第18話 春がくる前に
長い冬も終わりを告げる日がやってくる。
四月にもなれば、あたたかな日も増え、積もった雪も徐々に減っていく。
「さて、春になる前にやっておくことがいくつかあります。」
まず、牙牛の肉が解けてしまう前に処理してしまわなければならない。
商人や貴族たちがやってくる前に、宿を作っておかなければならないし、他の町の状況把握と遺物・遺産の回収も進めなければならない。
やるべきことに対して、人手が足りなさすぎる。
「そこで私は考えました。一生懸命考えたのです!」
裕の結論は、ゴーレムを作る、ということだった。
「でもヨシノって、邪属性の魔法結局使えなかったんだよね? 他に使える人もいないよ?」
エレアーネは遠慮なくツッコミを入れる。だが、裕は自信満々だ。
「使える方法があるんです。何故こんな簡単なことに気付かなかったのか……。」
魔法は、一人で使わなければならない、という決まりはない。竜退治の際に、魔導士隊が複数人で第十二級の魔法を行使していたのは裕は見ている。
そして、魔石から魔力を取り出して魔法行使の足しにすることもできる。
「魔石から魔力を取り出す? どうすればそんなことができるのですか?」
「簡単です。」
裕は伯爵位とともに授かった杯を取り出す。いや、これは旧コギシュ伯の方か。
その中に魔石を入れると、魔力が溢れ出てくる。裕は急ぎ魔法陣を描き短く詠唱をすると、今まで何をどう頑張ってもできなかった魔法が発現した。
「出でよ、ゴーレム!」
高らかな叫びと共に、六本足の異形が地面から立ち上がる。背の高さは一・三メートルほどあり、裕より大きい。上から見れば二等辺三角形の板から、ロボットのような足が生えているような奇妙な形状だ。
「なにこれ。」
「ここに魔石を取り付けます。魔力を流せば動かせるようになるはずです。」
三角形先端に魔石を嵌め込み、そこからエレアーネに魔力を通させる。魔石を作ったのがエレアーネなので、僅かな魔力で動くはずなのだ。
「さあ、エレアーネ乗ってみてください。」
ダサい形状に引き気味のエレアーネの手を引っ張ってゴーレムに乗せると、動かしてみるように命じる。
「どうやって動かすの?」
「念じれば動きませんか? 言葉にした方が良いかもしれません。」
エレアーネは「歩け」と言ってみるとゴーレムはゆっくりと歩きだした。走ったりジャンプしたりも問題なくできるようである。
「我々もこれに乗れと……」
見ていた騎士たちの顔色は悪い。何をどう見てもダサイのだ。格好良さのかけらも感じられないデザインである。
「何が嫌なのですか。」
「お尻が冷たいし、痛くなるよ。」
横からエレアーネの真っ当なツッコミが入る。まあ、石製なのだから、当然だろう。
「座布団は作りましょうか……」
ゴーレムを量産したことで、作業はどんどん進んでいく。
今までに作った魔石を全て消費してしまったが、魔力はそのうち再充填しておけば良い。
二等辺三角形の走る速さはかなり早く、時速にすると三十キロくらいにはなる。しかも休みを必要としない上に、荷物の運搬性能も高い。
森への行き来だけではなく、近隣の町への往復が容易にできるようになった。六十キロの道を二時間で走破するのだ。壊滅した町の調査も日帰りで行ける。
ただし、欠点もある。
最大の難点は、寒いことだ。
乗っている者は運動もせず、寒風のなか、ただ座っているだけなのだから、メチャメチャ寒いに決まっている。
作ったゴーレムは二等辺三角形だけではない。
土木・建築作業用ロボットも作成されている。といっても多足歩行型大型マニピュレーターではない。
『ドカタ』と呼称されるそれは、石のブロックを運び、積み上げることができる力持ちだ。
一個三百キロ以上もある石のブロックを人の手で持ち上げるのは容易ではない。というか、滑車もなしに積み上げて家を作るのは、どう考えても無理がある。
だが、ゴーレムは易々と持ち上げて作業を進めていくことができる。
三機のゴーレムを操るのは文官の一人デシャモニだ。貴族も泊まれる宿ということで、設計から施工まで任されてしまったのだ。
部下たちに仕事を割り振り、裕は一人ボッシュハへと向かう。
理由は一つ。塩が尽きそうなのだ。
当然である。トン単位の肉を処理すれば、塩もそれなりに使う。ベーコンやハムは大量に出来上がっているが、その分だけ塩が減っている。
数十キロあった岩塩も、残り数キロほどしかないのだ。
裕の進むスピードは強烈に速い。
ニトーヘンに重力遮断をかけ、時速にして五十キロ以上のスピードで駆け抜けて行く。ゴーレムは重量があるため、トップスピードに至るまでに少々時間がかかるが、一度スピードさえ出てしまえば森の上を凄まじいスピードで走っていくのだ。
寒い寒いと毛布にグルグル巻きになって震えている間にゲフェリ領都に着いてしまう。畑を通っていく街道の途中で毛布から出て、炎熱召喚魔法で暖を取りながら門に向かう。
「待て!」
「止まれ! 何者だ!」
門を守る衛兵が裕を取り囲む。
見るからに怪しげな物体に乗る裕を素通りさせるわけが無い。
「私はヨシノ・エナギラ。お腹が空いたので昼食を買いに立ち寄っただけです。」
裕は左胸につけた伯爵のメダルを示すが、言っている内容が貴族のものではない。
「エナギラ伯爵様……? 今すぐ公爵閣下に連絡を!」
「そんなことしなくて良いです!」
怪訝な表情をしながらも上に取り次ごうとする衛兵に、裕は慌てて待ったをかける。
「私は食事をしたいだけなのです。今は道を急がねばなりません。」
王都に急ぐのだと適当に誤魔化して門衛をやりすごす。
食事と言っても、広場の屋台で適当にパンやドライフルーツを買うくらいなのだが。
広場にはまだ雪が残り、屋台はまだ疎らだ。それでもパン屋は幾つか出ている。よほど需要があるのだろう。
肉を売っている店もあるが、野菜や果物はほとんどない。そもそもこの時期では青果など入荷しないのだろう。
昼に食べる分だけを買うと、速やかに町を出て南を目指す。あまりのんびりしている余裕はない。
いくら仕事の大部分を部下たちに任せられるようになったと言っても、裕がいなければできない仕事もあるのだ。あまり留守にしているわけにもいかない。
王都に立ち寄る予定はない。王族直轄領を真っ直ぐに南下し、ウジニヒ領へと入ると小さな町で宿を取る。一日で五百キロ以上を走破し、ボッシュハ領はもう目前である。
翌日、昼前にはボッシュハ領都、アライへと入る。
身分を示すものが商業組合の組合員証から爵位を示すメダルへと変わってはいるが、街門を守る兵士たちは裕の顔は覚えている。
「ヨシノ……エナギラ伯爵様、いったい何故こちらに?」
「春のご挨拶まわりですよ。」
本当に裕は適当なことを言う。だが、ここの兵士たちは裕という人物を知っている。
苦笑いをしながらも普通に町の中に入れてくれた。そして、裕はその足でそのまま領主邸へと向かう。
「商人あらため、伯爵のヨシノ・エナギラでございます。特に約束は無いのだが、ボッシュハ伯にお会いしたい。」
いきなりの来訪だが門前払いされることもなく、待合室で待っていると邸へと案内された。
「これはボッシュハ伯への手土産なのですが、どうすれば良いでしょうか?」
「内容をお伺いしても?」
「ベーコンです。エナギラで冬に獲れる脂ののった上物ですよ。」
裕が木箱を開けてみせると、本当にただのベーコンが山と入っている。
「お預かりします。」
衛兵が木箱を運んでいき、裕は応接室に通される。
「お久しゅうございます。ボッシュハ伯。」
「ああ、エナギラ伯においても元気そうで何よりだ。」
冬の間中、領内に籠りきりで王都に顔も出さず、心配していたらしい。
「そんなどころじゃないですよ。前領主の遺品回収もようやく目途がたってきたくらいです。」
「遺品の回収?」
「亡骸を埋葬しないわけにもいかないですし、貴族の証は回収して陛下にお返しせねばならないでしょう。誰かに持ち去られて悪用されても困ります。」
「それはそうだが、そんなに時間がかかるものか?」
状況がよく分かっていないのか、ボッシュハ伯は首を傾げる。
「瓦礫の下から掘り起こすのですよ。そんな簡単に進む作業ではありません。」
建物のほぼすべてが瓦礫と化し、生存者はない。未だ瓦礫の下に埋もれている遺体も数知れずある。
裕がこの冬をどう過ごしていたのかをかいつまんで説明すると、ボッシュハ伯爵は大きなため息を吐く。
「本当に、よく無事に冬を越せたな。」
「浮浪児は住む家もなく冬を越すのですよ? そちらの方が私には驚きです。」
お茶を飲み、一息ついたところでドアがノックされた。
「どうした?」
「エナギラ伯にお持ちいただいたベーコンが焼けました。」
ワゴンを押す女中が部屋に入り、その蓋を開けると、馥郁たる香りが広がる。
「ベーコン?」
「我が領で冬に獲れる獣をベーコンにしたものです。とても美味でございますよ。」
裕は自分の前に切り分けられた一かけらを口へと運ぶ。それを見て、ボッシュハ伯爵も一切れを口にする。
ほどよく脂がのった肉に塩と燻製の薫りが加わり、濃厚な味わいが口の中に広がる。塩も強すぎず弱すぎず効いていて、時折、香辛料が舌に刺激を加える。
「料理人を連れていくという話は聞いていないぞ?」
満足そうに嚥下した伯爵は、片眉を上げて返せと言わんばかりにテーブル越しに詰め寄る。
「これは私が自分の手で作ったものですよ。」
「なんだと⁉」
貴族の常識では、自ら調理や食品加工をするなどありえない。
裕が秋までは平民だったことを知ってはいるが、商人がそこまでできるとは思っていなかったようだ。
【エナギラ伯爵】
主人公。好野裕であり、ヨシノ・エナギラである。
【エレアーネ】
裕の弟子(?)のチート女子。現在11歳。単純な戦闘能力では既に裕を上回っているが、当人は裕の方が上だと思っている。
【ボッシュハ伯爵】
裕とエレアーネが居を構えていたボッシュハ領を治める領主。40歳の女性。
【ニトーヘン】
六本足の自立走行ゴーレム。休憩なしに走り続けることができ、重力遮断がなくても巡航速度は時速二十キロを超える。
裕が「ニトーヘンサンカクケイ」と言っていたところ、三角形が省略されてニトーヘンと呼ばれるようになった。もともとそんな名称が付いていたわけではない。
次回、『領主会談』
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