答えの導きかた
それは、彼女の深い記憶。
「にげ、て。」
もはや生きているのが奇跡というべき存在が目の前にいた。
たしかこの少年は、ヒーローというものに憧れていたのだったか。
そんなことを思い返しながら、声をかける。
「君はすごいね。まだ他人のことを考えられるのか。」
なんて興味深い、と彼女は期待する。
この少年ならば。
だが、下手をすれば怪物になりはてるかもしれない。
それでも賭けてみるかと聞けば、少年の口元が告げていた。
-ぼくは、怪物になんかならないよ。
その言葉で彼女は把握した。
怪物の姿になったとしても、少年は人のために動くに違いない。
そこで彼女は、再び目覚めた少年を見て言ったのだ。
-今の君ならきっと、全ての怪物を。
「頼む、起きてくれ!」
遠退いていた意識が、呼び起こされた。
さすがに、あれぐらいでは死ななかったか。
そう思いながら、彼女は男の声を聞いていた。
彼は、先輩と呼ばれていた男のようだった。
「私のために泣くことはない。いつかはこうなると思っていた。」
「何言ってるんだ、そんなこと。」
「だって、私は怪物なのだから。」
ある日彼女の半身とも言える存在との繋がりが途絶えた。
寿命でもつきたのだろうと追ってみた世界で、傷を負って倒れていた彼と彼女は出会った。
気を失っていた彼の治療をしてみた際に知ったのは。
自身がその世界でいうところの怪物を生み出す原料であるという事実である。
「君の治療ではそれなりに成功したが、あの少年はいささか損傷が激しくてね。怪物にならなかったのは良かったが、妙な力を与えることにはなってしまった。」
彼女は遠くを見ていたが、なんとか彼の方へと顔を向ける。
「君にも少し、迷惑をかけたね。騙すことになってしまったし。」
「でも、助けられた。あなたには、何度も。」
「罪滅ぼしのようなものさ。忘れてくれていいよ。」
怪物だとわかったはずなのに、泣くばかりの彼を奇妙に感じながら。
彼女は疲れたように息をつく。
「しかし、少しだけ計算外だったな。あのG9とやらは全ての命を守るものだと思っていたのだが、やはり完全な怪物は対象外か。」
「…違う、違う。こんなつもりじゃなかったんだ。」
彼は泣きながら、必死に言葉を紡いでいく。
「あのG9はもう、そんなんじゃない。」
遠方で、爆発音が鳴り響く。
戦っているのは少年と、壊れかけのアンドロイド。
「もう止めてくれよG9!」
少年の言葉に、ソレは答えない。
現れると知られてから、ソレは罠にかけられていた。
刑務所破壊を阻止しようとアクセスした場合、怪物を破壊対象とするように。
「こんなのってあんまりだ。助けるために来たのにさ、君が倒したら意味がないのに!」
「もう、もた…ない。」
乱れた発音が、ソレから発声された。
「抵抗した、が。怪物と思われる対象、一体を。襲撃。止め、不可。」
「G9…。」
「怪物、人類の敵。破壊しなければ。人類を、守るため…人類を。」
「しっかりしてくれG9っ!」
「コワセ!!」
初めて、声をあらげた。
「人類の敵、私を、破壊せよ。頼む。」
「ふっざけんな!」
少年は、泣き叫ぶ。
「止めたかったら自力で止めろ。嫌なこと人に押し付けてんじゃねぇ!なんで自分でできないんだ、生きたいからじゃないのか。もしそうだったら…諦めないでくれよ。」
「なぜ、だ。命の、ない。ただの機械、に。」
「命とか機械とかそんなの知るかっ。」
涙をこぼしているのは、少年だけではなかった。
泣き続ける男を前にして、怪物と名乗った女性は呼び掛けた。
「仕掛けを再起動さなくていいのかい?今なら全てを破壊できるだろうに。巻き添えをくらったところで、君なら本望だろうしね。」
「…あぁ、たしかにそうだった。」
「私は生に執着していない。正義とやらのためなら、どうしてくれてもかまわないんだ。実験体として持ち帰りたいなら、それでもいい。」
「あの少年は、反対するんだろうな。でもきっとそれが正しいと、俺は今でも思ってる。」
それでも、と。
彼女の体にすがり付く。
「今になって、彼の言葉が身に染みるんだ…。」
大勢にとっての幸せ。
考えろ。
諦めただけ。
「もっと、いい方法を考えたい。諦めたくないんだ。あなたも救えるような、もっといい正義があるはずだって。」
壊れていく音がとどろく。
彼が嘆く一方で、少年は機械と共に落ちていく。
それぞれが涙で霞む視界の中、その思いは交差していた。
世界の平和が訪れたとしても。
誰かの命が守られたとしても。
そこに幸せがないとすれば、意味などあるのだろうか。
大事なものを失う正義なんて、望めない。
本当の幸せを求めるのであれば。
どうか。
ーQ3 幸せとは何か?