67話 真実
食事を終えて食後のお茶も済んだ頃、大司教ルーベンスがシオンのいる部屋を訪れた。
「信者が果物を持ってきてくれましてね。良かったらどうですか?」
「……司祭様……?」
覚えている頃より老けたように見えたが、シオンにはすぐにルーベンスが教会にいた時の司祭だと気付いた。
果物を受け取るメリエルを気にもせず、シオンは駆け寄ってルーベンスに抱きついた。それには流石にルーベンスが驚き戸惑った。
「司祭様! 司祭様! 会いたかったです!」
「これは、どうされましたか、公爵夫人」
「ノアです! 私はノアです!」
「なんと……!」
驚きながら、困った顔をしたリュシアンを見たルーベンスだが、リュシアンは黙って頷くのみだった。何故シオンがこうしているのかは分からなかったが、ルーベンスは微笑み、助けを求めるようにして抱きついてきたシオンを自分から優しく離す。
「ノア、でしたか。大きくなりましたね。私も会いたかったですよ」
「はい! また会えて嬉しいです!」
「ふふ……そうですね。私も嬉しいですよ」
「あの、他の子達は元気ですか? 仲良くやれていましたか?」
「はい。みんな元気で大きくなりましたよ」
「良かったぁ!」
嬉しそうに笑うシオンを、ただ見つめるしか出来ないリュシアンとメリエル。
それを見て、ルーベンスはふぅと息を吐く。
「ノア。ここでゆっくり過ごして、早く体を治しなさい。ここにいる人達は、みんな貴女の事を大切に思ってくれる方ばかりですよ。怖がる必要はありません」
「そうなんですか? みんな怖くない人達?」
「ええ。勿論ですよ」
ルーベンスにそう言われたシオンは明らかにホッとした表情をした。優しく微笑んでルーベンスは、
「また来ますからね」
と言って部屋を後にする。
入れ替わるようにして呼び出されたフランクが部屋へとやって来た。初めはビクッとなったシオンだが、ルーベンスの言葉を思い出して怖さを払拭したようだった。
リュシアンにシオンの体にある傷痕を調べるよう言われたフランクは、連れてきた女性医師にその役目を頼んだ。これはリュシアンが、医師であったとしても、シオンの身体を自分以外の異性が全て見てしまう事に抵抗を感じたからだった。
要するに嫉妬だ。
まだ自分も全ては見ていないのに、なぜ医師だと言うだけで全てを見せなくてはならないのかと考えつつ、その思考に至った自分が恥ずかしくて情けなくて、一人顔を赤くして部屋の前で待ち続けるリュシアンであった。
しばらくして女性医師が部屋から出てきた。シオン用のカルテには体の表面と背面が描かれてあって、そこに傷痕らしきものを足して説明書きもされてある。女性医師はそれをフランクに手渡した。
深刻そうにカルテを見て、傷痕に添えられた説明書きを読んでは大きくため息を吐きながら、今度はそれをリュシアンに手渡した。
「特に左脚の切り傷の痕が酷いですね。これじゃあ上手く歩けないのも仕方がありません。背中の傷痕も処置がキチンとされていなかったので、屈む時に引き攣れが生じたるのでしょう。右腕が麻痺しているのも、深めに切られたからでしょうね。本当はすぐに神経の縫合をすれば良かったのでしょうがそれが出来ておらず、麻痺が残っているのです。それと……」
女性医師の説明に、リュシアンの顔は段々と青醒めていく。こんなに身体中に酷い怪我を負っているとは想像もしていなかった。奇病と言っていたが、それはどんな病気なのか。
しかし何かが引っ掛かる。図面にある傷痕を見て、リュシアンはひとしきり考える。
不意に何故かジョエルの言葉が思い出された。
『貴方には! 迂闊な行動をしないで頂きたい!』
『貴方が誰に守られているのか何も分からないくせにっ!』
誰に守られているのか、とはどういう事だったのか。ジョエルは何が言いたかったのか。
そうして最後の時、ノアとリアムが教会で手を握り合いながら今度生まれ変わったらと話をした時の事を思い出す。
あの時ノアは何て言ってた? あの時ノアは……
『リアムはいつも怪我をしていたから、その傷を失くしてあげたい。私が代われたらそうしたい』
そう言っていた。それを今、やっとリュシアンは思い出したのだ。
改めて見ると図面に描かれた傷痕は、全て今までに自分が負ってきた傷痕ばかりだったのだ。
狩猟大会でメリエルを庇った時も、アウルベアのつけた傷痕と火傷は自分ではなくシオンの左肩に……
リュシアンから血の気が引いていく。これまでは自分がノアを助ける為に強靭な肉体を与えられたと思っていた。病気もせず怪我を負っても忽ちに治るこの体は、大切な人を守る為に与えられたものだと……
今になって、ようやくジョエルの言っていた事が理解できるなんて、自分はなんて愚かだったのだろうかと思い知る。これまでの自分が負ってきた傷を一つ一つ思い出すと、リュシアンの体はガタガタと震えだした。
自分は傷付かないからと、部下を下がらせ一人で魔物に挑んだのは一度や二度ではない。
傷付くのも恐れずに、自分の体を盾にして仲間を助けた事もある。それが全てシオンの体に刻まれていっていたなんて……!
その場に崩れ落ちるようにしてガタリと膝を折ったリュシアンの様子が只事ではないと、その場にいた医師達はすぐに気づく。
「どうされましたか?! 公爵様!」
「いや……何でも、ない……」
「お顔が真っ青です!」
「……大丈夫だ……問題、ない……」
心配する医師達をよそにフラリとリュシアンは立ち上がり、シオンのいる部屋へと入っていった。
ベッド横にシオンが腰掛けていて、メリエルがシオンに靴を履かせているところだった。
メリエルはリュシアンを見て驚く。絶望したような、悲観したような、今までにリュシアンからは見られなかったただならぬ様子でそこにいたからだ。
「あ、公爵様。ありがとうございます。ちゃんと医師様に診て頂けるなんて事を、こんな私なんかにしてくださるなんて……」
「シオン……すまない……」
「え?」
リュシアンの言いようのない雰囲気に思わずメリエルは立ち上がり、ゴクリと息を呑む。
フラフラとシオンの前まで来て、リュシアンは跪き頭を下げる。
「私が悪かった……すまないシオン……」
「え? どうしたんですか? 公爵様? なんで謝るんですか?」
「君の怪我は全て、私のせいなんだ……それを知らずに私は……」
「そうなんですか? 公爵様が私を叩いたのですか?」
「そうじゃない。そうじゃないが……」
「じゃあ、誰かに命令して、私を殴らせたのですか?」
「そんな事はしない。だが……」
「なら公爵様のせいじゃないです。だから謝らなくてもいいですよ」
「違う……違うんだ、シオン……」
頭を下げたリュシアンは泣いているようだった。シオンは何も言えず、ただ自分の膝横に項垂れているリュシアンの頭をそっと撫でた。
それにピクリとするリュシアンだったが、その優しさがまたリュシアンの心を痛めつけるように感じる。
「私なら大丈夫ですよ」
優しい言葉に見上げると、シオンはリュシアンを見てふわりとした感じで柔らかく微笑んでいた。
思わずシオンの腰に抱きついてしまう。太腿に顔をうずめ、何度も何度も
「ごめん……ごめんな、シオン……」
と謝り続ける。
「私はシオンじゃないですよ」
そう言いながらもそれ以上否定をせずに、リュシアンの頭を優しく撫で続けるシオンだった。




