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人を守る仕事につきました。  作者: 渡 如雲
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01

「ただいま、配達中。配達中。」

(了解、作戦を続行せよ)

「お届けが済み次第、連絡いたします。」



キコキコ、キコキコ。台車のタイヤが発する周期的な音に、二人のスーツ姿の男が気が付く。

「あのぉ...失礼します。お荷物は、どちらにお届けすればよいでしょうか。」

「ああぁ? 宅配業者か? ったく、警備の奴ら、適当な仕事しやがって。」

スーツに黒いタイの男は、ぼやいた。

「おい、俺はこいつを入口まで届けてくる。お前は、残っていてくれ。」

「ああ、わかった」


「兄ちゃん、こっちだ。ついてきてくれ」

そう言って目の前を横切る男のタイを素早く引くと、男は踏まれたカエルのような声を上げた。気道と背後を完全に取られた男は身動きが取れない。男を盾にして、銃を構えんとしているやつに近づく。この至近距離で、身内を盾にされては、銃はおろか棍棒さえ構えられない。そのまま、通路の角に追いやられたスーツの男二人は、鈍い音とともに腹を通過していった鉛によって倒れこんだ。

台車に乗せた段ボール箱に男二人を詰め込んだ。

「お客様のお宅に到着しました。到着です。」


数十秒後、アサルトライフルを携えた覆面らがやってきた。


スーツに結着してあったカードキーを手前の機械に通した瞬間、スモークグレネードが投げ込まれた。勢いよくたかれた煙にまぎれ、部屋を占拠する。

「ドクターですね。量子テレポーテーション装置は、これか。」

「な、ナニモンなんだ、君たちは」

「量子テレポーテーションは、これですか。」

「そ、そうだ。今、テスト稼働中だ。」

量子テレポーテーション装置、離れた場所に量子状態を送れる、これを上の奴らは何に使うんだか。

「よし、回収に入...」

落下している、体が。誰かが、俺を、押したのか。突き落とした。


ああ、実験体にされたのか。俺は生贄か。この装置が動作するか、その実験体。










白飛びした世界が目の前に広がっていた。しかし、徐々に露出が合っていった。狭い路地の行き止まり。ヤクザものの映画で、チンピラがボコボコにされるシーンを撮れそうな、そんな場所。

鼠色の作業服のジッパーを開け、帽子をただして、路地を出た。俺は、どこに「テレポーテーション」されたのか。アメリカ、ドイツ、イタリア、フランス、名もなきスラム...

見る限り、都会。都会...いや、いやに先進的だ。計画都市? 、そういうには計画の根源にあるものが違いすぎるような気がする。どこだ。世界中の地域に関する情報で知らないものは、頭に片っ端から叩き込んできた。該当する場所、地域がない。

動こう、とにかく動こう。言語、衣服、慣習、それだけでもいい。地図なんて望まなくても、地域を絞るには十分だ。



「なあ、お前、ちっと面かせや」

日本語。ここは日本なのか。にしても、いかにもなチンピラ。絵に描いたようなチンピラである。こんなんに「面を貸すほど」愚かじゃない。ただ、こいつらから何か情報を得られるかもしれない。情報が優先だ。

「なんでしょうか」

「ま、ええから、エエから」

そういわれ、路地に連れ込まれた。動こうと思って路地から離れた数分後に路地に入るとは...。

「お前、お上りさんやな。金...出せや。」

「......」

「っは、だんまりかい。出せゆぅとるやろ。」

そう言ってチンピラの男は大きく振りかぶったこぶしを、俺の顎めがけて繰り出した。

なんだ、その”テレフォンパンチは”。

相手の懐に肩を入れ込むように身をこなし、難なくかわす。いつの間にか一撃必殺の間合いにいる人間に、面食らったようで、たどたどしく距離を取り直した。

「なめた真似しやがって」

そういうとチンピラの男はポケットから出した怪しげな装置のボタンを押した。すると、ヤツの右腕はクルックス管のごとく光を帯びた。ヤツは不敵に笑って、まっすぐ俺の顎をめがけて飛び込んできた。サル。サルである。モンキーと4文字発声するだけ、声帯が疲れてしまいそうだ。盛ったサルのような奇声を上げて突進してくる奴のこぶしを腕から絡めとるようにして受け......


ヤツの腕に触れた俺の腕に、とてつもないパワーが流れ込んできたかと思った瞬間、弾き飛ばされた。真正面からダンプに衝突されるような感覚。体がぐしゃりとつぶれる感覚がした。体の中の血管という血管がはちきれんとする衝撃。内臓がえぐれる感覚。血なんてはけない。血を吐くほどの体力が残らない。

腕が丸太ほどある白人の攻撃を捌き続けて来たのが功を奏して、”命は助かった”といったところか。

あと、一発、いいや、0.1発でも喰らったら......。


くそ、こいつを使うか。

”Smith & Wesson Model 19”俺が信じるもの。

うずくまり、悶えながら、右手を左のわきに伸ばす.........!!。

脂汗が蒸発する様を感じた。さっきまで手ていたアドレナリンが死んでいくのが分かった。予備の、予備の弾薬がなくなっている。右手に握られたグリップからわかる、銃の重さから、シリンダーに6発装てんされていることはわかる。ただ、ホルスターに携えたローダーがない。指に当たらない。そういえば、腰に回しているローダーもない。

どうする。

泥酔したオラウータンのごとく、近づいて来るチンピラは息を荒立てながら、飢えたまがまがしい右腕をだずさえている。

熊の怒号のような声とともに振り下ろされた拳は、這いずりながらも紙一重でよけた俺の背後で雷ごとく地面を砕いた。


その瞬間、目の前に突如として現れる   「死」


時間の問題だ...死ぬのは時間の問題だ。

M19を一発くらいお見舞いしてやるか...いや、有効かわからん攻撃を繰り出す程の余裕はない。死、死、死、死。




《インバース》



女の声...。地面にほおずりしながら見たチンピラの腕に、先のまがまがしさは一片も残っていない。それどころか、いくらかのダメージを追っているではないか。何が起こった?あの女の一声が原因なのか。だとしたら、女神かその類か。


よし、この隙に離脱しよう。女神の仮面をかぶった敵かもわからない。


「あなた、大丈夫?聞こえますか?」

「......」

「息はある...みたい。」

「...俺に、構うな。

Don't worry about me.

Mach dir keine Sorgen um mich.」

「瀕死で何を言っているの?すぐ、病院に」


俺は、混濁する意識の中、見知らぬ女に担がれ、担架に乗せられた。

こんな...細い腕に担がれて...俺は......ここでは、その.........程度...







白い天井、白い布団、腕や胸にまかれた白い包帯。

どこだ、ここは。

眼球のみを動かし、周囲を確認する。

頭の横の棚に、ガラス製のコップと板が見える。板には紙が挟まっているようだ。わずかに背中をベッドから離し、手に取る。

俺の診断書のようだ。

このわけのわからない世界にも医学は存在しているのか。

切創、擦過傷、挫創、挫滅創...ケガというケガを並べたような診断書だ。


...誰かが向かってくる。


俺は、掛け布団をかけなおし目を閉じた。

「この人、いったい...」

その言葉とともに延ばされた腕に脊髄反射的に反応し俺は目を見開いた。声の主である女は、一瞬凍り付いたような表情をしたかと思うと、すぐに血色を戻して言った。

「起きていたの?」

「ああ、ついさっきな」

「よかった。」

「この手当は、君が?」

「まあね。うまいものでしょ?私は小山佳純。よろしくね」

「ああ」

この女は 小山佳純(おやまかすみ) というらしい。この女が俺を担架に担いだのだ。それにしても、今見ても白く、細い腕だ。腕から柔らかに伸びる指には、カノンを奏でるピアノの鍵盤が似合いそうだ。両手のおかれたももの優美は、そのスカート越しに想像できよう。スカートから現れた脚は、ソックスの生地の張力によりわずかに締められ、肉体のうぶさを証明している。

「...あなたは?」

西郷(さいごう) (たかし)

「そう...西郷くん。あなた、魔法を使えないでしょ」

「......」

「どうなの?」

「なぜ、そう思う?」

「あの状況で魔法を使わない人なんて、魔法を使えない人しかいないでしょ?」

彼女は俺が黙ったのを見て「俺が魔法を使えないこと」を確信し、探偵のような面をしていた。俺が黙ったのは図星を突かれたというより、魔法が定常しているこの世界に激震したからだ。

「ああ。俺は魔法が使えない。」

「やっぱりね。」

「あなた、私の通っている学院に入ったら?いや、入るべきよ。そうすれば、最低限、魔法が使えるようになるわ。」

「訓練次第で、魔法が使えるようになるのか?」

「ええ、もちろんよ。魔法は演算によって成り立っているの。あなたを助けたときに使った、”インバース”は、表出した魔法に逆演算をして、その魔法を打ち消していのよ。私は、魔法解析が得意だからね。」

この世界の魔法は、ゲームやファンタジーで見るような、魔法を発動させる個体に依存するものではないらしい。魔法の裏には、ある程度体系化されたものが存在するようだ。

「...なあ、そんな簡単に...その”学院”とやらに入れるのか?」

「その点は大丈夫よ。校風が勉強したい人は誰でも来いって感じだし、私が口利きすればね。」

彼女はにこりと笑って言葉を占めた。

「じゃあ、明日も来るから。あ、それと西郷くんの私物は、ベッドの下に入れておいたわ」

「ああ。わかった」

そう言って彼女は病室の扉を閉めた。ベッドの下には、俺が来ていた作業服に...m19。6発の.38スペシャルは問題なく装てんされている。細工もされていない。

...ひとまず、よかった

俺はつかの間の安堵に浸っていた。

それにしても、作業着、ボロボロだな。ひどいものだ。

その「魔法」とやらに、コテンパンにされた様子の片鱗を、俺は客観的に観察できた。ボロボロというより、ズタボロ。よくこれで生きていたものだ。

俺はベッドに腰掛けた。すると、窓の外に、あの女が車に乗り込む姿が見えた。

ほう、車はあるのか。

車と言っても、ガソリン車のようにも思えない。どう見たって、あの大きさの車を安定して動かすだけのエンジンが入るスペースが見当たらない。

やはり、この世界は違う。そう、あの「装置」があった世界と、根本的に違う。どういうことだ...。

俺はベッドの下から、ホルスターとm19を取り出し、ベッドの中に忍ばせ、横になった。

俺は、特殊部隊の一員だった。上の命令で、あるドクターが開発した”量子テレポーテーション装置”を奪取しようとした。メンバーは全部で5人だった。

そう、俺が単独で潜入して、警備を無力化、残りの4人と合流し、一気にドクターのいる部屋を制圧後、装置を奪う。

制圧後、俺はドクターから聞いた。装置が稼働中だったことを。

その直後、誰かに押されたのだ。装置の中に突き落とされたのだった。

落下しながら思った。重力に身を任せながら思ったのだった。

俺は、この装置の実験に使われた。

で、気が付いたら、あの場所だった。そして、このザマだ。

”量子テレポーテーション装置”...事前の資料では、ヒトやモノを特定の場所に転移させる装置だった。とんでもなく大がかりな「どこでもドア」といった代物だ。

だが、俺は、この魔法がはびこる世界に飛ばされた。

俺は、

俺は、

転移されたのだ。異世界に。

しかも、持っていたのはm19とあらかじめ装填していた.38スペシャル。予備弾薬やフッラシュバン、オートマティック拳銃なんかも装備していたのだが...。どこで落としたのだか。


俺は天井に向けていたへそを窓の方へやった。とりあえず、あの悪魔的な魔法というやつの体系を習得しなければならない。自分が使えるかどうかは二の次だ。魔法を知らねば、魔法に対する対策を講じられない。

俺は、転移前、あれほど信じていたm19が非力になった様を目の当たりにしているようだった。

掌にしっとりとなじむグリップ、闇夜の海のように光るボディと、それに込められた銃弾、すらりと伸びた銃身は、その精巧さを表す。殺傷と美の魔を垂れ流す、こいつを俺は信じていた。

だが、魔法に屈服した俺は、自身のかつてを着色し、神聖視させたい、脳天を光らせた老害の所業の一片を、こいつに見ているような気がしてならない。

しかし、俺は今までこいつを信じてきた。こいつだけは信じてきた。そして、今信じられるのはこいつだけだ。



俺は、m19だけを持って、異世界転移した。








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