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第2話 ソルトショック

 魔物騒ぎで商流が停滞していることで、特に塩を取り扱う商会が来ておらず、かなり危機的な状態に陥っていると伝える。


「そんな報告は受けていないな。」

「一年ほど前から幾つかの商会が来なくなってしまっていたのですが、春からあちこちに声を掛けて、こちらに来てもらう約束をしていたのです。問題は解消するはずだったんですよ。」

「それが今は再発しているのだろう? 組合はもっと早くに報告すべきだ。」


 裕に言っても仕方がないが、伯爵はかなり不機嫌そうに「報告が遅いと手の打ちようがなくなる」と声を大にする。


「そんなわけですから、今すぐにでも私に王都に行けと言われても困るのです。こちらにも準備というものがあるのです。」

「分かった。中央に問い合わせてみよう。ただし、すぐに回答を得られぬかも知れぬ。最大限の準備をしておいてくれ。」


 結果は商業組合を通して伝えるということで落ち着き、裕は応接室を辞する。



 領主邸から下町へと戻った裕はその足でハンター組合へと向かった。その目的は一つしかない。


「依頼を指名でお願いします。」


 窓口に現れた貴族姿の子どもに窓口の職員は驚くが、すぐに(常連)だと分かり対応する。


「依頼はいつものですか?」

「いえ、四級の紅蓮に出したい。内容は塩の採集にかかる護衛と運搬です。報酬は、五人で金貨五枚。期間は一日から二日です。」


 裕の出した条件に、周囲は(ざわ)つく。

 内容と報酬の額が見合っていない。相場の倍近くの金額に、側で聞いていたハンターたちも黙ってはいられない。


「それは紅蓮じゃなきゃダメなのか?」

「俺たちで良ければ是非!」

「紅蓮は隊商護衛から帰ってきたばかりだろう? あいつらだって休みたいんじゃないか?」


 ハンターたちは口々にアピールするが、裕はそれには取り合わない。


「私のやり方を知っている人でなければ困るのです。申し訳ないですが、他の方には回せません。それと、今年の冬はかなり厳しいことになると予想されます。今のうちに狩や採集を頑張っておいた方が良いですよ。」


 それだけ言って、依頼の手続きを済ませると裕は紅蓮のホームに向かう。昨日隊商から帰ってきたばかりの彼らは、今日はゆっくりしているはずだ。



 裕がドアをノックすると、すぐに返事がありタナササが顔を出す。


「そんな格好でどうした? お貴族様のところにでも行くのか?」

「いえ、領主様の所からの帰りです。緊急の事案が発生しました。指名依頼を出しましたので、至急、受けてきてください。」

「どういうことだ?」

「最悪、私はこの町をすぐにでも離れることになります。その前にやっておくことを済ませなければなりません。」


 淡々とした裕の説明に、タナササは眉間に皺を刻む。


「待ってくれ、それじゃ分からん。中に入って説明してくれ。」


 タナササに通されると、裕はリビングで端的に説明を始める。

 国王に呼び出されて王都に行かなければならないこと、予定していた隊商が(ことごと)く来ていないこと。

 結果として、塩の調達ができておらず、今後もできないこと。

 その元凶が北方の魔物騒ぎであることまで言うと、紅蓮は揃ってため息を吐いた。


「去年も同じことを言っていなかったか?」

「なんか、より悪くなってるような気がするんだが。呪われてるんじゃねえのか?」

「それで、俺たちに何をしろと?」


 口々に愚痴を吐くも、リーダー(アサトクナ)が表情を正し、裕へと質問する。


「春までの塩をすぐにでも調達したいのです。みんなで行けば二往復もすればなんとかなるでしょう。」

「そういうことか……」

「私は着替えて来ますので、皆さんはハンター組合に行って依頼を受けて来てください。」

「今すぐかよ!」


 アサトクナは呆れた顔をするが、裕は悲しそうに首を振る。


「下手をしたら、数日後には出発しなければなりません。できる限りのことはしておく必要があります。」

「仕方ねえなあ……」

「準備ができたら私の家まで来ていただけますか? あ、武器は要りません。」


 ソファにもたれ、完全にのんびりしていた紅蓮の五人(おっさんたち)は着替えてハンター組合へと向かう。

 一方の裕は、裕は途中で屋台に立ち寄って昼食のパンを頬張りながら帰ると、着替えを済ませる。


 革ジャケットに革パンツがいつもの裕のアウトドア用スタイルだ。腰の左側に山刀を下げ、右側には財布を付ける。背中に斜めに革製の袋を背負い、背中には二本のナイフを横向きに差す。

 裕の基本装備はその程度の簡素なものだ。夜営する予定がある場合には毛布や小鍋なども背負うことになるが、塩の採集にはそんなものは要らない。

 小型の斧とカゴが加わる程度だ。


「帰ったよー。塩取りに行くって?」


 裕が待っていると、エレアーネが昼食を手に帰ってきた。焼いたベーコンや野菜を挟んだパンに齧りつきながら、紅蓮を中に通す。

 紅蓮も同じものを食べているところを見ると、昼食を買いに屋台に行ったところで会ったのだろう。


「これから塩を採りに行きます。エレアーネも運んでもらえますか?」

「良いよ。みんなで塩運ぶの? それとも、何か他に狩ったりするの?」

「今日は塩だけです。行きながら説明するので、さっさと食べちゃってください。」


 エレアーネと紅蓮が巨大なサンドイッチを食べている間に、裕は奥の倉庫から箱やカゴを出してくる。

 木箱が四つに、竹カゴが三つ。それらに塩を詰め込んで運べば、一往復で八百キロくらいにはなる。


 箱やカゴには容積的にはもっと詰めることができるのだが、耐荷重の都合上、それ以上は難しい。運んでいる際に器が壊れてしまう可能性がある。


「じゃあ、さっさと終わらせるぞ!」


 アサトクナは気合いを入れるも、町の中では重力を遮断されて浮いている木箱を押していくだけである。



 森をかっ飛ばして進み、岩塩層の露出した崖へと着くと、すぐに採掘に取りかかる。崖の下に巨大なシカの姿が見えるが、それは気にしない。


 竜に匹敵するほどの巨体を持つ獣は危険すぎる。防御力は竜に劣るのは確かなのだが、速さは竜を上回っている可能性が高く、攻撃力にいたっては比較する意味がない。どちらにしても、まともに食らえば一発であの世行きなのだ。


 遠距離から第六級の魔法を見境なく連射すれば倒せるだろうが、そんなことをすれば商品価値はガタ落ちになるのは目に見えている。裕や紅蓮が獲物を狩り殺すのは趣味ではなく仕事なのだ。肉や毛皮が獲れなかったらまるで意味が無い。


 脇目も振らずに塩を採掘し、速やかに町に帰るとキミサント商会に納入する。


「随分と多くないか?」

「春までの分です。もう一回同じ量を持ってきます。それで足りますか? これ以降の納入予定はありませんけど。」

「ちょっと待ってくれ。いきなりそんなことを言われても困る。」


 突如、いつもの数倍の量を納入され、それが最後などと言われれば驚くのも無理はない。


「いきなりのことで済みません、実は、国王陛下に呼び出されていて、戻ってこれる見込みがないのです。」

「国王様に?」


 事情を知らなければ困惑するしかないだろう。簡単に経緯を説明するも、それでも店長(ヤマナム)は得心がいかないといった表情だ。


「どこの商会も来ない理由は分かったが……、ヨシノまでいなくなるって、どうすれば良いんだよ!」

「商業組合で、場合によっては領主様を交えて他領からどう呼ぶかの対策を話し合わなければならないと思います。」

「領主様にそんなこと言えるか!」

「いえ、もう報告しちゃいましたので。」


 ぱたぱたと手を振りながら軽く言う裕に、キミサントは「何でだよ!」と頭を抱える。


「とにかく、春までの分は責任もって用意します。ですが、それ以降についてはどうなるか分かりません。では、もう一回行ってきますので!」


 塩を商会の木箱に移し替えて、空になった木箱や籠を抱えて裕たちは店から出ると、再び岩塩採掘に向かった。

紅蓮(ぐれん)

五人組の四級ハンターパーティ。全員が独身アラサー男性。


【アサトクナ】

『紅蓮』のリーダーの槍士。


【タナササ】

『紅蓮』の弓士。


【エレアーネ】

裕の弟子(?)のチート女子。現在11歳。単純な戦闘能力では既に裕を上回っているが、当人は裕の方が上だと思っている。


【キミサント商会】

肉や野菜などの加工食品を取り扱う商会。塩も仕入れ販売している。裕の塩の納品先。

領主が塩を仕入れているのはここから。



次回、『王都へ』

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前作前前作を含めてだが物語のテンポと理屈なんかがうまいことバランスを保っていて設定の粗なんかを探す気にならない点。 そもそも粗がない物語は存在しないか産み出すコストがとてつもなく高いと思う…
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