第17話 研究
今までに作った低品質の魔石は全て砕いて、魔石作り用の鉢の材料にしてしまう。
一個で銀貨一枚にはなると言われていた魔石を粉々にされて、頑張って作っていた子どもたちは涙目になっていたが、新しい鉢で作る魔石は今までより明らかに高品質のものが作れるようになっていた。
しかし、それも無情に粉々にされる。
魔石作りの道具は、段階を踏んでグレードアップしていくしかないのだ。魔石を材料に、より高品質の魔石を作るための道具を作る。
グレードアップを五回も繰り返し、牙牛のウロコや牙を材料に魔石を作ると、美しい輝きを放つものが出来上がった。
これならば、市場で高級品として取り扱われるだろう。最低でも一個で銀貨数十枚、うまくいけば、金貨一枚を超えるかもしれない。
「金貨⁉」
「そうですよ。私が作りたかったのはこのクラスの魔石です。」
その金額を聞いて、子どもたちは慌てて後ずさる。浮浪児のほとんどは、銅貨の範囲でしか稼いだことがない。銀貨を受け取ることもめったになく、金貨など手にしたことがある者はない。
エレアーネはできあがった魔石を平然と手に取り小箱に入れていくが、他の子たちが慣れるまでは少し時間が掛かりそうである。
そして、裕は裕で、ワケの分からない魔法の実験を繰り返していた。
魔法陣を扱えない裕が使えるのは、重力遮断と炎熱召喚、そして洗濯魔法という三つだけだ。
裕としては、どうにかしてこれを増やしたいのだ。
「重力場が遮断できるなら、他の場も遮断できるはず……」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、他にできることがないかと考える。
すぐに思いつくのは電場遮断、磁場遮断、そして電磁場遮断だ。
「電磁場遮断、百パーセント。」
裕の目の前に鏡の玉が出現した。
「へ?」
一瞬、何故そんなことになったのか分からず、裕は間抜けな声を上げる。
電磁場を遮断すれば電磁波、つまり光は通過できず、黒く見える。
裕はなんとなくそう考えていたが、そんなことがあるはずはない。透過光がゼロになるからといって、反射光が消え去るなんて話はない。
電磁場が遮断され、透過できない光は一体どうなるのか。
答えは、全反射する。物理的には、屈折率が一の物質から、屈折率ゼロの物質に光が入射すると考えれば良いだろう。
というか、裕はそのように解釈した。
電磁場遮断すると真っ黒になる、と勝手に思い込んで「役に立たない」と決めつけていたのだが、全く想定外の結果になり、裕は頭を抱える。
そして、もう一つのことにも気付いていた。
電場遮断すれば、雷魔法は完全に防ぐことができるはずだ。つまり、この町を滅ぼした竜で、恐れるべきは物理攻撃だけだったのだ。
「場、場、場……。古典論で場って重力と電磁気以外にあったっけ……?」
なお、裕は量子論についてはあまり詳しくはない。そもそも裕は、量子論がこの世界で成立するのか怪しいと思っている。
「そうですよ。理論的には永久機関を作れるんですから、地球の物理法則なんて関係ないに決まってるでしょう。というか、作ろう! すぐ作ろう!」
理屈としてはとても簡単だ。
大きな円盤を用意して、垂直に立てる。
その円盤の左半分だけを覆うように重力を遮断すれば、右側だけに重力がかかり、時計回りに回転する。
円盤がどれだけ回転しようとも、左半分は無重力で右半分にだけ重力がかかっていれば、魔法が継続している間はずっと力を取り出し続けることができる。
一年以上も前に思いついておきながら、すっかり忘れていたのだ。
早速、作ってみる。と言っても作るのはエレアーネだ。
木の棒を水平に渡し、そこで岩石生成魔法を使う。それだけで木の棒が中央に通った石のブロックができあがる。
早速重力を遮断してみると、ブロックはゆっくりと回転を始める。
「おお、成功です。これをどう応用しましょうかね。」
そんなことをのんびり考えているうちに物凄い勢いで回り始めた。
「危ない! 離れて離れて! ぎゃああああああああ!」
裕は肝心なところで抜けている。
重力遮断を解除したところで、高速回転するブロックを止める手段はない。
軸の棒が支えから落ちて盛大に跳ねまわるブロックをエレアーネの光の盾が覆うが、ブロックはそれを突き破って出てこようと暴れる。
「何これえええええ!」
エネルギーを与えすぎである。石のブロックは一つで重量が三百キロを超えるのだ。それが分間一千回転とかしていれば、それなりのエネルギーになる。
空中に逃げた上で光の盾で抑え込もうとするが、ブロックが止まるまでに数十秒を要する結果となった。
永久機関の恐ろしいところは、力が継続的に取り出され続けることである。そして、生産されるエネルギーを消費し続けなければ、容易に暴走する。
試してみるのは良いのだが、考えが安易すぎだ。
というか、もっと小型のものでテストするべきなのだ。分間一千回転にもなれば、一キロのものでも素手で止めようとすれば怪我をしかねない。
「大失敗です……」
前言を撤回し、裕は膝を付き項垂れる。
制御に難がありすぎるということで、永久機関の研究は後回しにすることにした。
ブレーキ装置などを作る鍛冶職人がいなければ話にならない、という結論だ。
そして、裕は再び考える。
電磁波を遮断、あるいは召喚することはできている。そして重力を遮断することはできている。
ならば、重力波召喚はできるのではないのか、と。
「重力波ってなんですか?」
とりあえず試してみるが、何も起きない。裕は「失敗か?」と首を傾げるが、実はちゃんと成功している。もたらす影響が小さすぎて、裕が認識できなかっただけだ。
それを失敗と言うのだといえばそれまでなのだが。
何日か実験を重ねて、得られた収穫は、新魔法『レーザー』だ。
これは、厨二的な発想で付けられただけのギガレーザーとは違う。
電磁波遮断により全反射を繰り返して収束され、レーザー光としての特性を十分に持つこの魔法は、たしかにレーザーと呼称するに値するだろう。
赤外線レーザーを試し撃ちしたところ、数百メートル先の木片に着火することはできた。出力を調整すれば、かなりの威力を持たせることができると思われる。
何より、その射程距離は絶大だ。相手のサイズにもよるが、索敵範囲の外側からの攻撃すら可能になる。
しかも、攻撃の速度は文字通り光速である。躱しようがない攻撃の恐怖は、裕はよく知っている。
そして、最も重大な発見は、エレアーネの素朴な疑問から始まった。
「魔石って何に使うの?」
「魔法道具に組み込んで使うらしいですよ。ほら、ランプとか船の風を起こすやつとか。エレアーネの杖にだって付けているじゃないですか。」
自分で言いながら気付いた裕は、ぽんと手を打つ。
「使い方ちがいますねそれ。蓄えていた魔力を何らかの形で使う作用と、魔法を増幅する作用の二つがあるということですか。」
魔石にはそれぞれ属性がある。基本的には魔法の属性と同じで、火属性ならば魔法道具で火の魔法をとりだしたり、火の魔法そのものを強化する作用がある。
込められる魔力の属性は、作る人に依存するようで、エレアーネが作ると橙色の水属性になる。聖属性を意識することで桃色の魔石も作れるが、結構大変らしい。
「じゃあ、明かりの魔法を使いながら作ったらどうなるのですか?」
意識すれば属性を選べるならば、原初魔法を意識した場合はどうなるのか。裕としては当然の疑問だ。
試した結果としては、魔力が尽きるまで延々と光り続ける魔石が出来上がった。
「なんでそうなるのですか!」
予測を完全に裏切る結果となり、裕はやり場のない怒りに声を荒らげる。
火や水の属性の魔法は、必要に応じて魔力を取り出せているのだ。
裕は、明かりの魔法を込めてもそうなるのだと信じていた。蓄積した魔力が垂れ流されるとは、想定外も甚だしいというものだ。
【エナギラ伯爵】
主人公。好野裕であり、ヨシノ・エナギラである。
【エレアーネ】
裕の弟子(?)のチート女子。現在11歳。単純な戦闘能力では既に裕を上回っているが、当人は裕の方が上だと思っている。
次回、『春がくる前に』
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