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第20話 公爵の来訪

 街道が整備されれば、人やモノの流れが良くなり、復興の人材や物資も集めやすくなる。

 裕の提案を受け、公爵も反対する理由が無いと協力を約束する。


「では、そちらの状況も確認するとしようか。」


 突如、公爵は今から行くと言い出した。裕が何か隠そうとしているのが気に入らないようだ。


「我が領には公爵様が寝泊りするような場所はありません。」

「其方や騎士たちが寝泊りするような場所はあるのだろう?」

「それはございますが、ベッドの空きがございません。」

「心配は要らぬ。私にも野営の経験はある。」


 そんなことを言われても、公爵がすぐ外で野営をしていて裕や騎士たちが自室のベッドでのんびり寝ていることはできないだろう。


「気にするなと言っている。だいたい其方は気楽に来ておきながら、私には来るなとは筋が通らぬのではないか?」


 そう言われてしまうと、もはや裕には返す言葉が無い。「分かりました」と頷くと公爵は従者たちに出発準備を整えさせる。


「では、私も。」

「そなたはここに乗っていけば良いだろう。」


 裕が従者たちについて馬車を下りようとしたところ、公爵に呼び止められた。


「お言葉はありがたいのですが、私のゴーレムを放置していくわけにもいきませんので。」

「ゴーレム?」

「ここまで乗ってきた乗り物ですよ。」


 裕は開けられたままの扉から、二等辺三角形(ニトーヘン)を指して言う。ニトーヘンは裕が降りたときそのままの場所に待機していた。少々押したり引いたりしても誰も動かせないのだ。

 公爵は興味津々に馬車から降りて、ニトーヘンをしげしげと観察する。


「どうやって動かすのだ? 手綱は無いのか?」


 石の板に足が生えているという奇怪な形状はどう見ても生き物ではないが、それでも足が生えているのだ。馬などの獣に準じた操作方法を考えるのも無理はない。


「申し訳ございませんが、これは私の言うことしか聞きません。エルンディナ様の命を聞くようにするには、専用に作る必要がございます。」


 厳密には主を書き換えることはできる。だが、そのためのコストはかなり高く、裕としては新しいものを作った方が良いと考えるくらいだ。


「おすわり。」


 裕の命令で、ニトーヘンは足を屈めてその身を低くする。その背に裕が跳び乗ると、公爵も続いて乗ってくる。


「立て。」


 静かな動作でニトーヘンは再び立ち上がる。立ったまま乗っていても足下がよろけるようなことはない。


「揺れないな。」

「ほとんど揺れはないですね。馬とは比較になりませんよ。」


 そのまま馬車をぐるりと一周してみる。


「これは便利だな。私もこれで行こう。」

「やめた方が良いですよ。短い時間ならともかく、ずっとこの上に座っているととても寒いです。防寒具は私の分しかありませんよ。」


 裕が毛布と毛皮の外套を出して見せると、「仕方が無いな」と公爵も諦める。部下たちの手前、裕の汚い外套など羽織るわけにもいかない。

 尚、洗濯の魔法を使って洗っている裕の外套や毛布は、衛生的には汚いというほどのことはない。見た目の格式が低すぎるだけだ。



「ハーネスをこれにつなげられますか?」


 馬車の用意をしていた従者たちのところにニトーヘンをすすめて裕は声を掛ける。

 馬と違い、ゴーレムであるニトーヘンは休憩も餌も水も必要としない。騎乗でも車の牽曳(けんえい)でも、ゴーレムの方がはるかに効率が優れている。


 ハーネスを上手く括り付けることができ、公爵は数名の護衛を指名してエナギラに向けて出発する。


 護衛騎士一騎を先頭に、裕の座るニトーヘンとそれが牽く公爵の乗る馬車、六騎の護衛騎士と続く。


 街道にはまだ雪が残るが、重力遮断を受けた馬車の進むペースは速い。雪と泥の混じった泥濘(ぬかるみ)に車輪をとられることもない。


 それでも裕からしてみると、遅々として進まないとしか思えない。一人ならば時速五十キロで走っていけるのに、時速十キロ未満の最徐行で進まないとならないとなれば、苛立ちもするだろう。


 一番近い廃墟に着いた時には、陽はもう山の端の向こう側に隠れていた。

 夜営場所を適当に見繕い、騎士たちが天幕を広げている間に裕はベーコンを焼く。

 荷物にベーコンだけは大量に持ってきているのだ。もともと一箱は公爵への手土産とするつもりだったし、ここで消費してしまっても何の問題もない。


「私の分はないのか?」


 香ばしい臭いにつられて公爵がニトーヘンの上の裕を覗きこむ。


「ちゃんとありますよ。お皿はございますか?」


 ニトーヘンを座らせ、従者から渡された皿に、大きめのベーコンを切り分ける。


「随分と良い香りだな。何の肉だ?」

「秘密です。」

「何でも隠そうとするな。あとで騎士に聞けば分かるだろう。」


 公爵は呆れたように頭を振る。だが、裕は自分の口では言いたくないのだ。


「エルンディナ様は冬将軍(デゼリアグス)をご存知ですか?」

「北方に冬に出る魔物のことか? まさか、それを?」

「そのとおりでございます。」


 裕の返答に公爵は困惑の表情をするが、騎士たちは違った。

 あからさまに険のある表情で裕を睨む。


「貴族の方は馴染がないようですけれど、平民の間では魔物は割と食されているんですよ。食べてみたら、結構美味しいのですよ?」


 そう言って裕が一切れ口に入れると、公爵もそれに倣う。


「エルンディナ様! そのようなものを……!」


 騎士や従者は慌てた様子だが、当のゲフェリ公爵は満足そうに頬を緩める。


「確かに美味いな。平民はいつもこのような物を食べているのか?」

「いつもと言われるのは心外です。これほどの上物が獲れることは滅多にありません。」


 ベーコンの他は麦粥だけという簡素な食事を済ませると、早々に眠りに就く。公爵は馬車の中で、騎士たちは交代で見張りをしながら天幕の中で、裕はニトーヘンの上で毛布と外套に包まって積んだ荷物の隙間で丸くなる。


 翌日、日の出とともに動き始める。朝は冷え込み、泥濘は凍り付いている。騎士たちの吐く息も白い。


 天気は比較的穏やかで、太陽が高く昇ってくると春の日差しが心地いいくらいだ。馬車はのんびりのんびり進み、夕方にようやく裕の拠点とする旧領都東門外側へと着いた。


「お帰りなさいませ、ヨシノ様。それに、ゲフェリ公……?」


 裕の牽いてきた馬車の紋章を見て騎士たちは目を丸くする。

 公爵がやってくるなど聞いていない。


「まさか、こちらを見たいと言い出すとは思いませんでした……」


 裕は項垂れるが、当のゲフェリ公爵は元気に馬車を降りてくる。


「こちらも随分と酷い有様だな。」


 馬車から見ただけでも分かるほど、旧コギシュ領都は荒れ果てている。防壁はあちらこちらが崩れ、廃墟と化した市街を晒している。


「だから途方に暮れていると申しているのです。」


 裕は肩を竦めてみせるが、公爵の興味の対象は、旧市街から新市街へと移っていく。

 新しい防壁の内側には、手前から厩舎、倉庫、七軒の家と並んでいる。

「これが其方が作ったという家か。なるほど、確かに不格好だな。」

「石工職人も大工もいないんだから仕方が無いでしょう。」


 家や防壁に使われている石材をまじまじと観察したり、実際に魔法で作るところを見たりと、真面目に視察をしている間に夕食の準備が整う。


 今日のメニューは、うどんで作ったペペロンチーノだ。

 公爵も裕の家で一緒に食事をとる。この辺りでは珍しい太麺に怪訝そうな目をするが、「こんな料理もあるのか」と普通に食べる。


「もう一つだけ見せてもらいたいものがある。」


 食事を終えると、公爵は真剣な顔で裕に向き直る。


「何でございますか?」

「魔導について記された本があると言ったな? 見せてはくれぬか?」

「……嫌でございます。」


 精いっぱい抵抗するも、公爵の無言の圧力に押され、裕はため息を吐きつつ魔導書を取り出してくる。


 だが、数ページめくると「私にはサッパリ分からない」と閉じて返してしまった。


「其方は隠し事が下手だ。隠すべきことは隠し通せ。」


 突然の態度の変化に裕が戸惑うが、公爵は言葉を続ける。


「其方の持つ戦力は既に伯爵のものではない。近いうちに、王族に刃を向けることも可能になるだろう。」

「私はそんなことをするつもりはありません!」

「つもりは関係ない。その気になればできることが問題なのだ。平穏を望むなら、すべきことは分かるな?」

【エナギラ伯爵】

主人公。好野裕であり、ヨシノ・エナギラである。


【エルンディナ・ゲフェリ公爵】

誕生日が来たので年齢は33になった。三児の父。型破りでやたらと軽い部分があるが、それでも公爵。


【ニトーヘン】

六本足の自立走行ゴーレム。休憩なしに走り続けることができ、重力遮断がなくても巡航速度は時速二十キロを超える。

裕が「ニトーヘンサンカクケイ」と言っていたところ、三角形が省略されてニトーヘンと呼ばれるようになった。もともとそんな名称が付いていたわけではない。



次回、『課題は盛りだくさん』

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