偵察だとか、そういうものは無いみたいだ。
代わりにあるのは、如何にしてティナさんとお近づきになろうって事だけ。
「さあ、大怪我してみれば良いんじゃあないで......」
腐臭だ。
アンデッドが近くにいる。
「怪我かあ。怪我した振りして治癒魔法を掛けてもらうか。そうして、体だって密着したりしてよ? いいなあ。いい匂いとかするんだろうなあ」
グレイはどうも、腐臭を気にしていない様子だ。
知らせるべきか、知らせぬべきか。
......
俺は無能だ。
グレイよりも、俺の方が先に気づくっていうのも変な話だろう。
俺はグレイに何も告げずに、そのまま先へと進んだ。
直ぐに臭いが強くなり、何か言い知れぬ圧迫感が空気を支配する。
それは普通の恐怖以上の存在感を示す。
アンデッドの上位種、リッチのような存在が放つ、死の力を帯びたオーラ。
グレイもそれに気が付いたみたいだ。
声を潜めて話す。
「ヨイドレ、気を付けろ。近くにアンデッドが居る。俺から離れるなよ」
岩や、申し訳程度に生える木々の傍に身を潜め、慎重に進む。
薄暗い霧が視界を覆い隠し始める。
地面は不気味に湿り、踏む度に腐敗した土の音が響く。
何か、嫌に寒い。
「数が、多いな」
アンデッドは俺が確認した時よりも、さらに数を増やしていた。
奴等はゆっくりと、しかし確実にサイトの方へと進む。
念のため、此処でアンデッド共を足止めしたほうが良いだろう。
「足止めした方が良さそうですね」
「あ、足止め? この数をどうやってだ?」
そりゃあ、鬼ごっこみたいに逃げ回るか。
もしくは、クッコロ先輩方式がある。
ここはクッコロ先輩方式を提案しよう。
「アンデッドって言っても、足を削ぎ落とせば這って動くことしかできません。 ......気合です」
グレイは信じられないものでも見るかのように、俺を見る。
「それを、俺がやるのか?」
「はい」
グレイは渋い顔をする。
......ちょっとまて。
いい事を考え付いた。
旅の途中、バグの所為でトラブルに見舞われるだろう。
その度、俺がそれを処理するのは避けたい。
俺がグレイに強化魔法を掛けるんだ。
そして、グレイが戦う。
......
完璧だ。それで行こう。
俺はグレイに強化魔法を掛けた。
様々な色の魔素がグレイの体に集まり、やがて黒い魔素となる。
後は、適当言えば何とかなるだろ。
「グレイさん、これはチャンスですよ」
「チャンス?」
「もし、これが成功すれば。ティナさんも、きっとあなたが大好きになるはず。ついでに怪我もできるので、一石二鳥です」
「......そうか。俺のこと、好きに...... いや、この数は無理だろ」
「ちっ、糞が」
「お、お? お前今何か言ったか?」
「聞き間違いです。グレイさん、ちょっと待っていて下さいね」
俺は近くに居たオタ先輩に近寄り、小声で話す。
「オタ先輩。グレイがアンデッドに手を向けたら、適当なアンデッドを押し潰して下さい」
「いやだお?」
お?
「オタ先輩。元はと言えば、オタ先輩の所為ですよね?」
「......おいらが直接、干渉したら更に歪になるお。そうしたら、システムに検知されて管理者が来るお」
「管理者?」
「神の使徒って言えば分かるかお? 間接的に手助けは出来るけど、それ以外はしたくないお」
初耳だ。
オタ先輩は師匠やクッコロ先輩よりも色々な事を教えてくれる。
もしかしたら、神だとか、エライコ様の事も教えてくれるかもしれない。
......後で詳しく聞くか。
「それなら、グレイを守るだけで良いです。お願いできますか?」
「それならいいお」
とりあえず、俺の方で対応しよう。
アンデッドも、その上位種であるリッチも殺せはしないが足止めするのは楽だ。
後は、何とかしてグレイをけしかけるだけ。
俺はグレイの所に戻って、神妙な顔つきを作って話す。
「お待たせしました...... グレイさん、勇者の力、感じますか?」
「......何言ってんだ?」
「俺には分かるんです。あなたに眠る、勇者の力。ブレイブハートってやつがね」
「......ブレイブ、ハート?」
やべえ。
自分で言ってて意味わかんねえ。
「自分を信じるんです。それが、ブレイブハート。ほら、騙されたと思って」
俺はあっちの方に居るアンデッドを指さす。
「あのアンデッドに手を向けて、心の中で唱えるんです。ブレイブ、ハートって」
グレイはこちらを訝しむような感じで見る。
ちょいと小言を言いながらも、アンデッドに手を向ける。
その瞬間に、俺は魔法を発動させた。
地がうねるよう動き、幾つもの濁った氷の棘が突き上げる。
それらは、複数体のアンデッド共の胴を貫く。
「やはり、俺の目に間違いはありませんでした。グレイさん、貴方の中には勇者の力が眠っています」
「なっ。これが、俺の中に眠る...... 勇者の、力っ!」
グレイが別のアンデッドに手を向ける。
「爆ぜろ! 雑魚共ッ!」
グレイがそう叫んだ瞬間、俺はまた同じ魔法を使う。
そうして、何体かのアンデッド共を串刺しにする。
おお、それっぽいよ。
何か、グレイがそれっぽく見える。
完璧だ。
しかし、グレイの方をちょいと見ると、奴は渋い顔をしている。
何か、問題でもあったのだろうか?
「どうしましたか?」
「......俺は今、エクスプロージョンみたいに、爆破しようと思ったんだが...... 氷?」
......こ、こいつ。
くっそ面倒くせえ奴だ。
「爆破とかは、ちょっと......」
「なんだ、出来ないのか」
あん? こいつ、喧嘩売ってん......
いや、落ち着け。
俺は何回か見た魔法しか使う事が出来ない。
そして、エクスプロージョンだとか、そう言うのは見たことが無い。
しかし、悔しい。
マジで悔しい。
グレイの "なんだ、出来ないのか" って言葉がマジで腹が立つ。
本気、出すか。
......いや、やっぱりやめておこう。
燃費が悪い魔法は、すぐに頭が痛くなる。
「グレイさん、今のグレイさんなら魔法を使わなくても戦えるはず。ティナさんの好きなタイプは剣士の様に、魔法ではなく剣で戦う人だって言ってたかもです」
「ほ、本当か?」
まあ、知らんけどな。
さっさとアンデッド共に突っ込め、馬鹿グレイ。
「グレイさん、ブレイブハートを信じるんです」
「......ブレイブ、ハート。やるか! うおぉぉおお! 俺はやるぜっ!」
グレイは声を張り上げる。それは自身を鼓舞するかのように。
アンデッド達は、その声に引き寄せられるかのように、足を早める。




