1_ノースウッドの話_n+1_9(戦闘回)
......まったくもって最低な気分だ。
脳が揺れ、視界は黄色くぼやける。
左の手なんかはまったくもって動かない。
辛うじて急所は避けたものの、左半身なんかの感覚があまり無い。
弱いくせして、情けを掛けるからこうなるんだ。
まったくもって、最低な気分だよ。
俺はとにかく前へと足を動かす。
脳が揺れ、何処へ向かっているのかも分からない。
「てがみを......手紙を読んで。それだけで、良いですから」
最早、何が目的なのかも朧気だ。
手紙を渡してどうなるというのか。
もう疲れたよ。
......ああ、そうだ。
そう言えば、俺には名札があるんだ。
こいつを使えば、楽になる。
弱っちい自分と決別して、強くなることが出来るんだ。
これを使えば。
俺は強くなるんだ。
俺は足を動かす。
辛うじて人影が見える、その先へ。
「手紙を、ボスに」
俺は何で手紙なんて渡そうとしてるんだっけか。
......そうだ。
エライコ様だよ。
これが済めば会いに行けるんだ。
会いに行くんだ。
俺は、エライコ様が辛い時には傍に居てやるんだ。
エライコ様が俺の傍に居てくれた様に。
気合を入れろよ、クソッタレが。
此処が踏ん張りどころだ。
死ぬ気でやんだよ。
そうすりゃあ、死ぬか出来るかの2択だ。
俺は右腕で顔を拭う。
左目は血が入った所為でぼやけるが、右の目は平気だ。
二つも必要ねえ。一つありゃあ十分だ。
それは手だって足だって。
ぼやけた視界の先には、ソワールだとか使用人達が居る。
そいつ等はそろって俺の方を見ている。
まったくもって礼がなっていない奴等だ。
俺の事をジロジロ見やがって。
「......何故、手紙がそんなに大事なんですか? そんな、ボロボロに迄なって。何故手紙を読ませたがるんですか?」
「知らねえよ、師匠に聞けや」
別に手紙が大事なんじゃあねえ。
俺にとって大事なのは、その先なんだよ。
「師匠? それは誰...... 「何をしている、そいつを殺せ!」」
ボスが怒鳴る。
それと共にソワール達の頭上に冷たい色をした魔素が集まる。
「あなたは。本当にヨイドレ様、なのですか? 私共を見殺しにする事だって出来たはずです」
「知らねえよ」
俺は構わず進み続ける。
魔素が意思をくみ取るというなら、俺の意志は世界中の誰よりも強い。
前へ進むんだよ、クソッタレが。
「......無駄です。私達は結界の内側に居ます」
ソワールはちょいと視線を地面に落とす。
そして呟くようにして言葉を続けた。
「出るには、魔法陣を壊す必要があるでしょう」
そう呟くソワールは、まるで自身の靴先でも見ているかのようだ。
赤い絨毯と、黒い彼女の靴。
......
ソワールの足元を見ていると、何かが傍を掠めた。
視線を戻すと、ソワール達の頭上には幾つもの氷柱が宙に浮く。
それは鋭利な先端を此方に向けて。
漂う魔素の感じからして、それらはすぐにでも射出されるだろう。
俺は構わず進み続ける。
俺はエライコ様に会いに行く。その為に前へ進むんだ。
それが叶うまでは、死ぬはずがない。
死ぬはずが、無いんだ。
だから、この魔法は俺には当たらない。
氷の塊が、此方を目掛けて撃ち出される。
それは、俺の霞む目なんかでは追う事が出来ない速度で。
幾つもの風切音が鳴り、何かが俺の傍を掠める。
俺はそんなもんに構いやせずに前へと進む。
「な、お前たち! 何をしている! ちゃんと狙え! 使用人共! 何故突っ立っている! そいつを殺せ!」
阿呆共めが。
当たりゃあしないのに、いつまでも魔法なんか使いやがって。
もうどれくらい進んだろうか。
絶え間なく続く風切音は鳴りを潜めた。
それはボスの周りに控える奴等の魔力が尽きたのか。
もしくは別の魔法を打ち出す用意をしているのか。
......考えるのも面倒だ。
「ソワール、邪魔だどけ」
「えっ、ああの。結界を」
使用人達は何をするでもなく、俺の事をジロジロと見ていやがる。
そんな中で、ソワールは頻りに自身の足元に視線をやる。
「ま、魔法陣。魔法陣です」
「知らねえよ」
「し、知らなくないですッ。こ、此処、気がなるなあ」
ソワールは赤い絨毯を足で指し示す。
それはちょいとはしたない感じで。
......
俺は頭がぼーっとするし、体もだるい。
......もう、話すのも面倒だ。
俺は深く念じる。
邪魔を、するな。
ソワールはピタリと動きを止め、すぐに道をあけた。
「お前たち! 何をしているのだ! 後ろから刺せばよかろう! 殺せ! 早く殺せ!」
俺は迷わず進み続ける。
ボスの喚き声が聞こえる方へと。
「せ、デッブ、奴の魔法は何だ!?」
「うーむ。特別な強化魔法、それと幻術...... か? まあ、安心してくれていい。結界に阻まれてこちら側へ来ることは出来んだろう」
「そ、それはそうだが。......鑑定は本当に隠蔽されていたんだな?」
「......恐らくはな。鑑定では殆どの情報が空白だった、その名前でさえもな。その一方で強化魔法を使っているという事は、そう言う事だろう」
白い靄が漂う、ちょいと先。
ボスは傍に居る神の使徒と話している。
ボスの周りに控える奴等はぶっ倒れていた。
恐らく、魔力が尽きているのだろう。
無駄な魔法ばかり撃って、阿呆な奴等だよまったく。
「そなた、其処より此方へと来ることは出来まい。死ぬ前に応えよ。何が目的だ?」
神の使徒、それがどれ程の力を持つのかは分からない。
俺は声を潜めて話す。
「......オタ先輩。そこら辺にいますよね」
「いるお! 後ろだお」
オタ先輩の、その明るさが心強い。
「やばくなれば、マジで助けてくださいよ」
「あー本当はダメだって言われてるけど、ヨイドレ氏のお願いなら。おいらに任せろだお!」
まったく、オタ先輩には参っちまうよ。
マジで。
「無礼者めが! なにをぼそぼそと話している!」
デッブという奴が此方へ向かって怒鳴る。
五月蠅い野郎だ。
俺の眼前には白い魔素が漂う。
......深く念じる。
邪魔を、するな。
眼前の靄が乱れ、人が通れる程の空間が開いた。
俺は前へと進む。
白い靄を抜けて、前へと。
「な、なぜ結界を抜ける事が出来る!? 有り得ぬっ! 女神様の加護が付いた結界だぞ!」
神の使徒が騒ぐ。
五月蠅い野郎だ。
「うるせえ、このゴキブリ野郎が」
「なっ! 貴様! ワシを誰だと思っている! そのような無礼な口を利くとは!」
そう言って神の使徒は辺りを見回して怒鳴る。
「誰か! 誰か、此奴を殺せ!」
周りにはぶっ倒れた奴しか居ないのに。
その姿は割と滑稽だ。
「お、オーグナー殿。この者を放っておいては危険だ。此奴を早く...... 「だまれ!」」
ボスの声が轟く。
そうして、俺の方を向いて言葉を続けた。
「お前の、その力は何だ?」
低く、空気を震わすような声だ。
そして、俺の苦手な声。
「......バグ、ですよ」
「ばぐ? 確か、先ほども言っていたな」
ボスは俺をまじまじと見る。
それは品定めでもしているかのように。
「お前のその力、どんな結界でも無効化する事が出来るのか?」
「......そうかもしれませんね」
「なるほど」
ボスは何か考えるかの如く腕を組む。
そうしてからしばらくすると、また言葉を続けた。
「お前は、先ほどから手紙手紙と言っていたろう。それは何だ?」
......ボスは、何を考えているのだろうか。
先ほどと比べて、今は俺の話を聞いてもらえそうだ。
「俺が、お世話になっている人からの手紙です。ボスに渡すように言われています」
「お前が? ふむ。どれ、貸してみろ」
マジかよ。
さっきまでの事は何だったんだよ。
俺はふと、傍に居るデッブという奴に視線を向ける。
奴は俺の事を恨めしそうに睨む。
何故だ。
こいつはボスに従っているのだろうか。
......だめだ。
頭がぼーっとする。
もう考えるのだって、面倒だ。
俺はポケットから手紙を取り出す。
そうして、それをボスに渡した。
「......わざわざ未読の証明まで掛けているとは」
ボスは独り言つ。
すぐに封を開け、中から精工そうな便箋を取り出してそれを見始めた。
......
ボスの目が左から右へと流れる。
その顔はいつものように不機嫌そうで、表情から感情を読むことは出来ない。
暫くそうしていたボスだが、ピタリとその目を止めた。
そうして此方をちょいと見ると、すぐに手紙へと視線を戻す。
その時だ。
その時、手紙の周りに黒い靄みたいなものが見えた。
それは少し、少しずつ濃くなってゆく。
それは、手紙から溢れ出ているかのようだ。
やがてそれは手紙から離れ、ふわりふわりと宙を漂う。
"黒いふわふわは絶対に触れてはいけないよ? 君にあげたボールペンを使ってね?"
確か、師匠はそう言っていた。
俺はシャツの胸ポケットからペンを取り出す。
それは昔、師匠の店の前で拾った代物だ。
黒いふわふわが俺の近くに来た辺りで、そのペンをふわふわに触れさせた。
すると、そのふわふわはペンに纏わりつく。
......こ、これで、良いのか?
師匠からはこうしろと言われているけれど、初めての事でよく分からない。
つうか、このペン、そのまましまっても良いのだろうか?
......
うーん、まあ、いっか。
もうなんか、眠くなってきた。
これが終わったら、エライコ様の所に行けるのか。
なんか、土産でも買って行って行きたいな。
何が良いか、何が良いかな。
彼女は下町に降りるのが好きだったし、何か雑貨でも買って、
「......話は、分かった。確かに、お前のその力を使えば聖都の魔道具を盗むことも出来るだろう。しかし、しかしな? 我々がお前らのこ......」
何か、耳も遠くなってきた。
畜生。
なんか、いつもよりもずっと疲れた。
ボスがなんか話してるけど、もう、マジで眠くて眠くて仕方がない。
何か、色々やったし。
オタ先輩もいるし、もう......




