バリアスの憂鬱
第六話宜しくお願い致します
ジャクルトゥが転移したマンダゴア南東部、その反対側にある集団は居た。
大陸北東部の内陸部に位置する平野は先日までごく普通の草原だった。
今は所狭しと無数の薄汚いテントが乱立している。
テントの横では大きな鍋が火にくべられる。
鍋の中では鳥や獣、人間の手足らしき物が煮込まれていた。
テントの周囲で異形の生物達が怪しげな酒らしい物をあおり、奇声を上げて騒ぐ。
別の人型らしき生物は腰掛けると傍らに剣と盾を置く。
受けとった椀に入った煮込みを粗末な木製の匙でゆっくりと食事を始める。
異形の集団の中央には大きめのテントが設営してあった。
その中で一人の男が小型の水晶のような宝玉を恐る恐る箱から出して台座に置いた。
男の名は、中位魔術師バリアス、先遣隊師団長である。
先日、魔王直属の親衛隊長ワードから勅命が下った。
それに従い、直ちにバールー連山周辺へ斥候部隊を送る。
先程、斥候より交戦報告を受けて直ちに玉座に報告しようとしていた。
愛用の粗末な茶色のローブから着替えて上質の黒いローブを身に纏う。
元々は下の階級だったのだが、直属の上司が失脚し昇格したのだ。
本人は上質なローブを着る事はなく、普段は気楽に本来のローブで過ごしていた。
しかし、仕事となればしっかりしなければならない。
大きく息を吸い、謁見する恐怖に震える心へ気合を入れ奮い立たせる。
意を決して宝玉の前で呪文を唱えた。
すると宝玉の上に映像が映し出される。
玉座に座するあの魔王の姿を見て平伏する。
「魔王様、先遣隊師団長、ミッド・バリアスで御座います。先日の指令、バールー連山への索敵にて奇妙な人間を二匹発見いたしました」
「うむ、で、如何なる人間だ」
お世辞や時節の挨拶など口にすれば命は無い。
玉座から冷酷と剛毅を実物にした様な目に射竦められる。
バリアスは機嫌を損ねないように気を配り、言葉を選びながら報告に移る。
「は、一人は複数の目らしきものを持ち、口や手からジャイアントスパイダー並の強さの糸を吐いてきます。糸で動きを封じる事や移動する能力を持っておるようです。もう一人は頭に角みたいな物を持ち、人を抱えて飛翔する能力を備えております。ビギナーメイジのファイヤーボールを背後に喰らいながら立ち去る事が出来る。その観点からそれなりの戦士、闘士並の体力があると推察致します」
報告を聞いたラゴウは眉間の皺がより深くなる。
そしておもむろにバリアスに尋ねた。
「魔法の類、妖術、神仙術も無しか?」
「はい、左様で」
露骨に不機嫌になるラゴウを見たバリアスに緊張が走る。
「実にくだらぬ、見つけ次第全滅させてクリーチャーの餌にしろ」
「畏まりました」
一方的な命令と共に映像が途切れると同時にバリアスは大きく安堵の息を吐いた。
そして実務用の椅子にドカッと力が抜けたように腰掛ける。
未だに謁見に慣れない。
報告するたびに処刑される恐怖に駆られる。
念話などとんでもない、四六時中勅命を受けたら精神的に参ってしまう。
実は先代の師団長が報告の際、ちょっとした言い間違いで処刑を通告された。
その時、偶然にも近くに居たレアソーサラーの自分が後任に指名にされたのだ。
先代師団長より一段階級が下なのも一因であった。
出世、抜擢と言われれば聞こえは良い。
しかし、いつ何時、些細なミスで処刑されるか気が気でない。
着任して以来、師団長なのに死刑囚の気分である。
幾度目かの溜息の後、昔からの部下アドバンスメイジがテントに入ってきた。
灰色のローブをまとい、疲れ切ったバリアスを見て何が起こったか察した。
「バリアス殿、報告お疲れ様でした……。」
「ああ、ありがとう、見つけ次第殺して餌にしろとの御下知だった」
身体を起こし、机に恐怖で震える手を置く。
心配そうにするアドバンスを見据えて指示を告げた。
従軍したての頃からの部下で数々の戦場を共に過ごした仲だった。
出世以降、軍務補佐をして貰っているのだ。
「兵の選抜は畏まった。ゲシル村、ボグドーの街、それとバティル城はどうされる?」
連山へ向かう街道の各要所と最大の拠点、バティル城の処遇を尋ねた。
「例の二人を捜索する為にゲシルから始めよう」
「畏まった。早速討伐隊を組織します」
そう言い残してアドバンスが踵を返す。
そこへ粗末な緑色ローブを着たビギナーメイジが慌てて入って来た。
アドバンスの子飼いの部下であり、マンダゴア派兵が初陣のメイジだった。
「只今物見より、バールー連山に数本の火柱が上がったとの報告がありました!」
「何?!」
新兵の報告に口をあんぐりと開けたバリアスが慌てて立ち上がる。
「バリアス殿! 連山は岩山、火山ではござらん!」
報告を聞いたアドバンスは驚愕するバリアスの顔を見て早速、進言した。
バリアスはどもりながらも最重要ポイントを尋ねる。
「じ、じゃ、邪神の気配は?」
「それが全く無いとの事、周囲には硫黄とも黒水とも取れる匂いが充満しているそうです!」
報告を聞きバリアスは内心、かなり狼狽えていた。
相手が邪神なら最前線で戦死、違えば八つ当たりで処刑の可能性がある。
魔王陣営の中級・上級幹部は様々な職業が居る。
基本、魔族で構成されている。
魔族は一定の年齢になるとある儀式をする。
かつての邪神戦争で飛び散った邪神の体組織を調査するのだ。
邪神の気配を体感、学習するのがしきたりとなっていた。
邪神の襲来に備えるためだ。
それゆえに誤認の可能性は少ない。
邪神の気配が無いとは言え岩山に火柱は有り得ない。
周辺の臭いもありきたりだ。
だが、これを報告して良いものだろうか?
誤認ならば魔王の機嫌を損ねて処刑確定だ。
「物見に告げよ、引き続き監視を強化しろ!」
必死のバリアスは何とか考えを纏めて指示を出す。
「はっ!」
指示を受けたビギナーはサッと外へ出て行った。
溜息を吐いて一息いれてアドバンスに指示を出す。
「はぁ……アドバンスよ、手勢を引き連れてゲシルを落として前進基地を作れ、その後、連山をくまなく調査するのだ」
「は、畏まりました」
指令を受けたアドバンスメイジは一礼してくるっと踵を返す。
そして速足でテントを出て行った。
とりあえず探索はアドバンスに任せた。
それなりの成果を上げてから親衛隊長に調査報告と相談すれば良い。
それで謁見は勘弁してもらおう。
バリアスは考えて深い溜息とともに椅子にもたれ掛かる。
泥の様な疲労を感じてゆっくり目を閉じた。
まだまだ続きます