昼食騒動
裏路地を抜け、大通りにある喫茶店に入った二人は周りが騒ぎになっていないことを確認し、ほっと息をつく。
特に走り回った謳歌は人の多さもあって若干グロッキー気味になっており、店員に出された水を少しずつ飲むことで落ち着きを取り戻していた。
店内は木製の作りとなっており、静かな雰囲気に包まれている。その影響もあってか、店内にいる客は静かに食事をとるか、小声で話しており、食器とナイフやフォークの音が時折聞こえてくるほどだった。
「こ、こっちが絡まれたのに、逃げる必要があったんですか……?」
「この時間帯は人が多いからな。自警団ならともかく、兵士どもに見つかると厄介なんだ」
「でも、こっちの正当防衛でしょう?」
「憲兵と俺達は仲が悪くてな。ちょっとでも目をるけられると厄介なんだよ」
犯罪が起きた場合、どちらに罪があるのかを調べるのは国から派遣された兵士たちである。表では完全中立を宣言しているものの、その実、傭兵団とはかなり仲が悪く、問題が起きればたとえ傭兵団に非がなくとも執拗に取り調べをする。その取り調べの最中にキレて暴れ始めれば別件逮捕となるのだ。
そこまで目をつけられる理由は、傭兵団と帝国の関係だけでなく、アラベンスクでのヴァルガンヘイムの評判によるものも大きい。都市であるアラベンスクにはギルドもあるのだが、アラベンスクの住人は基本的になにか依頼がある場合はギルドではなく、使い勝手のいい傭兵団を利用する。
そのため、住人たちの間では「兵士よりずっといい」「金払いさえしっかりすれば信用できる」「兵士たちよりずっと強くて頼もしい」などと言われ、兵士の面目が丸つぶれしているのだ。
結果、それを面白く思わない兵士たちは傭兵団に嫌がらせとしかいいようがない攻撃を繰り返しているのである。
「俺は色々と有名だからな。目をつけられたくない」
以前に同じようなことで兵士に目をつけられた際のことを思い出し、アルマは小さくため息をつく。
あの時は結局、ノアさんが助けてくれたし、あんまり迷惑をかけないようにしないとなぁ。
とりあえず逃げたはいいものの、兵士たちにバレてはいないだろうかと考えていると、目の前から腹のなる音が聞こえた。目を向けてみると顔を真赤にした謳歌が腹を抑えている。
「なんか食うか」
「ご、ごめんなさいぃ」
羞恥で死んでしまいそう! といった具合に赤くなる謳歌をみて悩むのもバカバカしくなり、近くの店員を呼ぶ。
「なんか食いたいものはあるか?」
「わからないので、軽めのものがあれば……」
「でしたらミズミのサンドイッチがオススメですよ!」
にこやかに勧めてくる店員。「じゃあそれを二つ」とアルマが返すと一礼してテーブルから離れたる。
「この世界には慣れそうか?」
「……慣れなきゃいけないんだと、思います。幸い文字も読めますし言葉も通じますから、なんとか……」
「そういえば、前から聞いてみたかったんだが、なんで地球人ってこの世界の言葉が通じているんだ?」
「それは、どういう?」
「前に帝国雇用の地球人に会った時に、英語っていうそいつの母国語を教えてもらったんだが全く読めなかった。言語体系が違いすぎてな。でもお前らは俺達の世界の文字が読めるし言葉も通じてる。なんでなんだ?」
「えっと……流石にわからないです」
「そうか……」
理由がわかれば便利な力なんだが。そういまくはいかないか。
そんなとりとめのない会話をしていると、ふと謳歌の耳に他の客の声が入ってきた。あたりを見回してみると何人かの客が二人をみていたが、さっと目を背ける。
「包帯が珍しいんだろ。観光客は知らないから、よくあることだ」
視線に気がついていたらしいアルマが何でもないように話す。
「あの……その包帯って……」
「ん? ……まぁ、お前はいいか。くらったし」
包帯に隠れた右目をさすりつつ、どこか遠い目をしながら話し始める。
「これは停滞の眼といって、まぁ動きを遅くするだけの眼だ。抑えがきかないから、特殊な包帯で隠してる」
「停滞……だからあの時、不思議と体が思うように動かなくなって、意識も……」
納得したように頷く謳歌であるが、アルマはどこか遠い目をしている。その眼が気になったが、聞くことがはばかられたため、二人して無言になる。
気まずい空気が二人を包み、どうにか打開しようか迷っていると、
「お待たせしました。ミズミのサンドイッチになります」
笑顔の店員が4つに切られた二人分のサンドイッチをテーブルに置いた。二人は「ナイスタイミング」とそれぞれ心の中で店員を褒めつつ、サンドイッチへと手をのばす。
ミズミのサンドイッチは一見すれば普通のベーコンのような薄い肉とレタスのような野菜が挟み込まれた普通のサンドイッチなのだが、挟み込まれた野菜、ミズミは果汁とも言えるような旨味が凝縮されており、噛むと甘い蜜のような味わいが口の中に広がった。それに少し塩で味をつけられた肉が絡み合い、食感も相まってとても美味しい仕上がりになっている。
異世界に来てから初めての甘い食べ物に謳歌は夢中になり、アルマも比較的に好みの味だったのか満足げだった。
重苦しい雰囲気に包まれていたことも忘れ、二人で舌鼓を打っていると静かな店内がにわかにざわめき出した。客も店員も店の入口の方をみてなにかと騒いでいる。
謳歌とアルマもそれに気が付き、食事をやめて顔を向けてみると、脇に兜を抱えた無精髭の中年男性が、同じく鎧を来た五人の男たちの先頭に立ち、店員に対して何やら話をしていた。無精髭の男の後ろにいる鎧の男たちは、兜で顔が完全に隠れているため、表情がよめず半端ではない威圧感を出している。
対する店員の方は困ったように笑いを浮かべて首を横に降っているが、男はさらに店員に詰め寄っていた。
「アルマさん、あれって……」
「ただの兵士だ。よくあることだよ」
早急に興味をなくしたアルマは再びサンドイッチにかじりつく。謳歌も店員と兵士たちの話し合いを横目で見つつもサンドイッチを食べ始めた。
少しすると兵士たちは店員を開放し、店内を見回った。そして食事を摂るアルマを見つけ、同じテーブルに謳歌がいるのを確認すると、笑みを浮かべてテーブルまで大股で歩いてきた。ガチャガチャと鎧から大きな音がたち、観光客は萎縮してしまっている。中には兵士たちが通り過ぎた後にそそくさと会計を済ませて店を出ていく人もいた。
兵士たちは二人が座っているテーブルを取り囲むように立つ。謳歌は突然のことに食事をやめ、周りをを見回すが、アルマは特に気にしていないようで2つ目のサンドイッチを手にとった。
「昼間から優雅にランチとは、暇そうで羨ましいぞ包帯男」
「昼間から営業妨害とは、暇そうで何よりだよ無能兵士」
自分の言った嫌味をさらりと返されたことに苛立った無精髭の男は、右手でテーブルを叩いた。その衝撃で乗っていたサンドイッチは床に落ち、謳歌は小さく悲鳴を上げて目を閉じる。
しかし当のアルマは特に動じた様子もなく、ただ手に持って被害をまぬがれたサンドイッチの口の付いていない部分を謳歌に分けると、小さくなった自分の分を一気に口に入れ、咀嚼して飲み込む。
「何のんきに飯食ってんだよ! こっちはお前のせいで大変なんだぞ!」
「俺のせい? なんの話だ?」
「大通り三番街付近の路地裏で、男二人が気絶していた。聴取をしたところ、顔に包帯をつけた男と若い女にやられたと報告があったんだ!」
「そりゃ随分と特徴的だな。俺たち以外でそんなやつがいるとは、きっとすぐに見つかるさ」
自分とは関係がないと暗に伝えるアルマに無精髭の男の顔はどんどんと赤くなる。
「お前がやったんだろ! 来い!」
声を張り上げてアルマの手をつかもうとする無精髭の男。それと同時二人の兵士が謳歌をつかもうと手をのばす。
「やったというのであれば、証拠を見せろ」
「なんだと?」
「まさか物証もないのに犯人と決めつけたわけでもないだろ? お前は今、お前がやったんだろ、と言って俺たちを連れて行こうとしている。それはつまり、俺達が犯人であるという確信を持って行動しているということだ。だったらその物証もきちんとあるよな?」
「それは兵舎にある。あとで……」
「ではどのような物証なのか説明してくれれば行く」
「そんなの関係者でもないお前に言えるか!」
「関係者だろ、どう考えても」
怒鳴る男に対し冷静に反論するアルマ。兵士たちはどうしていいのか分からず、謳歌をつかもうとした手を空中で停めてオロオロしている。
「もう我慢ならん! 反抗するならぶん殴ってでも連れて行ってやる!」
「暴力で俺に勝てると思ってんのか? お前」
の言葉を鼻で笑うと、男は顔を真っ赤にして脇に抱えていた兜を手に持ち振りかぶった。店内で少し悲鳴が上がる中、アルマは素早く動くと男の背中を思い切り押した。前に傾いていた重心はより前のめりになり、なんとか耐えようとするが、アルマが軸足を蹴ったことにより完全に体勢を崩す。
そして男は、机にダイブした。
壊れて倒れる机に置かれていた水が盛大に飛び散り、客が悲鳴を上げる。アルマは謳歌の手を取ると、荷物を持ってその場から離る。途中で店員に3枚の銅貨を渡すとすぐに店を後にした。
後ろから男たちの怒声が聞こえてくるが、人混みに入ってしまえばそれも聞こえなくなる。
人混みをかき分けながら歩くこと十分。無事酒場へとたどり着いた二人は、アルマが先に入りミヘルに許可を取ると謳歌を裏口から招き入れた。
そして給仕専用の階段を使って二階へと上がる。
「ここって確か、三階までありましたよね」
「あるけど行くな。給仕もいかない。無断であがれば、冗談抜きで命はない」
「わ、分かりました」
アルマの真剣な忠告に何度も首を縦に振る。
そして二人は荷物を謳歌の泊まっている部屋に置き、一息ついた。
「さて」
謳歌は買ってきた日用品の中から石でできた一本の細長い棒を取り出し、謳歌に渡した。杖には何から文字のようなものが刻まれている。
「これは?」
「石杖。小さい子供が魔法の練習に使う、力を調整するための補助器具だ」
魔法と聞いて、謳歌は自身の心臓が少し高鳴るのを感じた。そして、アルマが次に言おうとしたことを先に口に出す。
「と、いうことは……」
「あぁ。これから場外に出て、魔法の実践を行う」
魔法の実践。その言葉を聞いただけで謳歌は顔がニヤけるのを感じた。対するアルマはどこか緊張しているようで、難しい顔をしている。
そんな正反対の反応を示す二人は、部屋を出て街の外へと向かうのだった。