第15話 冬将軍
雪どけまで畑での仕事はできないし、森で採れるものもほとんどない。
できる仕事も大幅に減り、その代わりに魔法や槍の訓練が始まった。
騎士たちは馬の世話に訓練と、格式はともかく、平時の生活パターンとそれほど大きな違いはない生活に戻る。
文官たちも被害の状況の報告書をまとめたり、復興の計画について練ったりと、本来あるべき仕事が増えてきている。
木工職人と樵は相変わらずベッドを作り続けているが、子どもたちは幾つかの仕事を与えられている。
瓦礫の下から掘り出してきた毛糸を編んで衣服を作る者や、木の枝を編んで籠を作る者。そして、食事を作る者。
麺と粥しかないのは嫌だと、突如キレた裕によってパンやピザを焼くための窯が作られて、料理の幅は広がっている。
子どもたちに仕事を教えているのは全て裕なのだが、貴族たちもそろそろ諦めている。「伯爵が浮浪児と直接話をするものではない」なんて言っていたら、生活が成り立たないのだ。
というか、彼らの食事もその浮浪児が作っているのだ。
文官たちは料理などしたことがないし、騎士が作れるのは簡単なスープ程度だ。パンの焼き方なんて知らないし、麺の打ち方も知らない。
ちなみに、裕の打つ麺は『うどん』だ。イタリアンなパスタなどではない。
そして、エレアーネは魔石作りに精を出す。
必要な道具も材料も、全部持ってきている。高級なものは無理だが、低級のものは量産できる。
本来はこれをのんびりとやっていく予定だったのが、随分と変わってしまったものである。
雪が深くなってきたある日、二人の騎士が「伯爵様に至急の報がある」とやってきた。
「なにかあったのですか?」
「モレビアに冬将軍が出現しました。」
「冬将軍? 何ですかそれは。」
聞きなれない単語に裕は眉を顰めて聞き返す。だが、二名の騎士は息を呑み顔色を青くするばかりだ。
「冬将軍とは厄介ですね。我がモビアネでも毎年、騎士団総出で退治に向かう冬の魔物です。エナギラにも出るのですか……」
モビアネ領からきた文官が眉間に皺を寄せ、説明する。
「魔物なら退治してきましょう。騎士団で倒せるなら竜よりは弱いのでしょう? ならば、私とエレアーネ、それに春風がいれば問題ありません。すぐに出発の用意を整えます。」
馬に馬具が着けられ、四人の騎士が出発の準備を整える。同行するのはゼレシノル領とモビアネ領からきた四人だ。それ以外は冬将軍退治の経験が無いため、今回は留守番である。
この拠点を無防備にしておくわけにもいかない。
裕にエレアーネ、そして『春風』と主力が抜けることに不安が広がるが、それでも騎士六人は残るし、他の浮浪児たちも魔法を覚えてきている。
何より、暖かい家の中で休むこともできるし、今までの越冬とは状況は全然違う。
「退治したらすぐに戻ってきますよ。」
「冬将軍のお肉食べられそうだったら持って帰ってくるね。」
裕もエレアーネも、自信満々である。負ける気どころか、苦戦する気もこれっぽちもない。エレアーネに至っては「お肉、お肉」と目を輝かせる始末だ。
「た、食べるのですか?」
「食べられないの?」
騎士の言葉に、エレアーネは悲しそうな顔を向ける。
「いえ、魔物の肉を食べることはあまり考えたことがなく……」
「食べられる魔物もいますよ。貴族の食卓に並ぶものかは存じませんが、平民は食しています。」
今まで倒した魔物を食材として持ち帰ったことはないらしく、騎士たちは新鮮な驚きに両眉を上げる。
使いの二人について四人の騎士と裕とエレアーネが馬を駆る。春風の七人はは騎士とエレアーネの後ろに乗せてもらっている。
体格の都合上、裕は一人だ。さすがに六歳児の体格で、後ろに人を乗せることはできない。
尚、エレアーネは裕と一緒に馬術の練習をしてきている。
裕が以前からあからさまにエレアーネを特別扱いしていることに貴族たちは不満の目を向けていたのだが、領主のお抱えの魔導士としての実力があるのだと分かってからは、そういったこともなくなっていた。
現在の騎士たちからの評価は『王宮魔導士隊に匹敵する』とまでなっているなのだ。
冬将軍が出たのは、領内でも最北の山間部らしい。
エレアーネを先頭に魔導杖を振り振り、第三級の風魔法をブッ放して雪を吹き飛ばしながら進み、途中の町で二泊してモレビアへと入る。
途中の休憩では光の盾でドームを作って休憩するデタラメっぷりに、伝令役の騎士二人は呆れ顔をするが、裕についてきた騎士たちはそろそろ慣れてきたらしい。普通に馬を撫でたり、伸びをして体をほぐしたりと、当然のように過ごすようになっている。
「さて、それで冬将軍とやらはどこですか?」
「あの山の、あの白いところです。」
指された方を見ると、確かに山の中腹が不自然に白くなっている。
冬将軍と呼ばれる魔物には種類が幾つがあるが、そのいずれも吹雪を呼び、姿を覆い隠すのだという。
「あそこなら、馬は置いていった方が良さそうですかね。」
「無茶でございます! 馬がなくては冬将軍と戦うことなど!」
「私は魔導士です。騎士とは戦い方が違うのです。この者たちもね。」
念のために解説しておくと、裕が騎士たちとは明確に異なる戦い方をするのは『魔導士だから』ではない。空中戦を得意とするからだ。
そして、空中戦を行えるのは、少なくともこの国では裕たち以外には存在していない。
男爵や騎士たちが止めるのも聞かず、裕は山へと向かって走っていく。それをエレアーネが追い越していき、光の道を宙へと伸ばしていく。
足下が不安定な雪の上など走っていられない。裕の騎士たちも騎馬でその後ろを着いていく。
光の盾の使い手は増えている。『春風』の最年少の二人、トギエイジとノンセドゥも第一級光の盾は問題なく使えるようになっている。というか、浮浪児の中で使えるようになったのはこの二人だけなのだが。
尚、騎士の使い手は二人、こちらは留守番組だ。
道の作成を交代でやっていけば、魔力や体力の負担もそう心配するほどのことはない。
障害物のない道を一直線に進んでいくのだ。五キロほどの距離は一人九回ずつの魔法行使で行ける。
魔物から一キロほど離れた地点で一度下りて休憩にする。
裕やエレアーネは何の問題もなく引き続き戦闘に入っていけるが、『春風』の二人と、男爵の騎士数名は息が上がっている。
「ほれ、食べなさい。」
裕は一口大の菓子を二人に放り投げる。
水飴に砕いたナッツを混ぜ込んだものをオブラートで包んだだけの簡単なお菓子だ。これは別に裕のオリジナルでもなんでもない。そこらの屋台でも売っている代物だ。
甘く美味しく、食べると元気が出る。
「我々にはないのですか?」
「あなたたちは馬に乗ってついてきただけでしょう⁉ 頑張って光の道を作ったご褒美ですよ!」
物欲しそうな顔で騎士が寄ってくるが、裕は一喝して下がらせる。
そして、エレアーネが寄ってくるのだった。
「私の分は?」
「仕方がないですねえ。」
溜息を吐きながらも、袋から菓子を一個取り出して、エレアーネに放ってやる。満面の笑みでお菓子を食べるエレアーネは無邪気な子どもにしか見えない。
「で、エレアーネ。あれ、見えますか?」
「うーん、よく分かんないな。」
エレアーネの視力でも吹雪の壁は見通すことができないようだ。とりあえず、風魔法で吹雪を抑えながら近づき、火魔法をどんどん撃っていこうという単純な作戦でいくことにする。
「そんな簡単にいくものではございません!」
と騎士は言うが、意外と簡単に吹雪を押し返すことはできた。
まず視界に現れたのは灰色の子熊、ただし、子熊のような愛嬌はない。
汚らしい灰色の毛並みに、顔は紫色。醜悪な顔を晒す化物だ。
そして、その奥には巨大な魔物の姿があった。体高は約五メートルほど、銀の体毛に覆われたバイソンのような魔獣だ。バイソンと大きく異なるのは、口に巨大な牙が光っていることだろう。
【エナギラ伯爵】
主人公。好野裕であり、ヨシノ・エナギラである。
【エレアーネ】
裕の弟子(?)のチート女子。現在十一歳。単純な戦闘能力では既に裕を上回っているが、当人は裕の方が上だと思っている。
【トギエイジ】
ハンターパーティー『春風』の一人。光の盾を得意とする。
【ノンセドゥ】
ハンターパーティー『春風』の一人。光の盾しか使えない。
【モレビア】
エナギラ領北東側にある町。
【冬将軍:デゼリアグス】
冬にやたらと力を増す魔物の総称。ウシ・ヤギ・トラ・クマなどいくつかの種類がある。
次回、『お肉! お肉!』
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