48話 分かち合いたい
本邸での生活は快適だった。
肩の火傷も怪我も少しずつ回復していって、毎日別邸にある庭までいく事も日課になって、シオンは穏やかな日々をおくっていた。
シオンのドレスを部屋着だと間違えてから、公爵夫人用の金が手元に渡っていない事実を知ったリュシアンは、翌日王都一有名で予約を取るのも難しいとされているブティックのデザイナーを本邸へ呼び寄せ、シオンのドレスを作るよう言った。
それには流石にシオンは恐れ多く感じ断ろうとしたのだが、それはアッサリとリュシアンに拒否された。
そしてオーダーメイドは出来上がるまで日がかかるという事で、既存のドレスも多くクローゼットに収められた。
勿論、ドレスだけではなく靴も帽子も、装飾品に至っても数々の物を用意され、シオンは突然の贈り物に戸惑うしか出来なかった。
しかしジョエルが
「頂いておきましょう。当然の権利ですし、断るのも失礼にあたります」
と平然と言ってのけたので、渋々受け入れるしか出来なくなった。
食事は部屋に運び込まれるが、今まで目にした事のないような料理が並び、お腹いっぱい食べても無くならない状態に、逆に申し訳なく感じてしまう程だった。
食後に出されるデザートをお腹いっぱいに食べた後なのでなかなか手をつける事が出来なくて、いつも見るだけで下げてもらうしか出来ないのが、シオンの今一番の悩みとなっている。
対応する使用人達は怪訝さをあらわにした表情を浮かべてはいるものの、シオンやメリエルに何か悪さをする事はなかった。影で悪口や文句は言っていたが、表立って言う事はしなくなった。
そんな中、ジョエルが使用人達の中で密かな人気となっていく。
シオンに従順な姿勢が美しい侍従。護衛も兼ねていて、リュシアンにも臆する事のない凛とした態度。クールでありながら、シオンの前では優しい笑みを持つその姿が、憧れの対象として捉えられてしまったのだ。
だから余計にシオンとメリエルに嫉妬心が芽生えてしまったのたが、今は侍女長ノエルやセヴランから厳しい目を向けられている時期なので、何も出来ずに羨んでいるだけに過ぎなかった。
そんな本邸内の雰囲気を知る事もなく、リュシアンはシオンが怪我をしてからと言うもの、毎日部屋を訪ねるようになっていた。それはもう見舞いと言えない程シオンが元気を装ってもだ。
最近は一緒にお茶を飲む事もある。どうやらリュシアンは仕事の息抜きに来ているようで、メリエルの淹れるお茶をいたく気に入っているようだった。
手土産をメリエルに渡す時のリュシアンの優しい表情に、シオンはいつも胸がチクリと痛くなる。
自分に会いに来ているのではなく、メリエルに会いに来ているんだろうなと、シオンは思っていた。
あんなふうに優しく見つめて貰えたなら……
そんな事を考えながら、無意識にリュシアンを見つめてしまう。それがリュシアンに気づかれてしまった。
「どうした? 何か言いたい事でもあるのか?」
「いえ、なんでもありません……」
「そうか? ……少しすつ良くなっているようだな」
「はい。良くして頂いてるので」
「痩せていたのが少し改善されたようだ。顔色も良い」
「えぇ、もうかなり。過分に感じ、恐縮しております。ありがとうございます」
「礼など必要ない。今まで何もしてこなかったのだ。何か希望があれば言って欲しいくらいだ」
「あ、それなら……」
「なんだ? 何か欲しい物でもあるのか? ならば言ってくれれば……」
「いえ、そうではなく、街へ行ってみたいのです」
「街?」
「はい。お恥ずかしいのですが、あまり街へ行った事がなくて……庭に植える花の苗を買いたいと思ってますし、色々と見てみたいのです」
「だがまだ……」
「もう肩の怪我は随分と良くなったんです。体調も良いですし、体力もついたんですよ?」
「なら私と共に行こう。日を調整する」
「お忙しいのにお手を煩わせたくはありません。ジョエルと共に行かせて頂こうと思っていますので……」
「護衛も必要だ。私が行けばそれも問題無いだろう?」
「そうですが、大丈夫です。ジョエルなら護衛にも長けておりますので……」
自分を拒否するシオンに、リュシアンは何も言えなくなってしまった。シオンは迷惑をかけたくない事と、共に歩くと脚に不具合があると知られる事を懸念して断ったに過ぎないのだが。
本当は一緒に街に行きたい。同じものを見て、同じ時を過ごし、それについての意見や感想を言い合いたい。
だがシオンはそんな事は言えずまた俯いてしまう。それを見たリュシアンはただ拒否されているようにしか受け取れなかった。
シオンの言動が通じるにはまだ分かり合おうとしてから日が浅く、二人には距離があった。
そしてジョエルの名が出た事にもリュシアンの胸はズキリと鳴る。
やはりそうなのかと、思わず拳をグッと握ってしまう。
「あの……公爵様……やっぱり、ダメなんでしょうか……?」
オズオズといった感じでゆっくり顔を上げ、シオンは顔色を窺うように聞いてくる。
フゥとひと息ついてから、視線を下に向けたままリュシアンは
「分かった。許可しよう」
と告げた。
「ありがとうございます! 公爵様!」
嬉しそうに笑うシオンを見て、この笑顔をもっと見たい、笑える日常を増やしてあげたい、とリュシアンは思った。
ただ……
「いつまで公爵様と呼ぶつもりなんだ?」
「え?」
「一応、と言うか、まぁ、夫婦なのだから……」
「では……どのようにお呼びすれば……」
「それは、やはり、その……リュシアン、と……」
「そうお呼びしてもよろしいのでしょうか?」
「まぁ、夫婦、だからな」
「で、では、えっと……リュ、リュシアン、様……」
「あぁ、それでいい」
言って、やっぱり恥ずかしくて顔を真っ赤にしたシオンと、少し照れ臭くなって顔を背け席を立つリュシアン。
「で、ではまたな、シオン」
「えっ! あ、はいっ!」
女性に言い寄られた事は多々あれど、それを避けてきたリュシアンには女性の免疫は無に等しかった。
そしてそれ以上にシオンも男性に免疫がない。
傍から見たら初々しい二人だが、これから少しずつでもその距離を縮めていけると思っていた。
そう思っていた。




