貴方のために
劣悪な家庭環境、生け贄を捧げる忌々しい地域の慣わし、捧げられた親友と死んだ唯一の理解者…
選ばれし彼は全てに絶望し、全てを失った。
目を閉じて、息を止めて…
視覚…聴覚…嗅覚…触覚…味覚…
全ての感覚を止めて…
そして目覚めるのです…
…あの世界を壊すために。
そして…この世界を…救うのです………
まだ、これは始まったばかりの物語。
たった1人のわがままに付き合わされる少年の物語。
繰り返される絶望
繰り返される恐怖
それに、意味はあるのか。
「定斗!!定期試験の結果!あれは一体どういうことなの!!」
「一位じゃないなんて!!信じられない!!」
「アンタなんて…アンタなんてアタシの子じゃないわ!!!」
「このっ…この……っ」
「この出来損ない!!」
「ンぐッ…ぁ゛ッ…」
…右頬をぶたれて口内に鉄の味が広がる。
これが初めてではないから、そう驚くことはなかった。
一度では終わらない。
何度も、何度も何度もこれは続く。
所謂虐待。
気の済むまで母に殴られ、はたかれる。
…やがてアイツは僕を蹴り飛ばして家を出ていく。
大荒れの室内。
書類の散乱した床。
粉微塵に砕けた酒瓶に、その中身もぶちまけられた卓上。
その荒れ狂う部屋に無様に転がされる僕。
…いつからこれは始まった?
今ではもうわからない。
帰ればただただこうしてサンドバッグにされる日々。
生傷の癒えない全身。
内出血の跡が消えない腹。
根性焼きが群生した両腕。
何度骨を折ったか、何度関節が外れたか…
誰も助けてくれない。誰も見てはくれない。
「…ここの……片付けも僕が………か。」
こんなぼやきですら誰も聞くことはない。
聞いてはくれない。
「どうして…どうしていなくなっちゃったの…?」
「お兄ちゃん…」
冷たいアクリル板にひたひたと溢した声。
嗚咽が混じり、声にもならない声。
誰にも届かない。届かせてはくれない…
神様なんていないんだって。そう思う。
あーあ。
「くそッ…ったれがよ…」
今日も…明日もきっと救われない。
これは絶望ではない。
これは…
…これは真実だ。まごうことのない事実…
テスト用紙、成績表、表彰状は酒で濡れて
割れた皿と、酒瓶…花瓶にカトラリーは散らばって…
認められない努力、認められない実力。
他者と比べられるばかりで、僕自身は見てくれない…
拾い集めるだけでもこんなに…こんなにも苦痛で…
ねぇ…僕には、生きている意味はあるの?
僕は…僕は何のために生かされてるの?
僕は…
ねぇ…
誰か…
「誰か…助けて…」
『お呼びかい?』
…来てくれた。
…今日も…[今日も]来てくれた…
…僕の大事な…大切な…たった1人の
とも…だ……ち?
『どうしたんだい?そんな貧相な顔をして』
…違う
違う
『ボクの顔に、何かついてるの?』
(『ありゃ?』)
違う違う違う違う!!!
『ねぇ?』
(『どうしたの?』)
違う…違うんだ…
『どうしたっていうのさ?』
(『ほらほら、どったの?』)
…お前
『大丈夫?』
(『大丈夫?』)
「お前は…誰だ」
あの僕の最悪な現状に手を差し伸べてくれた唯一の光。
僕の話を親身に聞いてくれた。
僕を唯一1人として見てくれた。
僕を…
僕を愛してくれた1人の[人間]。
『本当に大丈夫?』
(『大丈夫?!立てる??』)
それは…それはお前じゃない…
お前は…お前は一体誰なんだ……
『やーっぱりそうだ』
不快だ。不愉快だ。
目の前のそれはにっかりと気味の悪い笑顔を浮かべてそう言った。
『おめでとう。姫原…定斗くん。』
やめろ。口を開くな。
その顔…
その声…
何が言いたい…何がしたい…
『君は、選ばれたんだ。』
『さぁ、ようこそ。』
『『こちら側の世界に』』