23話 疑惑
「さぁジョエル、いただきましょう。メリエルは本邸に用意されてるのよね? ゆっくりしてきて大丈夫よ」
「はい……って、あの、シオン様、それはシオン様が召し上がる食事なのですか?」
「えぇ、そうよ?」
「ですが、そのような質素な……」
そこまで言ってメリエルは口をつぐんだ。もしかしたらモリエール公爵家は財政難なのかも知れない。他家の懐事情は分からないもので、今までメリエルが優遇された生活をおくれていただけなのかも知れない。
そう考えたメリエルは、これ以上は何も言えなかった。
そしてこんな食事であっても何も文句を言わないシオンが本当に噂のような悪女なのかと、その時はじめて疑問に感じたのだ。
「で、では本邸へ行ってまいります。すぐに戻ってまいりますので……」
「ゆっくりで良いのよ」
「はい……」
美しい笑みを浮かべるシオンを見てメリエルは、悪女という噂は本当なのか事実が知りたい、知ろうと思った。
メリエルが本邸にある使用人専用の食堂へと向かうと、そこはビュッフェ形式で様々なおかずやパン、スープとデザート等も置かれてあった。
メインは肉と魚があって、どちらも食べて良いとなっている。パンの他に炒めた麺もあるし、サラダは野菜の種類も豊富でドレッシングも三種類。前菜に煮付けや炒め物等、何をどう食べようかと悩む程に充実していた。
スープも二種類、コンソメとポタージュがあり、デザートはゼリーやプチケーキ、フルーツもあって、さすが公爵家と言わざるを得ない程の物だった。
なのになぜ……
使用人ですらこんなに豪勢な食事を与えられるのに、どうしてシオン達にはあんな少量の質素な食事を用意されたのか。メリエルはその理由が分からなかった。
トレーに皿を置いて食べたい物を取っていく。
さっきセヴランが持って来た料理はここの物を抜粋して持って行った物だと、用意されたおかずを見てメリエルは気がついた。
それでもメインの肉や魚はなく、サラダに少しのおかずを添えていたのみ。パンも小さなのが2つ、スープには具があまり入ってないようにも感じた。
なぜあんな待遇しか得られてないのだろう……
眉間にシワを寄せて、メリエルは一人考え込む。その時、侍女と思われる女性が声を掛けてきた。こちらに座るよう促され、数人の侍女達がいるテーブルへ赴く。
「ねぇねぇ! あなたあの伯爵令嬢の侍女として入ってきた子よね?! どうだったの?! あの悪女!」
「悪女って、シオン様の事ですよね?」
「もちろんよ! 最悪よね! 私達のご主人様があんな悪女と結婚させられるだなんて! 本当、お労しいわー」
「ワガママばかり言ってたんじゃないの? 酷い性格だっていうじゃない?」
「あ、いえ、まだそんなにご一緒していないので……」
「そっか、そうよね。これから知っていくのよね」
「それより、ちょっと聞きたいのですが、いつもシオン様達の食事はセヴラン様が持って行かれますよね? 用意はどなたが?」
「あぁ。それもセヴラン様がされてるわ。食事を持って行くのは執事の仕事じゃないけれど、何か色々探りたいみたいね。他の使用人に危害を与えられるのも防いでくれているんだと思うわ」
「そうなんですね……」
「あなたもあの悪女に何かされたらすぐに言うのよ? ここにいる皆で対策を練って、必ず仕返ししてやるんだから!」
「はい……分かりました……」
シオンと会う前のメリエルであれば、皆と同じような事を言って話に花を咲かせていただろう。
しかし会った時間は僅かであっても、噂の悪女とは思えないシオンの一面を見てしまったメリエルは、彼女たちと一緒にシオンを悪く言うことはできなかった。
食事を終えて、メリエルはすぐに別邸へと戻った。シオンにゆっくりしても良いと言われたが、同僚である侍女達の話にしっくりいかず、居心地の悪い思いをしたからだ。
噂に惑わされず、シオンの事をちゃんと知っていこう。自分の目で見て確認しよう。そう決心したメリエルの手にはケーキが入った箱が握られている。
シオンのお茶の時間にと、食堂にあったプチケーキをいくつか持って来ていたのだ。
もしかしたらシオン達はセヴランに冷遇されているのかも知れない。いや、セヴランだけでなく他の使用人達からも、考えたくはないがリュシアンからも酷い扱いを受けているのかも知れない。
それは思い違いであって欲しいけれど、メリエルはこのプチケーキを差し出した時のシオンの反応を見てみたいと思った。
噂どおりの悪女なら、こんなケーキを受け入れる筈はない。だけどあんな質素な食事に文句を言わないシオンであれば、もしかすると……
シオンに戻った事を伝えると、
「早かったのね。急がなくて良かったのに」
と微笑まれた。
その笑顔はやっぱり、悪女には見えないなと思ったメリエルであった。




