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かつての勇者はドブさらい  作者: 三鷹靖憲
第四章 戦の足音
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第五話 増える問題

 退勤後、リュージやタニアと別れたモーナは一人、日暮れの街を歩く。


冬場であるため日没が早く、つい先月はまだ明るかった時間だったのに道路沿いの魔法による街灯が輝き始めていた。


モーナは手にハァッと白い息を当て、暖めながら道を歩いていると、赤い外套を着た女とぶつかった。


女であるとすぐにわかったのは、足下ばかり見て考え事をしていたモーナが相手の豊満な胸に頭からぶつかったからだ。


「あ、ごめんなさい!考え事してて……」


「あら?モーナちゃんじゃないの!お仕事、お疲れさま。」


ぶつかった相手の顔を見たモーナは驚きのあまり途中で声が出なくなった。


彼女は以前、父と喫茶店で話していた女、ミューであったからだ。


「少し時間ある?おごるわよ?」


「え、えっと……」


「そういえば名前、言ってなかったわね。ミューよ。」


「ミューさん……じゃあ、その、ごちそうになります。」


知らない人について行ってはいけないなど、我々の世界、国でなくても当然の話であるが、モーナはミューを父の昔の知り合いであると聞いており、どことなく抱く親近感、そして何より、まったくもって父が話してくれない、勇者となる以前の彼の話を聞きたいと思い、ミューの誘いに乗ることにしたのであった。


ミューに誘われた酒場で、カウンターに隣り合って座る二人。


「その、父とはどういう関係なんですか?」


「そぉねぇ……義妹(いもうと)、みたいなものかな?」


「妹……?じゃあ、わたしの叔母さんってことですか?」


「オバサンっていうのはちょっと引っかかるけど、まぁ、そんなトコね。」


ちょうどミューが注文したカクテルとモーナの紅茶が届き、互いの杯を軽く当ててそれを飲む。


「お酒じゃなくていいの?」


「お酒は……昔、ちょっと失敗しちゃって。」


ミューからすれば『失敗』とは酒が入って暴れたか、はたまた酷い酔い方をしたと取れるが、モーナの言う『失敗』はセシローに襲われそうになった話だ。


もっともあの件は薬を盛られていたのだから、酒がどうのというわけではないが。


「妹さんでしたら、父が勇者になる前のこともご存知なんですか?」


「ええ、少しはね。


 けど、モーナちゃんは何が知りたいの?」


そう聞かれてモーナは、ハーデスの何が知りたいのか考え込む。


そんな様子を見たミューはモーナに優しく声をかけた。


「モーナちゃんがあの人のことを知りたいのって多分、あの人が好きだからでしょ?」


「な!?違っ!!」


「そうじゃないなら、知りたいなんて思わないわ。


 ただの同居人だったらせいぜい、自分に害が及ばないかくらいしか気にしないでしょ?


 好きだから知りたい、それで良いのよ?」


まるで胸の内を覗かれているかのように、モーナの考えることを的確に当て、それに助言までしていくミュー。


モーナはそんなミューに隠し事は無駄だと考え、父に対する想いを吐露した。


「……パパって昔、勇者って呼ばれるくらいすごいことしたのに今はドブさらいとか白級の冒険者でもできるような仕事くらいしかしてなくて、それでバカにされてるのが見てられないんです。


 パパも『運が良かっただけ』なんて言っちゃうくらいですし……


 だから、勇者って呼ばれる前のこととか、とにかく凄い人なんだって知れたらって……」


「それ、もしあの人が『元はただのゴロツキで娼館の用心棒やってた』とかでもいいの?」


ミューは本当の話を言葉を濁さずモーナに話した。


さすがにモーナも動揺し言葉に詰まる。


「それ……ホント?」


「だとしたら?親子の縁切る?」


「しませんよ!パパはパパですから!」


「ほら、答え出たじゃない?」


モーナはハッと自分の口から出た言葉に驚き、手で自分の口を塞ぐ。


「モーナちゃんがあの人のこと好きなら、昔のことなんて関係ないし、ましてや他人がどう言ってても関係ないわ。


 それと、さっきの話は適当にでっち上げただけだから忘れてちょうだいね。」


ミューの言葉に嬉しさや恥ずかしさがごちゃごちゃに混ざったモーナは顔を真っ赤にして紅茶を一気飲みし、気管に入ってむせる。


「あぁもう!何してるの!?マスター、お水!!」


運ばれてきた水をゆっくり飲んだモーナは息を整え、ミューに礼を言う。


「その、今日はありがとうございました。


 お金……」


「いいわよ、おごるって言ったし、カワイイ姪っ子の相談なんだから。


 それとね、この時間帯なら大体この辺にいるから、話したいことがあったら来るといいわ。」


「えっと、その……じゃあ、ごちそうさまでした。」


頭を下げ、足早に店を出たモーナ。


しばらく冷たい空気に当たって顔の火照りが引き、冷静になった頭に一つの疑問が浮かんだ。


「(あら?ミューさん、なんでアタシの名前知ってたの?)」


順当に考えればハーデスから聞いていたのだろうといったところだが、ミューと会っていたハーデスの様子は『久々の再会』といった風であり、自分のことを話した形跡はなかった。


「(まぁ、何かあったわけでなし。)」


と、モーナはその疑問を流して、家に帰るのであった。




 一方、モーナが店を出た後、ミューの隣に彼女と同じ赤い外套を着た女が座った。


「直接の接触は控えた方がよろしいかと思いますが?」


人形のように無機質な声に、ミューは不機嫌そうに答える。


「可愛い姪っ子に会うくらい、許してくれても構わないだろ?」


「たとえそうでもあちらは衛士ですよ。


 何より……あ、すまないね、マスター。」


マスターは注文も聞かず、ミューと話す女が欲しているホットミルクを出した。


『あまり目立つ会話をするな』と釘を刺したのだ。




モーナが帰宅する時、ちょうどハーデスも帰ってきたところであった。


汚れた服はドブさらいの帰りであるとモーナの目と鼻に主張している。


「おや、今日は遅かったのですね。」


「パパは案外早いわね。


 まぁ、日が落ちたらドブさらいなんてできないはずだし、良いことなんだけど。」


遠回しにジクスの家に入り浸るなと伝えるモーナ。


同時にミューが『適当にでっち上げた』ハーデスの過去、娼館の用心棒をやっていたゴロツキというのを思い出し、ハーデスを観察する。


モーナは蹴拳闘術と組闘術、剣術をハーデスから教わった。


たしかにハーデスは強い、しかし元がゴロツキなどとはのほほんとした言動やしぐさからは想像もできない、彼女が言ったとおり『でっち上げ』と判断するがやはり気になってしまう。


ハーデスはモーナの『母親』のことのついでに彼自身の過去を話す時があるが、モーナは自分を『拾い子』と知っているため作り話だと考えている。


しかし、それにしては母親について具体的すぎるのだ。


ハーデスの話す彼の過去とモーナの母親の話は次のとおりである。




 まだ勇者でもない、ただの平民で母親と同じ職場で働いていたハーデス。


若い頃のハーデスは他人を恐れる事が多々あり、どうしても周囲の者達となじむことができなかった。


そんなハーデスに声をかけてきたのがモーナの母で、誰からも好かれる彼女に一目ぼれしたハーデスは何度もアタックして彼女の恋人となった。


冒険者として働いてそれなりに生活が安定したころ、モーナを妊娠した母であったが、難産でモーナと引き換えにこの世を去り、ハーデスは妻の忘れ形見となったモーナを立派に育てることに決めたと。


そんな折に魔族との戦争で偶然手柄を立て、勇者の称号と男爵位、そして領地をもらったというのがハーデスがモーナに話していたことである。




 もっとも、モーナも大人だ、自分が魔族の捕虜であった赤子で、ハーデスが救い出したと記録されているのも知っている。


それにしてはハーデスの話す母親の話が詳細に過ぎる。


実のところ、ハーデスが話すモーナの母親の姿は、ヴィーニャを元にしているのだ。


そうとはつゆとも知らぬモーナは、食事時に何度も尋ねた母親の話をあらためて尋ねることにした。


「ねえ、パパ。アタシのママなんだけど……」


「おや?モーナさんってばまたそのお話ですか?


 母親離れできな……」


「もしかしてこの前、会ってた女の人?」


モーナはハーデスのごまかしを遮るように尋ねる。


ハーデスからすれば何かあって母親の話を知りたがり、適当な作り話をモーナにして終わるはずであったのに、唐突にそのように聞かれて言葉を失った。


「……どうしてそのようにお考えに?」


「何となく……他人じゃないような気がした、それだけよ。


 で、どうなの?」


「ち、違いますよ。あの人はちょっとした知り合いってだけで……」


「妹……アタシから見たら叔母さん?」


モーナが尋ねるとハーデスの目つきが変わった。


少なくともモーナは一度も見たことが無い、ハーデスの『裏』の顔であった。


「義妹?いえ、一切無関係の人……やめましょう、この話は。ご飯が不味くなります。」


そう言ったハーデスはいつもの顔に戻っていたが、その理由はモーナの後ろに、少しの間外していたディーンが戻ってきていたからだ。



食事を終え、自室で色々なことを考えていたモーナの耳に、ドアをノックする音が聞こえる。


「誰?」


「ディーンです。よろしいですか?」


「どうぞ。」


モーナが許可するとディーンがドアを開け、一礼して入室する。


「ご入浴の準備が整いましたのと……不躾ながら、旦那様、どうなさったのですか?」


「どうって?」


「あのようなお顔をなさってたのは、まだわたくしが、お嬢様の乳母を勤めておりました姉の元で見習いとしてお仕えしていた頃以来でして。」


「え?ちょっと待って、初耳!


 その頃のパパってどうしてたの?」


モーナに詰め寄られたディーンは、ハーデスがいつも怖い顔をしていた頃の話をする。


モーナがまだ乳飲み子だった頃、ハーデスはディーンとその姉と共に屋敷でモーナを世話する事だけが日課の生活をしていた。


当時から領地は王国直轄だった頃の代官に管理させており、収益だけを受け取るようにしていたため、モーナの世話に注力できたのである。


そんな彼は時折、フラッとモーナの世話をディーン達に任せてどこかへ行ったかと思うと、翌朝、返り血にまみれた服で帰ってくるという日があった。


驚いて理由を尋ねると、


『なぁに、心配するな。


 久しぶりに冒険者ギルドの仕事受けてたら礼儀知らずの駆け出しがいたから、()()()()()やっただけだよ。』


返り血の量は拳の喧嘩にはとうてい見えない量で、もし相手が一人であれば間違いなく死んでいるであろう量だが、幸いにも冒険者ギルドや衛士隊から殺人事件の捜査などは無く、死なない程度には加減していたのであろうことは推察できた。


そのような外出をする直前、先のような怖ろしい顔をしていたというのが、ディーンの話であった。


その話とミューが語った、『昔はゴロツキで娼館の用心棒をやっていた』と言う話、どこか齟齬を感じるミューとハーデスの関係。


「まぁ、その、ね?ちょっとケンカになっちゃって、つい『馬鹿にされたくないならたまにはドラゴンでも狩ってこい』って言っちゃって……あ、アタシが悪かったんだから、後で謝るからフォローとかしなくて大丈夫よ?」


と、モーナはごまかし、ディーンはどこか納得していない風であったが部屋から出て行った。


「(なんでこんな時にプライベートでやること増えるかなぁ?)」


モーナは現在、衛士隊で行われているかつての事件の再調査が暗礁に乗り上げているにもかかわらず、さらに自分の周囲で起こった問題が積み増しされたことで頭を抱えるのであった。

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