第19話 領主会談
軽く雑談を交わし、裕は昼前にボッシュハ伯爵邸を辞する。ニトーヘンに跨り、いや、座して町を出ると、東へと向かう。重力遮断して最大速度で進めば、岩塩が採れる崖まで一時間もかからない。
木箱二つ分を採り、そのまま北へと向かっていく。
延々と続く断崖は二十キロほど北へ行ったところから東に折れて、山脈の中に消えていく。この山脈の向こう側には、宇宙戦艦がいると思われる。
確認はしていないが、確認などしたくもない。生きて帰れる保証がない、というより、帰れない確率の方がはるかに高い。
裕は、そんなところにわざわざ行くつもりなどない。
山を右手に、物凄い勢いで水トカゲの湖を越えて北上していく。太陽が西に傾いてきたころ、森を横切る街道を見つけ、道に沿って北東に方向を変える。
街道を見つけてから町に着くまで、そう時間はかからない。
そもそも街道をいって町から町への道のりはだいたい四十キロから六十キロ程度なのだ。裕のスピードなら、一時間走れば絶対に着く。
宿の馬車置き場にニトーヘンを停め、防衛モードに切り替える。
この二等辺三角形のゴーレムは、ただ走るだけが能ではない。近付いてくるものを威嚇したり、蹴り飛ばすことができるのだ。
自慢げに言うことなのか甚だ疑問であるが、裕は鼻高々に子どもたちにそう説明していた。
「二人部屋、一泊でお願いします。」
「子ども一人でかい? 銀貨二枚だけど、払えるの?」
裕の旅装はそんなに貧乏感が漂うものではないが、五、六歳にしか見えない子ども一人というのがどうにも人からの信用を得るものではない。
必ずといっていいほど支払い能力を疑われる。
「銀貨くらいありますよ。」
毎度のことながら、苦笑して財布から銀貨を取り出して女将へと渡す。鍵を受け取り、さっさと食事と湯浴みを済ませると、部屋のベッドで睡眠に就く。
「なんか変わったことはありますか?」
「変な子どもが泊まりにきたくらいだねえ。」
翌朝、食事をしながら聞いてみるも、この辺りは平和なようだ。食後、宿を出ると昼食のパンを買い、一気にエナギラを目指す。
途中、公爵様に挨拶をとゲフェリ領都に寄るが、追い返されてしまった。何の約束もしていないし、いないものは仕方がない。
帰り道の途中モコリの町に寄る。町と言っても旧コギシュのように破壊され尽くしているのだが。ふと、その復興の状況を見ておきたいと思ったのだ。
ニデランの町を東に、森を突き進んで山を登る。そこから見下せば、モコリ跡地は目の前だ。以前、竜の偵察をしたときもここに来ている。
左の手前には竜に破壊された森、その奥には竜を倒した大穴。そしてその向こう側に瓦礫と化した町が見える。
裕の目にも、そこに人がいるのが分かった。何をしているのかまでは分からないが、何人もの人が瓦礫の中を何やら動き回っている。
「公爵様の配下か、火事場泥棒か……」
裕は呟くと二等辺三角形を操り、廃墟へと向かう。
実際に行ってみると、廃墟には瓦礫が山となっているが、人の手が入っているのが分かった。
道の瓦礫が除けられているのだ。崩れた家も少しずつ片付けられ、遺体は埋葬されていっているようだ。
「何者だ!」
裕と二等辺三角形を見咎め、作業をしていた男が叫ぶ。
「私はヨシノ・エナギラ。町を再建するにあたって途方に暮れかけていたもので、こちらはどうなっているのか様子を見にきたのです。」
「そういうことでしたら、閣下にお話をしていただけますか。」
「そうですか。分かりました。では、また後ほど伺いましょう。」
そう言って町から出ようと向きを変えようとして、待ったがかかった。
「閣下はただいまこちらに来ております。」
なんと、公爵の外出先はここだったらしい。案内され、旧領主邸付近へ行くと、立派な馬車が並んでいる。
「私はヨシノ・エナギラ。ゲフェリ公爵閣下にお目通り願いたい。」
裕は二等辺三角形を下りて、身を低くする。いくら裕が伯爵とはいっても、公爵とは身分が違う。怪しげな物体の上から偉そうに声を掛けるものではないことくらい、裕にも分かっている。
「エナギラ……伯爵? いらっしゃるという話は伺っていませぬが……」
馬車を守る騎士は裕の胸のメダルを見て眉間に皺を寄せる。
裕の服装はどう見ても貴族のものではない。格式的には、せいぜいが中流の平民の子どもだろう。それが伯爵のメダルを下げていれば訝しむのは当然だ。
「突然の来訪お許しください。破壊された街の復興をこちらはどのように進めているのか、参考にさせて頂ければと思い参った次第でございます。」
現場の責任者と情報交換ができれば良い、くらいに考えていたと正直に話し、まさか公爵本人が来ているとは思わず、無礼な来訪となってしまったと釈明する。
「なるほど。承知した。」
それ以上咎めることも追い返そうとすることも無く、騎士たちは馬車の中に声を掛けて取り次ぐと、ゲフェリ公爵はすぐに出てきた。
「おお、ヨシノ。相変わらず其方は汚い服装をしておるな。」
この公爵は顔を合わせるなりこれである。公爵らしからぬ軽さである。
「着飾っている余裕が無いのですよ。エルンディナ様は帰るお城がありますけど、私には無いのですよ。」
「邸なら王都にもあるではないか。」
「あんなところにいたら何もできませんよ。エルンディナ様だってここまで来ていらっしゃるじゃないですか!」
「理屈だな。そんなことより何用だ?」
公爵は自分からどうでもいい話を振っておいて、突然真面目な話に切り替える。
「町の復興をどう進めるか途方に暮れているんですよ。こちらはどうしているのか、参考になることがあればと、来てみた次第です。」
「ほう。それで何か参考になることはあったか?」
「いえ、エルンディナ様が来ていると伺ったものでまずこちらに。」
「なるほど。そちらはどう進めている?」
現在は遺体の埋葬を進め、それとともに来客者が泊まれるような宿を建設しているという状況を伝える。それ以後の予定は決まっていない。途方に暮れていると言うのは、適当に言い繕ったわけではないのだ。
「宿を建設している? そんな技術者をいつのまに確保した? 第一、建材をどう調達したのだ?」
「建材の石は魔法で作りました。土属性の魔法に、建材とするのに丁度良い石を作れるものがあるのです。」
「魔法で……?」
ゲフェリ公爵は目を剥き、従者たちを顔を見合わせる。
「そんな魔法など聞いたことがないぞ。」
「土属性の魔法は農民が使うものですからね。あまり知られていないのでしょう。」
「何故そんなものを其方は知っている?」
「そ、それは秘密です……」
公爵の追及に裕は目を宙に泳がせる。何も考えずにぽんぽんと喋ってしまうのは裕の悪い癖だろう。魔導書の存在を秘密にしたいなら、そんなことを言うべきではないのだ。
「まあ良い。其方に貸している騎士や文官に聞いてみよう。」
「しまったああっ!」
裕は騎士たちに余すところなく力を見せている。それを全て報告されたら、追及を逃れる術はないだろう。
「魔導について書かれた本があるのですよ。」
「それをどうやって手に入れた?」
「以前に倒した不死魔導士の研究所から。この国ではなくササブレン王国にいた頃の話です。」
入手時期はともかく、地域に関して嘘はない。公爵もそれ以上の追及はせずに大きく嘆息する。
「で、その魔法は其方が使えるのか?」
「いえ、私ではなく、子どもたちに何名か使える者がいます。」
「何名か……? 一人でいい、貸してもらえぬか? 建材の買い付けが必要ないとなれば計画は相当に変わる。」
そりゃあそうだろう。石材を発注しても、納品まで時間がかかる。何十トン、百トンと運べば運送費だってバカにならない。
それが現場で魔法一発で済んでしまうとなれば、魔導士への報酬だけで済む。時間も金額も何十分の一にもなるだろう。
「構いません。何なら、術を教えても良いですよ。その代わりと言ってはなんですが、建築技術者をご紹介いただけないでしょうか。平民が住むような家ならばともかく、領主や貴族に相応しい邸や城など、私には建てられません。」
城を建てたことはないが、建築の技術者を一人派遣するということで話が付く。
そして、もう一つ、裕は思い付きだけで提案する。
「街道を整備することは検討できませんか? ゲフェリ領都からこちらまで馬車の便を作れば、途中の町の活性化にもつながると思うのです。」
【エナギラ伯爵】
主人公。好野裕であり、ヨシノ・エナギラである。
【ボッシュハ伯爵】
裕とエレアーネが居を構えていたボッシュハ領を治める領主。40歳の女性。
【エルンディナ・ゲフェリ公爵】
誕生日が来たので年齢は33になった。三児の父。型破りでやたらと軽い部分があるが、それでも公爵。
【ニトーヘン】
六本足の自立走行ゴーレム。休憩なしに走り続けることができ、重力遮断がなくても巡航速度は時速二十キロを超える。
裕が「ニトーヘンサンカクケイ」と言っていたところ、三角形が省略されてニトーヘンと呼ばれるようになった。もともとそんな名称が付いていたわけではない。
次回、『公爵の来訪』
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