1_ノースウッドの話_n+1_7
師匠の店、1階はまるで酒場のような間取りだ。
そこらの丸机やら、カウンターテーブルの上には物が所せましに並べられている。
それは単なる紐だとか、取っ手が取れたマグカップだとか、ちょいと汚れたクマのぬいぐるみ。
そのどれもこれも、微量だが黒いふわふわを纏う。
「後輩。あなたの実力なら、大丈夫。でも、慢心はダメ。旧世界の遺物が出たらまずは様子を見る事」
「え、ええ。分かりました。行ってきますね」
クッコロ先輩は少し眠そうな目をしている。
いつもこんな感じだ。
その表情から感情を読み取ることは難しい。
しかし、珍しくクッコロ先輩が褒めてくれた。
何だか不気味だ。
師匠の話では、ボスに手紙を渡せば良いとだけ言われている。
それは真っ黒い手紙に、赤い封蝋で留められたものだ。
封蝋の紋章はシンプルで、丸が一つ凸っとなっている。
寧ろ、それは紋章なのかも分からない。
「ヨイドレ氏? おいらも傍に居るから大丈夫だお。応援なら得意だお!」
「......師匠からは手紙を渡せばいいとだけ言われるんですけど。何かあるんですか?」
「知らないお!」
単純に、手紙を渡すだけなのに随分と先輩達は心配している。
何か、あるのだろうか。
いや、あるのだろう。
名札の時もそうだったが、先輩達が何かを察している時というのは何かがある。
俺とオタ先輩はクッコロ先輩に見送られて店を出た。
向かう先は2区のオーグナー邸。
拠点を特定されない為に、回り道をして向かう。
♦♦♦♦♦♢♦♦♦♦♦
「ヨイドレ様、お待ちしていました。どうぞこちらへ」
オーグナー邸に着くと、ソワールと何人かの使用人が俺を出迎えた。
彼女、彼等の辺りを漂う魔素は様々な色が雑に混ざり合う。
それは緑や赤、黄色など。
......強化魔法だ。
クッコロ先輩が言うには、未熟な魔法使いが複数の魔法を付与すると、このように色が雑に混ざり合うと言っていた。
「お邪魔するお! この子がソワール氏かお? いいお、良いんじゃあ無いかお? 陰のある感じが中々。やっぱり暗殺者メイドはポイント高いお!」
オタ先輩が隣で盛り上がっている。
ソワールは何か話しているのだけれど、先輩の声にかき消されて何も聞き取れなかった。
ごめん、ソワール。
何言ってんのかわかんない。
ソワールの話に俺が適当に相槌を打つと、そのまま1階の応接室に案内された。
「ヨイドレ様? まだ少し時間があります。お飲み物は水で良いですか?」
「ああ、俺が水しか飲まないって覚えててくれたんですね。ありがとう。お願いします」
「ふふ、覚えてますよ」
俺はソワールに促されて席に着いた。
「あーもうクタクタだお。お茶でも頂きたい...... お、お? お、おいらの席が無い、お」
オタ先輩は隣で突っ立って、ぶつくさ言っている。
「あ、ソワール? 椅子をもう一つ持ってきてもらえる? それと、お茶も一緒にお願い。はす茶が良いな。毒は入れないでね?」
対面に座るソワールにそう話すと、ソワールは少し怪訝そうな顔をする。
そうして、すぐに傍についている使用人に耳打ちした。
その使用人の目から感情は読み取れない。
まるで暗がりをずっと見続けちまっている様な目だ。
ちょいとして、ソワールの傍についていた使用人が離れた。
「あら、珍しいですね。ヨイドレ様に効く毒なら、この屋敷には無いですよ?」
「いやいや、入れないでよ。それよりも、ボスは最近どう? 今日は機嫌が良いかな?」
「子供が帰ってきて、喜ばない親は居ません。ヨイドレ様の鑑定には立ち会うそうです」
そう言われると少し嬉しい。
機嫌が良いなら、手紙を渡してそれで終わりだろう。
そうなれば良い。
使用人たちは俺を囲むようにして突っ立っている。
それは俺の逃げ場を塞ぐように。
後ろにいる使用人が気になって落ち着かない。
「そう言えば、鑑定のスキルを持つ方なんてよく見つけましたね?」
「はい。当主様もヨイドレ様の為、方々(ほうぼう)に連絡を取ったそうです。個人の為に、神の使徒様がいらっしゃるなんて異例で...... 「ちょ、ちょっと待って」」
神の使徒?
そいつらは教会でも特に高位の者達を指す名称だ。
皆が皆、鑑定という希少なスキルを持ち、各地で行われる鑑定の儀を取り仕切る存在でもある。
"外へ出ただけで神の使徒からは追いかけ回される"
確か、師匠がそう話していた気がする。
つまり、今からやって来る者は師匠や先輩達でも勝てない存在。
「神の使徒が来るんですか?」
ソワールは俺の問いに何か怪訝そうな顔をしている。
「はい。鑑定の儀の準備で隣街に訪れていたそうです。ヨイドレ様? さっきは話を聞いてませんでしたね?」
「え、さっき...... あ、ごめん。ぼーっとしてたかも」
「もう。大広間で鑑定を行います。今はまだ準備をしているので、少し......」
ソワールが話している途中、部屋の戸がノックされた。
そうして何人かの使用人が椅子とティーセットを持ってくる。
「ああ、やっとお茶が出来る...... よ、ヨイドレ氏? なんでそんなにおいらを見るんだお。え、もしかして駄目かお? 座っちゃいけなかったかお? お、お茶も美味しいお? あ、飲んじゃったお」
先輩は俺の隣に置かれた椅子に座る。
その様子は普段と変わらず、何ら焦っている風には見えない。
もし、神の使徒と戦闘になれば、俺程度では全く太刀打ちできないだろう。
どうしよう。
今ならばまだ逃げられる気がする。
「ヨイドレ様? いかがなさったのですか?」
「ああ、ごめん。少し考え事をしてたよ。はは、緊張してるのかな?」
「ヨイドレ様は詠唱無しで魔法を使う事が出来るんですよね? 前回の鑑定の結果が間違っていた事は明白です。安心してください、あなた様はオーグナーの血を引くお方です」
オーグナーは血筋に厳しい。
いや、それはオーグナーに限った話では無いだろう。
組織の長としてその座に座る時。
信用できる奴なんて、誰も居ない。
信ずることが出来るのは自身だけ。
その他大勢は所詮、盆の上に乗ってるだけ。
賽を投げるのは、いつも一人。
所詮、そんなもんだ。
しかし、同じ血を分ける者同士には何か奇妙な連帯感がある。
それは俺にも理解が出来る。
俺だって、組織の為に自身の身を切るのが普通だと思っていた時期もあった。
それはエライコ様に出会うまでは。
鑑定というスキルは、称号以外にも血筋やスキル、魔法、その者がどれほどの価値を持っているのかを調べる事が出来るという。
俺はバグっているから、正しく鑑定する事は出来ないだろう。
つまり、俺はこの家の人間だとは認めて貰えない。
......
まいったな。
本来であれば、俺はこの家の当主になるはずだった。
その為のあいさつ回りだってしていた。
しかし、俺はそうはなれない。
身内がそんな状況で、俺が当主だったら。
問題を起こさない様に、組織から金を出して後は飼い慣らす。
しかし、身内でもなく、なおかつ問題を起こしそうな場合。
それはもう、切り捨てるしかない。
所詮、俺とボスは同じ質の人間だ。
ボスが考える事は、俺にだってわかる。
「......ヨイドレ様? またぼーっとしていますね。何処か具合でも悪いんですか?」
ソワールが俺の顔を覗きこむ様にして尋ねる。
それは表向きだけ見たら、心配している様にも見える。




