4_名札の話_3
ああ、ぼーっとする。
俺、何してたんだっけ。
何か、ふわふわする様な感じだ。
まるで、夢の中のような。
......
「ドレイク! ドレイクは何処!?」
それは黒い髪に、薄紅色のネグリジェを着る女性。
どことなく、エライコ様に似ている。
「ドレイク! ドレイク! ドレイクは何処!」
そんな彼女が、長い廊下を彷徨いている。
「ドレイク! ドレイク! ドレイク!」
窓の外は暗い。
彼女が進む廊下は、魔道具特有の紫色をした淡い光がちらつく。
チカ、チカ、チカ。
それはその彼女の心を表しているかの如く、不安定に。
「此処ですよ、お嬢様。いかがなさいましたか?」
それは白い髪に、青い目。
まるで俺みたいな奴だ。
「ドレイク! あなた今までどこに行っていたのよ!?」
「申し訳ございません。少し執務が残っていまして」
「嘘よ! 部屋にだって居なかったじゃない! もしかして、あの女の所に行っていたんじゃなくて!?」
「まさか。学園に不審な人物が侵入したとの事で、衛兵に確認していたのですよ」
ドレイクと呼ばれたその男は、その女性の手を取り体を近づける。
「それに、俺が愛しているのはお嬢様だけです」
「......ふうん」
「それで、いかがなさったのですか?」
「そうよ、あの女! あの女が、私を差し置いて聖女だなんて呼ばれて! 私が、私が聖女だって言うのに!」
「なるほど、それは腹立たしい事です。お嬢様こそが選ばれし聖女だというのに。さあ、おいで?」
彼女はドレイクの胸に身を投げる。
それは溺れる者が救いを求めるかの如く、ドレイクを強く抱き締めて。
「どうです? 落ち着きましたか?」
「......うん」
「お嬢様? あなたには俺が居るんですから、大丈夫。俺を信じて」
「......うん」
「お嬢様は疲れているのでしょう。安心して? ベッドで横になって目を閉じれば、辛い事はすべて過ぎ去りますから」
「今日は、一緒に寝てくれる?」
「......もちろんですよ。俺はまた、衛兵からの報告を聞きに戻るので、お嬢様は先に寝室へと向かってください」
「......嫌」
「お嬢様? 俺はお嬢様の身を守るために居るんですから。報告を聞いてからでないと、安心して息をすることだって出来やしませんよ。大丈夫。すぐに俺も行きますから」
「ドレイク? 本当よね? 本当に私の事を......」
「もちろん、愛していますよ」
ドレイクはまるで子供をあやすかの様に、優し気な声を彼女の耳元で囁く。
そうして、彼女はドレイクの下を離れた。
ドレイクは彼女の後ろ姿を暫く見つめた後、踵を返して歩をすすめる。
その途中の事だ。
ドレイクは呟くように言葉を発した。
「......彼女の方はどうなってる?」
暗い闇から、一人の男が現れる。
それは、目の傷が特徴的な男。
「王の治療は無事に終わったようです。民からの信頼も厚く、聖女として選ばれるのは彼女でしょう」
「そうか、保険を掛けておいて正解だったな」
「お嬢様はいかがなさいますか?」
「処分する。そうだな、お嬢様は彼女に嫉妬して賊を雇うかもしれないな。そして彼女が攫われる現場に偶然、俺が居合わせて彼女の窮地を救うかもしれない。細かい調整は任せる」
「仰せのままに」
黙れよ。
「うん? トールキン、何か言ったか?」
「いえ? 何も」
「......まあいい。それにしても女というのは愚かなものだ。耳元で愛を囁くだけで俺の思う通りに踊ってくれる。まったく、馬鹿なやつだよ。男なら愛の言葉くらい息をするように吐くことが出来るというのに」
だまれ。だまれ。だまれ。だまれ。
だまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれ
♦♦♦♦♦♢♦♦♦♦♦
「黙れ!」
「わあっ! 急に何さ! もう、びっくりしたなあ」
息が苦しい。
激しい動悸が俺を襲い上手く息が出来ない。
落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け。
「大丈夫? 怖い夢でも見た?」
師匠の声だ。
そちらの方に視線をやると、師匠がソファに掛けて此方を見ている。
それはいつも俺が座っているソファーだ。
どうやら俺は師匠のソファで寝ていたらしい。
夢?
何が......
いや、ちょっとまて。
俺は急いで自身の体を確認した。
腕が、ある?
体のあちこちを確認するも、何処にも怪我などはなさそうだった。
しかし、何か視界が変だ。
ぼやけるというか、物の周りに靄のようなものが見える。
それは黄色や白、赤や青など様々な色が混じり合う。
何だこれ?
自分の両手を見ても同じ様に靄が見える。
しかし、右手の小指だけは何か異質な感じがした。
小指に出来た痣の周りは、どす黒い靄に覆われている。
「君は混乱しているみたいだね。何処まで覚えてる?」
確か、師匠から名札という魔道具を貰った......
そして、それを使ったんだ。
そうしたら全身の皮膚がつっぱる様な感じがして、頭がおかしくなる位の激痛がやってきた。
まるで体の内側から、無数のムカデかなんかが這う様な感覚。
それは肉を食い荒らし、皮膚を破ろうとしているかのような。
俺は体内のそれをどうにかしようと思って床を転げまわった。
しかしそんな抵抗も空しく、皮膚は裂けて肉が漏れ出て。
その刹那、まるで自分が神にでもなったかのような気がした。
それはこの世界の全てを支配しているような万能感と、狂気に近い幸福感が脳を強く揺らす。
それを境に意識は薄れ、自分の意思で体が動かせなくなった。
それは夢を見ているかのような感覚に近かっただろう。
「......あれは、何だったんですか?」
「君はドレイクに成ったのさ。まあ、結構バグってはいたんだけどね? いやあ、すごかったね。生命の神秘って感じで楽しかったよ」
師匠はそう言ってケラケラ笑う。
なんだ、この人。
なんなんだこの人。
異質だ。
あんなことががあった後なのになぜ笑って居られる。
正直、俺は師匠を恐ろしく感じている。
「......師匠は、何なんですか」
「何って...... 嫌だな、そんな化物を見る様な目で見られたら傷つくよ? 私は君の師匠さ。あゝ、そんな事よりも、体に何か異常とかは無い? 変わったところとか、無いかな?」
師匠の体の周りにはどす黒い靄が漂っている。
それは俺の小指と同じような靄だ。
もっとも、師匠の周りに漂う靄は更に濃い。
師匠に靄の事を話して良いのだろうか?
どうする?
......
「いえ、特に無いです」
俺は嘘をついた。
それは師匠に対する言い知れぬ不安がそうさせた。
「あゝ良かった! 君の身に何かあったら、私はすっごく悲しいからね」
屈託の無い笑みを浮かべて、そう話す師匠に悪意があるようには見えない。
俺の考えすぎなのだろうか?
「ところで、君はさっき自分の両手やら、コップ、フロアランプ、はたまた私の事なんかをぼーっと見ていたよね? もしかして、何か見えていたりするのかな?」
......どうする?
師匠と話していると、いつも心を見透かされている様な感覚に陥る。
もしかして、本当に心を読むことが......
「そう警戒しないで? 別に心が読めるって訳じゃあ無いから。ただ、私は色んな事が感じやすいんだ。それでね、君が見えているのは魔素ってやつだよ。あらゆる可能性の重ね合わせとも言えるかな」
魔素とは魔法を発動させる際に使われる物質だと習った事がある。
魔素を見る事が出来るのは、魔法に対して高い素質を持つ者だけという話だ。
「......どうして、魔素が見えるようになったんでしょうか?」
「誰だって見る事は出来るよ、脳味噌の使い方次第でね。君がドレイクに成った時に回路がつながったのさ。因みに、今の君は魔法だって使えるだろうね」
「ほ、本当ですか!?」
「ほんとほんと。まだうまく使う事は出来ないだろうから、暫くは先輩達に教わると良いよ」
まじかよ。
まじでかよ。
まだ問題は山積みだが、魔法が使えるなら王立学園に入れるかもしれない。
また、エライコ様に会えるかもしれない。
いや、会うんだ。絶対に俺はやる。
話したい事はたくさんある。
何も言わずに聖都に行くだなんて、ひとこと文句だって言ってやる。
会うんだ。
エライコ様にまた......
ちょっと待てよ、何か忘れているような気がする。
......
そうだ。師匠はエライコ様の癇癪について、役という物による影響だと話していた。
あの時は話半分に聞いていたが、あれは本当の話なのでは?
師匠が良い人なのか、はたまた悪い人なのかは分からない。
......だけど、師匠には人知の及ばない何かがある。
あの強烈な体験から、それだけは分かる。
「師匠は前、エライコ様の癇癪が役という物の所為だって話していましたよね?」
「うん? そんな事言ったっけ? まあでも、エライコさんは悪役令嬢だから君が言う癇癪っていうのも、役によってそうさせられているんだろうね」
悪役令嬢?
確か巷で人気になっている恋愛小説でそういう話がある。
いじわるな令嬢は可哀そうな聖女を虐めるのだ。
最終的に悪役のいじわるな令嬢は断罪されるという話だったと思う。
しかし。
「エライコ様は聖女ですよ?」
「そうだね。ところで、君はエライコさんが治癒魔法を使う所を見たことある?」
「......無いです」
「この時代で聖女っていうのは、強力な治癒魔法を使える奴の事を言うんでしょう?」
「......鑑定の儀の後に、力が開花する人だっていますよね?」
「そうだね。でも彼女はこの先も治癒魔法を使えないよ。聖女だなんて言われているのに、治癒魔法を使わない奴が周りからどう見られるか分かる? 民衆から救いを求められても、それに応えない聖女がどんな目で見られるか、君は分かる?」
なんだよそれ。
「エライコ様は、どうなるんですか」
「火あぶりにされるね。聖女を騙った魔女だなんて言われちゃうんだぜ? まったく、酷い話さ」
なんだよ、それ。
ふざけんなよ。
......
「どうにかする方法は、無いんですか?」
師匠が良い人なのか、はたまた悪い人なのかは分からない。
でも。
彼女が助かるなら、俺のこの身程度、悪魔に売ったっていい。
「......この世界はね、運命が決まっているんだよ。知能を持つ生物は知らぬ内にその運命に沿うように誘導されているんだ」
なんだよそれ。
エライコ様が酷い目に会うのが、運命だっていうのかよ。
「そんな怖い顔しないで? 良い事を教えてあげるから。運命っていうのは必ず運命が決まる瞬間っていうのがあってね。それは "スチル" っていうんだけど、それを壊す事が出来れば運命は変えられるんだ。安心しろよ。なんたって私は君の師匠なんだぜ? その壊し方だって、君に教えてやるよ」




