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叶えられた前世の願い  作者: レクフル


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46話 心に染みついたもの


 メリエルの容姿は、前世のノアによく似ていた。


 ノアの事を覚えているのなら、リュシアンはメリエルをノアだと思ってもなんら不思議ではない。


 本当は自分がノアだ。メリエルではなく自分が……


 シオンは心の中でそう訴えても、それを口にする事はしたくなかったし出来なかった。

 もしかしたら、こんな陰気で非力で泣き虫で何の価値もない自分より、明るくてハキハキものを言って行動力もあるメリエルの方がリュシアンには相応しいのではないか。そんな事を考えてしまうのだ。

 

 こんな傷だらけの自分なんて……


 それはリュシアンの傷を受け取っているからなのだが、それでもシオンは自分の体が恥ずかしくて申し訳ない気持ちになっていた。


 ただでさえ痩せていて女性らしい丸みの感じられない体なのに、その上至る所に傷があるのだから、こんな自分を誰が女性として見てくれるのだろうか。


 考えれば考えるほど、シオンは自分に自信など持てる所が何処にもなく、情けなくなってくるのだ。

 そうなると思い出されるのは幼い頃から言われ続けていた言葉の数々……



『お前は生きているだけで罪なのよ』


『私にその汚い姿を見せるんじゃない!』


『お前に何の価値があるの? 生かして貰ってるだけでも有り難いと思うのよ』


『ウザいウザいウザい! 本当に気持ち悪い!』


『何処かで死んでくれたらいいのに! いっその事、殺してやろうか!』


『このナイフをあげるから自分で手首を切るなり首を切るなりして死ね』


『川に飛び込んでしまえ』


『あの屋上から飛び降りてしまえ』  


『家畜の餌にでもなればいい』


『首を吊って苦しんで死ね』


 

 会う度にシオンは、フィグネリアからこんな言葉を投げつけられてきた。それはシオンの体に心に深くじっくりと浸透していき、フィグネリアの言った言葉が事実のように植え付けられていったのだ。


 言われたようにナイフで首を切ろうとした事もあった。屋上から飛び降りようとした事もあった。だけどその度に、僅かであってもシオンの体にリュシアンから譲り受けた傷ができるのだ。

 

 それは偶然か必然か……


 その傷が出来ると、シオンはリュシアンを守れていると感じ、自分にはたった一つだけど生きる価値があるのだと思えたのだ。


 リュシアンはシオンの生きる糧だった。それだけだったのだ。

 そしてジョエルの支えが無ければ、生きぬく事さえ難しかっただろう。


 リュシアンがメリエルを見る目は優しくて穏やかで、それが自分に向けられる事はないのだろうとシオンは思っている。

 そして自分にはその価値がないのだとも。


 思わず下を向くシオンを、リュシアンはチラリと見る。


 時折、泣き出しそうな顔をしながら笑う時がある。俯くのが癖になっているようにも思う。体の傷の事もそうだが、シオンはこれまでどのように生きてきたのか。それを聞いたら、また泣いてしまうのだろうか。

 

 シオンの事を聞きたいのに、それが出来ずにただ見つめる事しか出来ない自分を、リュシアンは歯痒く感じていた。


 そして、切ないものを見るような目でシオンを見つめているリュシアンを見て、メリエルは二人の関係が良いように変わってきているのだと感じ、嬉しくなったのだった。 


 しかしそんな二人の良い雰囲気は、ジョエルがやって来る事でいつも無惨に終わっていく。それがメリエルには残念で仕方がなかった。

 ジョエルに悪気はない。いや、本当に悪気はないのか? ワザとなのでは? と、いつもメリエルは疑いの目を向けている。


 ワザとであったとしても、ジョエルがリュシアンに邪険な態度を取ってしまうのは分からなくはない。今までのリュシアンのシオンへの態度が良くなかったからであって、シオンを敬愛しているジョエルは簡単に許したくないのだろう。


 ジョエルが来ればリュシアンはシオンの部屋から出ていく。それが毎日、当然の事のようになっていた。


 そんなある日、乾いた洗濯物を持ってメリエルが廊下を歩いている時、通りがかったリュシアンに呼び止められた。



「アイブラー嬢、聞きたい事があるのだが」


「はい、なんでしょうか」


「アイブラー嬢の魔法は……どういったものか、教えて貰いたいのだが……」


「私の魔法を、ですか?」



 リュシアンはメリエルがノアだと考えているのだが、それにしては疑問に感じる事があった。それはやはり治癒魔法の事だ。

 自分でその能力に気づいているのかいないのか。ノアの記憶があるから、ゴールドドラゴンの刺繍をした御守りを渡そうとしてくれたのではないのか。

 

 何処からどう聞けば良いのか考えて考えて、リュシアンは当たり障りなく聞いてみたのだ。



「私の魔法は、光魔法です。ですが、魔力が凄く少なくて、僅かに手のひらに光がうっすらと浮かぶ程度しか発せられないんです」


「光魔法……?」


「光魔法と呼べる程のものでもありませんけどね。ふふ」



 そう言うと、メリエルは恥ずかしそうに笑った。


 光魔法もまた、適応している人は他の魔法と比べて圧倒的に少ない。それにメリエルは魔力がかなり少ないと言っていた。光魔法に関しては分かっていない事も多く、使える人も少ないからまだ全貌は解明されていないのが現状だった。


 ノアが治癒魔法を使う時、淡い緑の光が掌から発せられていたのを覚えている。それは光魔法の一種なのか? 


 考えたところでリュシアンに分かることもなく、何も解決することなく疑問は深まるばかりだった。


 

「あ、そうだ。公爵様、私もお聞きしたい事が……」


「なんだ?」


「御守りの事です。あの日私、公爵様から奥様が狩猟大会に行く予定だとお聞きして、慌てて別邸に帰ってキチンとお渡し出来なかったのですが……」


「あぁ……そうだな。君が落とした御守りを私が拾ったのだ」


「申し訳ございません! 狩猟大会の日、その、私を助けてくださった時、胸ポケットに入れられているのを見たんです。その時に御守りの存在を思い出しまして……実はそれまで急ぎ準備等をしていたので忘れてしまってたんです。それが申し訳なくて……」


「いや、本当に急に知ったのなら、そうなるのも仕方がなかっただろう。私は気にしない。この様な丁寧な刺繍の御守りを贈って貰えて、私は嬉しかった。感謝している」


「本当ですか?! 良かったです! きっとおく……」


「メリエル嬢! お嬢様のシーツはまだですか!?」


「え? あ、ジョエルさん、すみません! 今行きます!」



 ペコリと頭を下げてメリエルは急ぎ去って行った。

 

 『きっと奥様もお喜びになります』


 そう言おうとしたのだが、それがリュシアンには届かなかったのだった。





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