第16話 お肉! お肉!
「撃て!」
裕の合図と同時に、エレアーネの第三級炎の槍が魔物たちに襲い掛かる。一瞬の間を置いて、裕の騎士たちも火魔法を次々と叩き込んでいく。
「ノンセドゥ、盾を!」
盾が大量に並べられていく中、視界が白に染まる。牙牛の放った猛吹雪が周囲を白で埋め尽くす。
「マナイヒロ、風を。吹雪と正面からぶつかるのではなく、左から右に当てて逸らしてしまえばいいです。」
慌てず騒がず、裕は冷静に指示を出す。牙牛が場所を移動していないことは、裕は自信を持って認識している。醜い子熊も動き回っている気配を感じない。
そして、マナイヒロの放った第三級の風魔法が吹雪を押し流す。と、同時にエレアーネも二発目の火魔法を叩き込む。
念のためと、既に動かなくなっているものにも炎が降り注ぎ、焼き払っていく。
そして、火魔法を使える全員の集中砲火が牙牛の顔面を焼いていく。
炎から逃れようと横に避けたり伏せてみたりと暴れるが、炎はしつこく牙牛の視界を覆い尽くすように投げつけられていく。
その間に光の盾を解除させ、裕は一人牙牛の横から回り込んでいく。
そして。
「南無阿弥陀仏!」
裕は牙牛の背の上に立ち、合掌する。とたんに、魔物は動きを鈍くし、頭がだらりと下がる。
好機とばかりに騎士たちも飛び出し、隊列を組んで魔物の足へと切りかかっていく。
そして、エレアーネは自身の持つ最大最強の攻撃魔法の詠唱を開始する。
第六級の詠唱はかなり長く、戦闘中にそう簡単に使えるものではない。敵を足止めする強力な前衛の存在は必須だ。
だが、裕が足止めに回っていれば、エレアーネは安心して長々と詠唱をする。
そして数十秒後。エレアーネの水の槍は狙い違わず魔物の口の中から、頭部を吹き飛ばした。
「この程度、余裕ですね。竜より簡単です。」
余裕綽々の態度を崩すことなく、裕は倒れ込む魔物の背からおりて勝利宣言する。
「そんなことよりも、問題はあれの肉が美味しいかです。」
裕は山刀を抜くと牙牛の首に切りつける。だが、あっさりとはじき返されてしまった。切れた毛が風に飛んでいくがそれだけだ。
ならば直接刃を立ててやらんと、裕は毛を掻き分けていき顔を曇らせる。
「ウロコ持ちですか。」
毛むくじゃらの姿ということで期待していたのだが、なんと、牙牛の毛はウロコから生えているのだ。そして、陸棲のウロコ持ちは不味いというのが定評なのだ。
期待値は大きく下がってしまったが、隙間にナイフをねじ込んでウロコを剥ぎ取り、皮を切り裂いていく。
傷口から濃厚な臭いを放つ血が溢れ出てくるが、耐え難い臭いということはない。どんな生き物でも、血の臭いはそれなりに生臭いものだ。
「ボフズエック様、ここからバッサリいけますか。」
「承知。」
声を掛けられた騎士が槍を振ると、裕の付けた傷口が大きく、深く抉れる。そこから溢れる血は留まるところを知らない。
「しばらくこのままおいて、血抜きをしてしまいましょう。」
裕がそうしているうちに、醜い子熊を処理していたエレアーネと春風は微妙な顔をしながら肉を咀嚼する。
「そっちはどうですか?」
「美味しくはない。」
「けど、食べられるだろ?」
簡単に言うと、浮浪児たちは普通に食べるが、貴族に出すような肉ではないらしい。浮浪児は毒でなければ何でも食べる。美味しいか不味いかは問題ではなく、栄養になるか毒なのかが判断基準だ。
毎年、それくらい苛酷な冬を過ごしているのだ。
味を気にするようになっているエレアーネは、もう浮浪児の感覚からはズレてきている。
そして裕は、魔物の肩に上り、ウロコを毟って皮を抉る。
「何ですかコレは!」
皮の下には十センチほどの厚さの皮下脂肪があり、それを抉り取って、ようやく肉が露出する。その肉をナイフで小さく切り取り、炎熱召喚魔法で焼いていく。
赤外線で炙られた肩ロース肉は、ジュワジュワと脂が滴り、なかなか美味しそうである。
裏表返しながらじっくり焼き、中まで火が通った頃合いで口にいれる。
「美味しいですよ! これは美味しいです!」
裕がもぐもぐしながら上ずった声を上げると、エレアーネは待ちきれないと裕の所まで駆け上がっていく。そして、裕のナイフから肉を一口齧り、幸せそうな笑みを浮かべる。
「持って帰りますよ! 絶対これは持って帰ります!」
「春風もこっち手伝って。その汚いのはいらない。」
味でも量でも牙牛の方がはるかに上だ。醜い子熊は無視して牙牛の腹を裂いて内臓を取り出していく。魔物の内臓は毒があるものが多いと言われており、裕やエレアーネもそこで冒険しようとはしない。
血塗れになりながら処理を完了し、裕たちは重力遮断で浮かせた牙牛を押して帰っていく。
騎士の案内で近くの村に立ち寄り、退治完了したと報告していく。この村は牙牛を倒した場所から三キロほどしか離れていない。
「こんな近くに人里があったのですね。」
と裕は言うが、だから領主にまで退治の要請が行くのだ。ハンターで処理されないのは、単に、倒せるハンターがいないからだ。
三級や四級のハンターが集まれば、冬将軍を倒すことは不可能ではないだろう。だが、勝率は五十パーセントもないだろうし、犠牲を出さずにというのは無理な話だ。
犠牲なく勝利するには一級や二級の上級と言われるハンターが必要とされている。だが、こんな田舎に一級や二級のハンターなどいないのだ。
男爵邸に戻り一晩休むと、裕たちは領都へと向かう。
往路は馬で急いで向かったが、帰りは巨大な荷物がある。重力遮断で浮かせた牙牛を裕とエレアーネ、そして春風の全員で押していく。
初速こそ遅いものの、トップスピードは時速八キロくらいになる。馬の並歩よりは速いのだ。
途中、泊まる男爵邸で足を一本ずつプレゼントしていき、肉はどんどん小さくなっていく。その度にエレアーネは悲しそうな顔をするが、それでも肩肉やバラ肉は大量に残っている。数百キロ、という単位ではない。まだ肉だけで三トン近くは残っているはずだ。これでも食べきれる量じゃない。
「帰りましたよー!」
牙牛を押しながら帰ってきた裕たちを騎士と子どもたちが迎える。
「これが冬将軍でございますか?」
「ええ、結構美味しいですよ。」
肉を雪面に下ろしてやると、子どもたちは大急ぎでナイフや籠などを取りに家に戻る。それからはみんなで解体作業だ。肉が完全に凍っているので少々苦労するが、そこは炎熱召喚の練習でもある。適度に解かしながら皮を剥ぎ、脂肪と赤身肉を分け、骨から肉をはずしていく。
祝勝会、ということで夕食は牙牛肉のステーキだ。調理方法は簡単、一センチほどの厚さに切った肉を鉄板の上で焼き、塩と香辛料をかけるだけだ。
脂がのった肉は独特の旨味と歯ごたえをもち、牛のステーキとはまた違った味わいだ。岩塩と香辛料だけ、というシンプルな味付けが、その旨味を上手く引き出している。
初めて作ったわりに、上等な出来栄えだ。
「なかなかに美味ではありませんか。」
「うむ。硬すぎず柔らかすぎず適度な歯ごたえといい、口にいれたときに広がる脂の味わいといい、城で食べる肉と比べても、何の遜色もありませんね。」
「明日はシチューにしてみますよ。それと、ベーコンも作ってみます。」
「それは楽しみでございますね!」
貴族たちも、久しぶりの上等な肉にご満悦だ。
文句を言っても仕方がないと諦めていたが、彼らも平民の料理には少々飽きてきている。裕は多彩な調理法を知ってはいるが、どうしても材料が不足しているのだ。そう多くの料理は作れない。
豆を使って味噌の作成にも挑戦しているが、完成するのはもう少し先の予定だ。
これが完成すれば食事情も少しは変わるだろう。
尚、醤やその手の発酵食品は普通にある。その辺の裕の知識は特別でもなんでもない。
商業の発達している公爵の領都では多くの食料品も集まってくる。当然に、豊かな食文化も形成されているのだ。
裕の下に貸し出されている貴族たちの出身地はそういったところなのだ。
【エナギラ伯爵】
主人公。好野裕であり、ヨシノ・エナギラである。
【エレアーネ】
裕の弟子(?)のチート女子。現在11歳。単純な戦闘能力では既に裕を上回っているが、当人は裕の方が上だと思っている。
【マナイヒロ】
ハンターパーティー『春風』のリーダー。現在11歳。
【ノンセドゥ】
ハンターパーティー『春風』の一人。光の盾しか使えない。現在7歳。
【ボフズエック】
ゼレシノル公爵から裕に貸し出された騎士の一人。現在25歳。
次回、『研究』
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