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情報収集

 翌朝、謳歌は誰かに頬を叩かれて目を覚ました。ぼやけた視界で確認すると、アルマが覗き込むように立っている。

 窓の外を見てみれば、まだ日が登り始めたばかりだった。


「起きたか」


 寝ぼけた頭でぼーっと外を眺めていると、目の前に硬いパンと野菜スープが差し出された。横をみてみればすでに着替え終わったアルマが食事を差し出している。


「は、はやくないですか……」

「動ける時間は限られているんだ。仕方がないだろう」


 そう言ってアルマは部屋から出ていった。


 眠い……頭がクラクラして気持ちが悪い……でも、起きてないと怒られそうだし……。

 

 頬を叩いて無理やり目を覚ました謳歌は硬いパンを力いっぱい引っ張ってちぎると口の中へ放り込む。しかしあまりの硬さに食べるのも一苦労だ。


「あー、だからスープ……」


 昔、授業かなにかで、石パンって硬いパンの話を聞いた気がする。確か口の中で転がすか、スープにつけてふやけさせるんだっけ。


 そんなことを思いながらパンをスープに浸す。


 ……お米、食べたいなぁ。


 異世界に来て、はや2日。休まる時間もなく動いていた中でようやく、一息つけた。その際に襲ってきたのは郷愁の思いである。


 まぁ私に帰る家なんて、ないんだけど。


 内心で自嘲気味に自分にツッコミを入れた謳歌は、手に持っていたパンを力いっぱいちぎると、スープに浸すのだった。



 食事を終えた謳歌が食器をどうしようかと考えているとアルマが戻ってきた。その手には昨日買ったばかりの衣類が入っている。


「持ってこれたんですね!」

「信頼できるやつに頼んで運んでもらった」


 謳歌が眠っている間、協力を取り付けているゼッツを探したアルマは、荷物を持ってくるように頼んだのである。運ぶのには細心の注意を払い、裏路地を駆使した結果、時間を駆けてしまったが。

 まさかこんなことになるとはねぇ、と運んできたゼッツのニヤニヤとした笑顔に若干の殺意を覚えつつもアルマは無事に荷物をとってくることに成功したのだ。


 ついでに協力も取り付けてきたが、あまり期待はできないだろうなぁ。


 ゼッツはアルマと同じく、ヴァルガンヘイムの中でもそれなりの知名度と実績を誇る存在だ。指名の依頼もかなりの数が来ている。そんな中、金にもならない捜査協力に時間を割くということはあまり考えられない。

 同様に、ノアやビグランの協力も望めない。とはいえ、ノアに迷惑をかけることは死んでも御免であり。ビグランじゃ「自分のことは自分でやれ」と常日頃から言っているので、二人を頼ることは最初から考えていなかった。


「それで、これからどうするんですか?」

「事件は解決する。とりあえず聞き込みだな」

「でも、それだとバレませんか?」


 謳歌の言う通り、容疑者が聞き込みをしていれば兵士を呼ばれて終わりである。まさか聴き込むのに透明化を使うわけもいかない。


「大丈夫だ。心当たりがある」

「心当たりって?」

「オルクラン。この町の娼館を仕切る、女帝だ」


 アルマはそう言いつつ、地面に透明化の魔法陣を書いた。



 アラベンスクの大通りから外れ、西側に位置する歓楽街。無数の酒屋と娼館が立てられたその地域は、朝は酔いつぶれた人間が地面に寝転がり、夜は酔った人間が女性に手を引かれて娼館へと入っていく光景がよく見られる。

 二人はそんな歓楽街に娼館の一件である【ティックル】の裏手に来ていた。裏手は少し入り組んだ場所にあり、透明化を解除してもそうそう見つからない。

 そしてティックルは娼館の中でも高級と呼ばれる場所であり、昼夜問わず多くの人々が出入りしている、街で多くの情報が集まる場所の一つである。


「こういうところ、よく来るんですか?」

「女を買ったことはないがな」


 どこか期待しているかのような目をする謳歌の質問に即答しつつ、アルマは裏口の扉を叩いた。十数秒ほどして、その扉が開く。

 中から出てきたのは、際どい服を着た、絶世とも言える金髪の美女だった。プロポーションも整っており、街を歩けば誰もが振り返ること間違いないだろう。

  見たことはないが、この人こそオルクランなのだろうと謳歌は即座に理解した。


「元気そうだな、オルクラン」

「あら、とうとう抱きにきたの?」

「違う。話を聞きに来たんだ」

「ふふっ、そう。ならいらっしゃいな」


 オルクランは扉を開けっ放しにしたまま店の奥へと消えていく。その所作の一つ一つから謎の色気が出ており、同性であるはずの謳歌も見とれていた。

 


 この人が、オルクラン……。娼館の女帝……。


 思わず見惚れてしまった謳歌を小突いたアルマは建物へと入っていく。謳歌もあとに続いて入り、扉を閉じた。


 長い廊下を歩くとオルクランは一室を開いた。そこはクローゼットやタンス、大きめの机を挟んで対に置かれているソファーや化粧棚など生活感のある部屋。しかし置かれているものは素人の謳歌やアルマから見てもかなりの高級品であることがわかるほど精巧なデザインが彫られていた。


「自室で悪いわね」


 ソファーに腰をおろしたオルクランは二人も座るように促した。アルマは遠慮なく対面のソファーに座り、謳歌も若干オルクランの雰囲気に気圧されながらもソファーに座る。


「わわ!?」


 そしてあまりの柔らかさに驚いてバランスを崩した。ソファーから転がり落ちることはなかったものの、体勢を崩して変な声を出してしまったことが恥ずかしいのか、真っ赤な顔をして俯いた。

 そんな謳歌を微笑ましく見るオルクラン。それに気がついたのか、さらに謳歌は縮こまってしまう。


 なんか……恥ずかしい。別に親しい人ではないけど、この人に失態を見られるのは恥ずかしい……!


 正体不明の羞恥に顔を真赤にしつつ俯いた謳歌を面白そうに見るオルクラン。そんな二人を呆れ顔で見つつも話が進まないためアルマは一つ咳払いをした。


「殺人事件があったことは?」

「えぇ、知っているわ。昨日来ていた兵士がうちの子に自慢気に話していたそうよ。『これであの粗暴なアホ共に一泡吹かせられる!』って」

「なら話は早い。なにか情報があればくれ」

「相変わらず上から目線なのね。そんなんじゃ嫌われるわよ」

「うるさい。お前相手ならいいだろうが」

「あらあら、信用されているようで嬉しいわ」


 面白そうに笑うオルクランはパチンッと指を鳴らした。するとテーブルの上に置かれていた紙がひとりでに浮き上がるとアルマの元まで漂ってきた。

 受け取ったアルマが見てみると、そこには十数人の名前と職業、そして住所が書かれていた。


 性別、職業、年齢もバラバラだ。ただ共通しているのは、住んでいる地域が町の西側に集中していることだけ。


「これは?」

「行方不明になっている人よ」

「行方不明、だと? そんな話は聞いてないぞ」

「そりゃそうでしょうね。兵士たちが隠しているもの」


 アルヘインにおいて行方不明事件というのはあまり珍しい事件ではない。むしろ毎日どこかで起こっている事件である。しかし十人以上もの人間が行方不明ともなっていれば話は別だ。このままいけば被害が増えることが確実な上、兵士たちは事件を解決できない無能集団というレッテルを貼られてしまう。貿易都市を守る兵士として、それはこれ以上ないほどの痛手だ。

 ましてやその事実を隠すなど、目的がなんであれどう考えても釣り合わない。


「よくわかったな。そんな機密事項」

「向かいの店の子がね、いなくなったのよ」

「知り合いだったのか?」

「いいえ。見かけたことがある程度の仲よ。でも、放置できないでしょう?」


 決して笑顔を崩すことなく話すオルクランではあるものの、その行動力から本気で解決しようとしていることは容易に伺える。


「あなたならできるわよね、アルマ」

「あぁ」


 短く即答したアルマに満足気にうなずくオルクラン。その直後、部屋の扉がノックされた。


「出るわ」


 そう言ってオルクランは立ち上がり、扉へと向かう。その時、ずっと黙っていた謳歌とオルクランの視線があった。


「……まぁ、頑張りなさいね」


 先程の妖艶ではなく、優しい笑みを浮かべたオルクランは謳歌の頭を少し撫でると、扉から出ていく。

 撫でられ謳歌はいきなりのことで何も言えず、ただオルクランが出ていった扉をじっと見ていた。


「気に入られたみたいだな」

「そうなんですね……」


 気に入られたんだ……よかったぁ……。


 アルマの言葉に安堵の涙が出てしまう謳歌。そんな光景を何度か見てきたアルマは特に動じることなく立ち上がるとメモを手に持ったまま部屋を出ていく。謳歌も慌てて立ち上がると扉を締めつつ部屋を出た。


「よく協力してくれましたよね、オルクランさん」

「あまり信用しないほうがいいぞ。この店はあいつの体そのものだ。危険が迫っているならどんな手段を使っても守る。仮にそれが俺たちを殺すというのであれば、本気で殺しに来るから」

「そ、そうなんですか……」


 オルクランの魅力に魅せられたのか、高揚している謳歌にアルマが強い言葉で釘をさす。


 オルクランに気に入られるってのは、悪いことではないがあまり傾倒されても困る。魅了されすぎて日本人であることを話してしまえばオルクランに弱みを握られることになるからな。


 過去に男女問わず何人もの人間かオルクランに魅せられ、すべてを捧げていった。その光景を見てしまったアルマはオルクランのことは苦手なのである。


「いいんですか? 透明化しなくて」

「今はいいんだ。丁度あいつがここにいるしな」

「あいつ?」


 アルマはそのまま裏口からティックルを出る。

 そこには、暇そうに座り込むゼッツの姿があった。


「終わった?」

「あぁ。こいつらの情報を集めてほしい」


 アルマたちが出て来たことを確認したゼッツは立ち上がると、アルマの手から紙を受け取る。


「帰ってきて早々こんな事件に巻き込まれるなんてついてないね」

「全くだ。早いとこ解決して、兵士共を黙らせたいもんだよ」

「うまくいけばまた(・・)責任者の頭を踏めるかもね」


 面白そうに笑うゼッツはメモを持ったまま通りへと走っていき、すぐに人混みに紛れて見えなくなった。


 ゼッツならなにかいい情報を持ってくるだろう。とはいえ、こっちも何もしないわけにはいかないしな。


「さっきの人って……」

「あいつはゼッツ。お前を保護した時に一緒に居たやつだ」

「そう、でしたっけ。記憶が曖昧で……」


 申し訳無さそうに笑みを浮かべる謳歌。


 そういえばゼッツとは最初の小屋で会って以来、関わることがなかったのか。今後手助けしてもらうこともあるだろうし、ある程度は教えておいてもいいかもしれない。


そんなことを考えつつ、アルマは再び透明の魔法陣を書くと謳歌とともに透明となり、ティックルの裏口から移動するのだった。


「大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だ」


 無事帰宅したアルマは魔法の連続使用により若干顔が青くなっていた。呼吸も少し荒く、地面に座り込んでいる。


 流石に透明化の連続使用は魔力消費が馬鹿にならないな。昨日からの疲れも完全に癒えたわけじゃないし、あまり無茶はしたくないんだが……。


 外から多くの人が行き交う声が聞こえる。すでに時間は昼になっており、どの場所も混雑していた。

 透明化は姿を見えなくするだけの魔法で、誰かにぶつかったりすれば場所がバレてしまう。さらにはアラベンスクには行商人の護衛のために日夜外からそれなりの実力を備えた護衛たちが出入りしている。透明化がバレた場合、商品を狙う盗人だと追い回されてしまえば兵士たちに見つかるリスクは格段に増える。

 そのため、事件解決のために動ける時間は深夜から早朝にかけてしかないのだ。


「休んでいいぞ」

「あ、ではお言葉に甘えて~……」


 疲れが抜けないなか早朝から動きっぱなしだった謳歌は体力の限界がきたらしく、ベッドに倒れ込むとすぐに寝息を立てた。

 完全に寝入ったことを確認し、アルマも昨夜と同じように床に寝転がる。そして襲いくる睡魔に身を任せ、眠りについた


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