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今後の生活

 背後から布の擦れる音が聞こえる。服が大きすぎるため着にくいのか、時折焦ったような声も聞こえていた。

 

 なぜ、こんなことになったのだろうか。


 壁を向いて立つアルマは、背後で着替える謳歌に疑念の目を向ける。

 着替えたいと言われたアルマは、テーブルの上に置かれていた衣類を渡すと着替え終わったら自分を呼ぶように言い、部屋を出ていこうとした。しかし着替えるはずの謳歌がそれを拒否したのである。


「壁際に立っていれば、大丈夫です。お願いですから、一人にしないで……」


 弱々しくそういう謳歌の言葉にアルマも強い拒否を示すことはできず、その要望を聞き入れることとなった。


 ついさっきまで俺のことを拒否していたやつが、どうして離れるのを嫌がるんだ? 地球人というのは本当に意味が分からん……。


「あの、終わりました……」


 謳歌に声をかけられ振り向くと、ずり落ちそうな服を掴んでベッドに座っていた。着ている服もかなり大きいワンピースのようなもので、全身隠れてはいるものの着ている謳歌は気が気でないようである。

 流石に大きすぎたか。後で合ったサイズの服を選ばせよう。


「まぁとりあえず、食えよ」


 アルマが再びスープとスプーンを差し出すと、謳歌は恐る恐る受け取り、震えながら口に運んだ。そして目を閉じ、意を決したかのように飲み込む。


「毒なんか入れてね―よ」

「あ、いえ、そういうわけじゃ……ありがとうございます」


 大丈夫だと確信したのか、謳歌は先程の慎重さが嘘のように次々とスープを口へ運んでいく。その食べっぷりはまるで飢餓状態の獣がようやく獲物にありついたかのようであり、目にはうっすら涙まで浮かべている。


「ごちそうさまでした」


 五分もたたずスープを食べ終え、満足そうに腹を擦る。そしてハッとしてアルマに向き直った。


「あ、ありがとうございました。それと、その、怖がってごめんなさい」

「別に気にしてない。それより、色々と話したいんだが、いいか」

「は、はい」


 姿勢を正した謳歌にアルマはまず自己紹介から始めた。


「俺はアルマ。ここヴァルガンヘイム傭兵団に所属している。とある地球人の討伐の最中にお前を拾い、ここまで運んできた」

「地球人の、討伐?」

「そうだ。そこら辺説明するから、質問は一旦俺の話を聞いてからにしてくれ」


 アルマは謳歌にアルヘインと地球人に関して知っていことを話せる範囲で話した。所々をごまかしつつも地球人の現状や世間からの評価、そしてヴァルガンヘイム傭兵団と謳歌のこれからのことを。

 全てを聞き終えた謳歌は混乱しているのか頭を抑え、深くため息をついた。


「私、何も分からなくて……地球人って言われても戦うなんてそんな……」

「地球人ってだけで狩りの対象にされてたくらいだ。どれだけ強いかなんて関係ない」

「うぅ……どうしてこんなことに……」


 謳歌は死人のように真っ青になった顔に浮かんだ涙を拭う。


「次はお前だ。年齢、地球での生い立ち、どうやってアルヘインに来たか、全て答えろ」

「は、はい! 名前は桜川謳歌、17歳です。地球ではこ、高校生でした。父はサラリーマンでは母専業主婦、一人っ子です。どうやってここに来たのかは……分かりません」

「直前の状況は?」

仕事(・・)を終えて眠っていました……それでなにか圧迫感を感じて目を覚ましたら、その……」

「意味のわからないままにあの死体の山の中にいた、と」

「はいぃ……」


 申し訳無さそうにうつむく謳歌。逆にアルマはそんなもんか、と納得していた。

 というのも、アルマは帝国に雇用されている何人かの地球人と会ったことがあり、そこで彼らがアルヘインに来た理由を聞いていた。その理由はどれも、家から出るために扉を開いた時、犬の散歩をしている時、家でくつろいでいる時など、特別何かしらの理由はなかった。


「あ、そういえば」

「どうかしたのか?」

「な、なんでもありません! すみません…!」

「些細なこともでいい。なにかあれば言え」

「なんでも、なんでもないんです! 本当に!」


 あまりに必死に拒否をするので無理矢理にでも聞き出そうかと思うが、しかしここで関係がこじれることは避けたいと思い直し、一旦話題を流すことにした。


「それで、これからのことなんだが」

「えっと、ヴァルガンヘイムさんで保護していただける……のですね?」

「あぁ。悪いが拒否はできん」

「しません! しても、行くところなんてないですし……」

「そうだな。残念だとは思うが、お前の居場所はない。だが、タダでヴァルガンヘイムに居させてやるわけにはいかん。だから―――」

「あ……わかりました……」


 アルマが話している途中で何かを理解したアルマはいそいそろブカブカの服を脱ぎ始めた。その行動にアルマは顔をしかめる。


「脱ぐな脱ぐな。そうじゃない」

「え、あ……違うん、ですか?」

「お前の裸になんの価値があるんだよ」

「で、でも……」

「いいから着ろ」

「は、はい」


 服を着直した謳歌は慌てて頭を下げる。アルマはそんな謳歌に自身がまで手を付けていないスープを渡した。


「今日はこのまま休んでろ。俺も休む」

「休むって、どちらで?」

「隣の部屋。なにかあれば壁をたたけ」


 そう言ってアルマは立ち上がり、部屋を出ていった。そして外から鍵のかかる音がし、確認するようにドアノブが動くと静かになった。

 ひとり残された謳歌はじーっとアルマが出ていった扉をみた後、思い出したかのようにスープをすくう。やがて隣の部屋の扉が開く音と同時に、部屋の中を歩く音が聞こえてきた。


 私の周りに居た人たちとは違うんだ。これはこの人だけ? それともこの世界の人はみんな、あぁなのかな。だったら……だったら、嫌だな。


 言いようのない不安が謳歌の胸をよぎる。同時に、胸に刺すような痛みが生じた。思わず胸を抑えてうずくまる。

 それは、今までの自分の常識が通じないことへの恐怖から生じるもの。謳歌が幾度となく感じたものだった。


 怖い、怖い怖い、こわい。

 だからあの人(アルマさん)が、必要なんだ。


 スープを飲み干した謳歌は、その器をテーブルの上に置くとベッドに寝転がり、目を閉じる。思い出すのは、地球での思い出。

 その思い出を噛み締め、自分が何をするべきなのかを考える。


 アルマは、勘違いをしていた。

 アルヘインは地球と違い、まだまだ発展途上の部分が多く、人が傷つき、飢え、体を売ることは珍しい光景ではなかった。だから対価を求めた際に服を脱ぎ始めたことも、アルヘインの常識に当てはめて、そういう生き方をしてきたのだろうと自分の中で結論をつけた。


 しかしそれは、日本での一般家庭ではありえないことだった。そしてそんな環境下で育っていた謳歌の精神が危うい方向に歪んでいることを、アルマはまだ気がついていなかった。


 そしてこの勘違いは数日後に起こる、アルマの人生を左右する出来事へとつながるのである。



 翌朝、目を覚ましたアルマは半ば寝ぼけたまま立ち上がると木でできた窓を開いた。音を立てて開く窓から朝の寒い空気が部屋の中に入り込み、段々と目が冴えていく。

 まだ太陽は昇り始めたばかりだが、外からはそれなりに人の声が聞こえていた。


「まだ早いな……」


 下の酒場が開くのは太陽が完全に登りきってからである。時間にして二時間ほど余裕があるのだが、すでに空腹感でいっぱいのアルマは食べ物を求めて下へと降りていった。

 酒場では何人かが酔っ払って眠っており、机の上には冷めてしまった料理が残っている。その中で手つかずのパンを手に取ると口に運んだ。


「おうおう、パン泥棒とは年相応の悪戯じゃねーか。アルマ」


 野太い声が聞こえ、その方向に目を向けると完全に伸びた二人の男の上に、ガタイのいい男が座っていた。

 筋肉隆々という言葉がふさわしいほどに鍛え上げられた肉体は酒で赤くなっており、特に髪の毛のない頭部に至っては暗いはずの店内でも分かるほどに赤くなっていた。とはいえ、その顔をまるでゆでダコのようだとからかってしまえば、アルマも椅子の仲間入りである。


「上機嫌だな、ビグラン」


 アルマの言葉を肯定するようにビグランは笑みを浮かべる。


 ビグラン=スーはヴァルガンヘイム傭兵団の最古参の一人であり、巨大な剣を振り回しながら様々な伝説を築き上げた傭兵である。いざ戦いとなればその迫力から姿を見ただけで並の人間は戦意を喪失し、向かってくる敵がどんな防具を着ていても、大剣が当たれば斬れずとも衝撃だけで人が死ぬともっぱらの評判である。

 戦いで活躍し、酒を浴びるほど飲み、女を侍らせるその姿は、まさに傭兵というもの体現していると、一部では憧れをいただく男がいるとか。

 当然年齢も四十を超えているのだが、ノアとは別の意味で老いを感じさせない肉体をしている。


「カッカッカッ! なんせこの酒はタダだからな!」


 そう言ってビグランは机の上に地の付いた麻袋を置いた。その中には大量の銅貨が見て取れる。


「また飲み比べか?」

「おうよ。生意気にも挑んできたんでな。ちょうど仕事もなかったし、飲んでやったわ!」


 ガハハ! と笑うビグランに呆れた目を向けるアルマ。

 

「お前も飲むか? こいつらの飲み残ししかねーがな」

「朝から飲む気にはなれん。これで十分だ」


 アルマは置かれているレモンジュースを飲み干すと口元を拭った。ビグランは上機嫌に男たちが残したであろう酒を飲み干すと立ち上がる。


「お前、また地球人を倒したんだってな」

「あぁ。あんたもこの間、地球人を倒したって言ってたな」

「おう。生意気にも勝負を挑んできたんでな。なかなか強かったが、まぁそんだけだった」

「そうだな。地球人はどいつもこいつも、そんなもんだ」


 どこかつまらなさそうに言うビグラン。アルマもまた同じ意見だった。


 地球人たちは、地力で言えば俺よりもずっと強い。ただ戦い方を知らない。特に野良で動いている連中は、相手を蹂躙することばかりを考えていて、罠を張ってもお粗末なものばかりだ。

 でももし、しっかりと戦い方を学べば、どうなるだろうか。例えばそれがヴァルガンヘイムから学べば……


「上下関係……いや、仲間意識……」

「ん? なんか言ったか?」

「別になにも」


 もしヴァルガンヘイムのやり方を学んで、対策が立てられる程に成長してから敵に寝返れば、これ以上ない脅威になることは明白だ。

 それをヴァンヘルが考えていないはずがないけど、俺も俺でオウカの教育を考えておこう。決して裏切ることのないように。


 新たな決意をしたアルマは立ち上がり、ビグランに軽く挨拶をしてから二階へと上がる。

 

 とりあえず、オウカを知らないことには、何も始まらない

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