1_エライコ様の話_2
「帰りは7時半に搬入路の貨車を動かすからな? それまでに帰ってきてくれよ」
「ええ、分かったわ」
「じゃあ、動かすからちょっとまってろ」
エライコ様が城を抜け出て、城下町へと降りるときにはいつも裏門にある搬入路の貨車を使う。
それは長方形の板に、荷物を落とさないように囲いとして設けた板がある程度の簡素な造り。
その端はロープが何本も固定されており、城側のリールと繋がっている。
ギシギシと紐の軋む音と共に、徐々に貨車が動き始めた。
城下町までは大体15分程度で着く。
俺は背負っていたぼろいリュックを降ろして、隣のエライコ様に視線をやった。
土埃のような色合いをした外套を羽織るその姿は、旅の巡礼者の様だ。
その白くきめ細かい肌と、黒く繊細な髪、蠱惑的な翡翠色の瞳は神秘的な雰囲気を醸し出す。
まるで森に住み着く魔女の様に。
彼女の首筋には無骨な造りをした銀のチェーンが見える。
俺はエライコ様に話掛けた。
「街に着くのは2時くらいですかね? 今日は何処へ行くんですか?」
「いまは鑑定の儀の期間だから、きっと屋台がたくさん出ているわ」
エライコ様はそう言うと、此方に向かって手を差し出して来た。
「地図を頂戴」
「はい、ええと。あっと、あった」
俺はリュックから地図を取り出し、彼女に渡してやった。
彼女はちょっと変わっていて、地図を見るのが好きだ。
もしかすると、頻繁に城下へと降りるわけでは無いから、地図を見て想像を膨らませているのかもしれない。
彼女が開いた地図には、色々な箇所にメモが書かれている。
"中央広場、街の中心"
"自由冒険者ギルド、何かあればここに行く"
"変な奴が居る道、ガラクタ売ってる"
「エライコ様? 変な奴が居る道って何ですか?」
「変な奴が居る道? ああ、此処ね。石ころだとか、片足しかない靴だとか、そんなのを売っているって聞いたわ」
「それって、盗品市場なんじゃ?」
「いいえ、盗品市場はこっち」
エライコ様はそう言って、地図内の別の個所を指さす。
おいおい、やけに街の事に関して詳しいな。
もしかすると俺よりも詳しいのではないだろうか。
「変な奴が売っているのはガラクタの様に見えるんだけれど、魔道具なんですって」
「またまた。え? 本当ですか?」
「そんなわけないでしょ、だから街の子達も変な奴だって言ってるの。ヨイドレ、あなた」
エライコ様が此方に顔を向ける。そのじとーっとした目つきは、何か訴えた気だ。
「騙されて買いそうね?」
「いやいや、流石に騙されませんって」
「へえ? 本当?」
エライコ様はそう言って鼻で笑う。
その蠱惑的な瞳を細め、まるで此方を値踏みするかの様だ。
彼女にじっと見られると、何とも落ち着かない気持ちになる。
話題を変えよう。
「そう言えば、エライコ様に聞きたいことがあるのですが」
「なに?」
「エライコ様は、首飾りを付けていますよね?」
俺がそう聞くと、彼女は襟元を緩めてそれをたぐりだす。
「これの事?」
無骨なチェーン。そのトップには、台座に嵌め込まれた翡翠色の宝石が鈍く光る。
「そうです、そうです。最近はいつも付けているから気になって」
「ふうん、そうなの」
エライコ様は俺にペンダントを見せると、すぐにそれを仕舞ってしまった。
もしかして、これが "旧世界の遺物" なのか?
「すごくきれいですね。誰かに貰ったんですか?」
「......知らない」
エライコ様は関心なさげに応えると、貨車から見える街の景色に視線を移した。
話したくないのかもしれない。
これ以上聞くのはやめよう。
......
沈黙が辛い。
何か話をしよう。
何があるか......
何かあるか?
ええ、どうしよう。
「ペンダント。お母様のよ。私は会ったことがないけど」
「......そう、ですか」
エライコ様の出産は難産だったらしい。
彼女が生を受けた日に、母親は死んだと聞いた。
"エライコの漆黒の髪が死を呼び寄せたんだ"
エライコ様の兄や姉は、母親の死を簡単に認める事が出来なかったのだろう。
彼女の髪が黒いと言うだけで、そんなことを言って除け者にする。
別に、彼女が悪いって訳じゃあないのに。
「これね、盗んだの。お父様の書斎からね」
「......神様だって、きっと赦してくれますよ」
きっとそうだ。
「ヨイドレ、手を出して?」
「ああ、どうぞ」
俺はエライコ様に右手を差し出す。
すると、彼女は捕まえるようにして手を握る。
......
ほんの数拍程度の時が過ぎ、彼女はパッと手を引っ込めた。
「もういいわ。ヨイドレ? 迷子にはならないでね?」




