1_ノースウッドの話_n+1_8(戦闘回)
オーグナー邸、1階、大広間。
そこはだだっ広い空間で、普段は人を招いてはパーティーを行う様な部屋だ。
そのパーティは交流の為の食事会だったり、口に出す事も憚れる様なものだったり。
そこに嫌悪感などは抱かない。
何故なら、俺にとっての普通ってのはそんなもんだ。
大広間の中央部には魔素が集まっている。
それは薄い霧のような、白い靄が漂う。
そこには微かに人影が見えるのだが、魔素が邪魔なせいで良くは見えない。
俺は使用人達に囲まれ、その中央部へと歩を進める。
部屋全体に広がる赤いカーペットを踏んで。
すぐ隣を歩くオタ先輩に視線をやると、先輩はそれに気が付いたのか俺に声を掛けてきた。
「どうしたお? もしかして怖いのかお?」
怖い。
どうだろうか。
......いや、少し怖いかもな。
俺が此処でヘマをすれば、エライコ様を救う奴は居ない。
逃げる事だって出来やしないんだ。
まったく、参っちまうよ。
マジで。
俺は服のポケットに手を突っ込んだ。
そうして名札に手を触れる。
最悪、これを使うしかないだろう。
しかし、これを使うと自分を律する事が出来なくなる。
あの万能感は麻薬の類に近い。
使っちまったら、あっち側に行ったまま戻ってこれなくなっちまうんじゃあないか。
大事なものを、手放しちまうんじゃあないか。
俺は、それが怖い。
「ヨイドレ氏、大丈夫だお。おいらも付いてるお」
何だよ。
この間は、クッコロ先輩に棒っ切れで引っ叩かれてべそをかいていたくせに。
......オタ先輩は偶に頼もしく見える。
そう言うのって、マジで参っちまうよ。
大広間の中央部、辺りは白い靄が漂う。
そこに居たのは煌びやかな神官服を纏った膨よかな男。
その男は何とも覇気がない感じの奴で、悪く言えばだらしがない体をした奴だ。
「あーうむ。君がヨイドレ君だね?」
「はい。ヨイドレ、オーグナと申します。今日は私の為にご足労いただきまして、ありがとうございます」
「うむ。君の父上とは古い仲だからな。私は神の使徒、デッブと言う。そう緊張しなくても良い」
......うん?
俺の隣にはオタ先輩が居る。
しかし、この人はオタ先輩を気に掛ける素振りが無い。
「ヨイドレ、久しいな。家を出たと聞いた時は心配したぞ」
前方、それはデッブという奴の後方だろう。
ボスの周りは何人もの使用人が控える。
「心配かけて申し訳ありません。今日はこうして機会を作って頂き、ありがとうございます」
「ソワールから鑑定の結果が間違っていると聞いた時、私はやはりそうだったと思っていた。デッブ殿は神の使徒の中でも特に高位の方だ。間違いはないだろう」
出来れば、鑑定をする前に手紙を渡してしまった方が良い気がする。
"この手紙を君の父親に渡して? それでスチルが壊れるから。もし黒いふわふわが出たら、回収よろしくね?"
師匠はそう言っていた。
手紙を渡してすぐに済むのなら、それに越した事は無い。
「ボス。鑑定の前に読んでいただきたいものが......」
俺がそう言ってポケットから手紙を取り出そうとすると、傍に居たソワールが俺の体に触れる。
「ヨイドレ様、不審な事はおやめください。何をしようとしているのですか?」
「いや、手紙を、ボスに手紙があって」
「......手紙? 後程お預かりします。今は鑑定をしてください。あなた様が本当にヨイドレ、オーグナー様であれば鑑定の結果に誤りは無いはずです。シェープシフターの可能性だって、捨てきれないでしょう?」
シェープシフター。
それは姿や形を自在に変える事が出来るという魔物だ。
ダンジョンなんかでは、シェープシフターが宝箱に化けて冒険者を喰うっていう事もある。
長く生きた個体は、人間に化ける事も出来るという。
彼女や彼等は、俺が偽物だと疑っているのか?
「嫌だなソワール。俺は本...... 「ヨイドレ、命令だ。今すぐに鑑定をしろ」」
低く、空気を震わすような声。
ボスの声を聞くと、正直身がすくむ。
俺はマジで、この人が苦手なんだよ。
こいつの声を聞くと、俺はマジで参っちまうんだ。
神の使徒が俺に手を差し出す。
それは、握手かなんかをするみたいに。
......まあ、そんなもんか。
こいつらは俺の言う事なんて聞きやしないし、鑑定した所で結果は目に見えている。
どう転んだって、俺がこの家の人間だって認めてもらう事は出来ないだろう。
俺は神の使徒の手を取った。
それは、握手かなんかをするみたいに。
......
ちょいと沈黙が続いた後、神の使徒は何も言わずに手を離す。
そうしてそこらに目配せするみたいに視線を動かした後、何も言わずに後ずさりをして俺から離れた。
「......ごめんなさい」
傍でソワールが小さくつぶやく。
それはまるで自分自身に言い聞かせるかのように、独り言つ。
......こいつは、まったくもって甘い奴だよ。
すぐに辺りの魔素が動く。
俺は即座に身を低くする。
すぐ頭上で、風切り音が聞こえた。
そのままソワールに体をぶつけて突き飛ばす。
次は、背後の使用人が俺の胴を狙って攻撃をしてくるだろう。
そして横に居る使用人はちょいと攻撃のタイミングが遅れる。
クッコロ先輩と比べれば、この程度の予測は楽なもんだ。
俺は背後の奴には目もやらずに、ちょいと体幹をずらす。
そして、横に居た使用人の胸倉を掴み地面へと叩きつけた。
すぐに背後の奴が俺の胴を目掛けてナイフを突き刺すところ、腕を取り、バランスを崩して地面へと転がす。
"集え魔素。俺に纏うそれは闇よりも暗い"
俺は後方へと大きく跳ぶ。
その途中で何かにぶつかった。
それは、まるで壁にぶつかる様な感触。
白い魔素に阻まれ、これ以上は下がることが出来ない。
既に逃げる事は出来ないだろう。
もっとも、逃げる気も無いが。
俺の視線の先には無傷の使用人が一人、既に態勢を整えたソワール。
後の二人は今立ち上がろうかとしている所だ。
オタ先輩は彼女、彼等の傍で腕を上げ手を振る。
応援してくれてるらしい。
俺は声を張り上げ、ボスに話掛けた。
「ボス、俺に敵意はありません。ただ、俺が持つ手紙を読んでいただければ、後は何も望みません」
「......おまえ、その跳躍は魔法無しではありえないだろう? 鑑定では魔法も何も使えないはずだ。やはり何らかの方法で鑑定を隠蔽しているな?」
こちとらバグってるんだよ。畜生。
「ば、バグってるんです!」
「ばぐ? なんだそれは」
俺は視線を素早く動かし、周囲を見渡す。
前方と、左の方だ。
何方も冷たい色をした魔素が渦巻くのを感じる。
すぐにボスの方に視線を戻す。
「わ、分かりません! でも俺はヨイドレです!」
ボスの傍に居る使用人が、何か口を動かしているのが見える。
それは口を手で隠す事もせずに。
確か、氷の礫のような物を飛ばす魔法だ。
魔素の流れは単調。
もっとも、クッコロ先輩の様にフェイクの可能性もあるが。
「は、箱お願いします!」
すぐ前方に幾つかの氷柱が生まれる。
それは容易く獲物を突き殺す、鋭利な先端を持つ。
そして、左の方の礫は良く視認が出来ない。
氷の透明度を高くして、見づらくしているのだろう。
......来る。
俺は前方の氷柱を避ける為、横に跳んだ。
その直後、前方の氷柱が射出される。
それは地を抉り、氷の砕ける様な音が鳴る。
俺はオタ先輩が作ってくれた箱を蹴り、先ほどまで居た所に跳ぶ。
すぐに風切り音が鳴り、そばを何かがかすめた。
俺は流れる様に着地し、地に散らばる氷の破片を何個か手に取る。
そしてそれを左右と前方にぶん投げた。
そのすべては、行手を白い魔素に阻まれる。
この白い魔素の中に閉じ込められている様だ。
ソワール達を中心にして四方に10m。
俗に言う結界魔法だ。
それは俺とソワール達。そしてオタ先輩を囲むようにして展開している。
これをどうにかしないとボスの元へ行く事は出来ないだろう。
俺はボスの傍に居る神の使徒をちょいと見る。
奴の魔素は特別変わったものではない。
もっとも、クッコロ先輩みたいに纏う魔素を制御しているのだろうけど。
「ボ、ボス! 本当に俺に敵意はありません! 手紙を読むだけで良いですから、その後なら俺の事を殺したって、いや、殺されたか無いんですけど、殺したっていいじゃあないでっ」
言っている傍からソワールと使用人達が此方との距離を詰める。
俺の上部には先ほどと同じような魔素が溜まっている。
それはまるで雲の様に膨張させて。
やっべ。
上から来られるのはまずい。
オタ先輩の箱は横からしか防げない。
使用人2人は俺に組み付こうとしているのだろう。
その後にソワールともう一人が俺の始末をつける。
それは捨て身とも言える様な方法で。
俺は左に飛び込む様な素振りを見せた。
すると、片方の使用人はそれに釣られて身構える。
俺はその反対側の奴の方へと飛び込む。
こいつ等の魔素は素直だ。
手に取る様にこいつ等の動きが分かる。
俺をつかまえようとする使用人の脇を抜けて、ソワールの顔面に向けて掌打を入れる振りをする。
ソワールはそれに反応して動きを止めた。
俺は流れるようにして、ソワールの隣に居る奴の服を掴みボスが居る方へとそいつを投げ飛ばす。
「ここ! 危ないから!」
すぐにソワールがナイフを振るう。
それは素直な剣筋だ。
俺はそれが当たらないぎりぎりの所まで下がり、ちょいと身を低くした。
すぐに後ろから一人が俺に掴みかかろうとするだろう。
身を上げたところで、組み付こうとした使用人の顎に俺の頭が当たる。
そのまま、そいつの服を掴み、先ほどと同じようにボスが居る方へと投げ飛ばす。
「マジで! 危ないからちょっと! 待っ!」
頭上の魔素は無数の氷の礫に変わる。
それは、俺を含め3人を撲殺するだろう。
俺は慌ててソワールとの距離を詰める。
ソワールがそれに呼応するようにナイフを突く。
それを最小限の動きで躱し、服を掴みボスが居る方へと投げ飛ばした。
頭上の礫はすぐにでも降り注ぐだろう。
今ならば俺は避ける事が出来る。
しかし、もう一人の使用人は無事では済まない。
どうする?
こいつには同情するが、それがオーグナーだ。
甘さは糞。
自身を切ってまで、他人を救うだなんて、クソったれのやる事だろう。
どうする?
......
「くそったれが!」
俺は頭上に視線をやった使用人の胸ぐらをつかむ。
そうして魔法の範囲外の所まで投げ飛ばしてやった。
その直後、氷の礫が射出された。




