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第14話 冬の到来

 全ての家が完成する前から、来客はある。

 コギシュには、領都を含めて九つの町があり、そのうちの四つが完全に壊滅している。だが、逆に言えば五つの町は健在だということだ。


 各地を治める貴族たちも、魔物の襲撃を受けたという報は受けているが、それ以上の連絡は途絶したままだ。


 一番近い町からは、何度か様子を見に人を出しているし、興味本位でやってくるハンターもいる。だが、最初にやってきたのは、火事場泥棒だった。


「怪しいものを捕らえました。如何いたしましょう?」


 昼食に戻って来た裕の前に、三人の男が引っ張り出されてくる。


「この者たちはどうしたのです?」

「旧市街をうろついていたのですが、どうにも言動が怪しいのです。」


 裕も試しに質問してみると、自分たちはハンターで町の様子を見に来たのだと言う。


「ハンターでも商人でも、身分を問われたら組合員証を出すものではありませんか?」


 少なくとも、裕が今まで見てきた人たちはみんなそうしている。町に出入りするとき、貴族街や貴族の館に出入りするとき、組合員証を出して名乗るのは当たり前のことだ。


 言われて裕の目の前の男が渋々と言った様子で出してきたのは、革製の見たことの無い物体だった。表面、裏面、いや、どちらが表なのかは分からないが、確認してみる。


「これは……? 農業組合の組合員証ではありませんか!」


 吐き捨てるように言いながら、組合員証を男の顔面に向かって投げつける。

 ハンター組合の組合員証は金属製以外見たことがない。商業組合も金属製だ。


「随分と私もバカにされたものですね。そんな嘘で欺けると思われていたとは。どうせ悪いことを企んでいたのでしょう。面倒だから打首で良いです。埋葬する死体が三つ増えたところで、今さら大した変わりはありません。」

「だ、騙すつもりなどありません……!」


 裕が冷たく言い放ち、騎士たちが一斉に動いたことで、男たちは「何卒お許しください」と平伏して許しを請う。


「では、ちょっと労働をしてもらいましょう。罪人に相応しい労働があるのです。」


 そうして、男たちには桶が渡される。


「東に少し行ったところに川があるのはご存知ですね? その川底の泥をその桶一杯にもってきてください。」


 裕は土器は作りたいのだが、子どもたちや騎士たちに、この時期の川に入れとはさすがに言えない。


「泥を掬ってくる簡単な仕事です。」


 などと微笑んで見せるが、地獄のような作業だ。

 騎士の見張りの中、六つの桶一杯に泥を持ってきた男たちは可哀想なくらいに真っ青になっていた。


「じゃあ、帰ってください。そうそう、その革袋の中身は置いていってくださいね。」


 男たちが瓦礫の下から掘り集めたと思われる金貨は全て回収し、さっさと追い出す。


 本当に様子を見に来たハンターや商人などには、そんな酷い仕打ちはしない。

 出せるものはお茶くらいしかないが歓待し、言付と少々の金銭を渡して送り返している。

 そんなことをしていた甲斐あってか、わざわざ貴族本人が訪ねてくるまでになった。


「私、クァシズを預かるモデリクと申します。」

「ヨシノ・エナギラです。ご足労頂いたところ、何も用意できず申し訳ない。」


 裕の住む家には応接室すらない。寝床の前に衝立を置き、なんとか運び込んで来たテーブルと椅子が二脚あるだけだ。お茶は出されるものの、茶器は粗末なものだ。


 そして、身なりだけは整えた子どもが出てくるのだから、クァシズ男爵も困惑を隠せない。


「見ての通り町は潰滅、コギシュ前領主殿も未だ行方が知れません。急遽私が来ることになりましたものの、現状の把握もままならぬものです。」


 現在の状況を隠しても仕方がない。だいたいのところは見ただけで分かるのだ。素直に何の目途も立っていないと告げ、春以降に協力を要請するだろうと話をする。


「エナギラ伯は、まさか、ここで冬を越すつもりでございますか?」

「無論です。幸か不幸か、竜どもが大量に森の木を薙ぎ倒して暴れていましたから、木材は余っています。食糧も確保してありますし、贅沢はできないですが、冬を越すこと自体には問題ないでしょう。」


 男爵は心配そうに「我が邸へ」と言うが、裕はそれを丁重にお断りする。五人残っている男爵のうち、一人だけに世話になるわけにはいかないのだ。


 来客の対応は、一時間とかけない。客室などないのだ、泊まっていってもらう訳にはいかない。平民用の家で一緒に雑魚寝していくハンターはいるが、さすがに貴族をそんな扱いにすることもできない。

 貴族は馬でやってきているので、そのまま帰ってもらうことになる。



 そんなこんなをしているうちに、初雪が観測された。


「くっ、寒いと思ったら今日は雪ですか!」


 朝から白いものがちらほらと振ってくるなか、裕は忌々しげに空を見上げる。

 苦い顔をするのは裕だけではない。子どもたちも全員そろって嫌そうな顔をする。雪で喜ぶ子どもはいない。浮浪児にとって冬は死の季節であり、嫌な思い出しかない。


「建物の完成を急いでください。暖かい家の中で休むことができれば、作業効率も全然違います。」


 瓦礫を掘り返す作業はとりあえず後回しにして、みんなで必死に石を運び、木材を加工し、家や倉庫を完成させていく。


 その間に、森チームが狩ったイノシシを燻製にしたり、畑に豆を植えてみたりとやることは盛りだくさんだ。

 平民も貴族も日の出前から日没まで、働き詰めの日々の中、嵐が到来した。


 暴風が吹き荒れ、(あられ)が地面や壁を叩きつけていが、家の中は暖かなものだ。暖炉には薪が燃え、魔法の明かりで照らされた室内は結構快適だ。

 時折、馬の不安そうな嘶きが聞こえてくるも、騎士たちが顔を見せに行けばそれもすぐに収まる。


「家が完成していて良かったですよ。」


 玄関から外の様子を覗いて、裕はほっと息を吐きだす。


「そう言っていただけると、頑張った甲斐があるというものです。」


 木工職人(モリゲイオ)が部屋の奥から出てきて話を合わせる。


 木工職人と樵、『春風』、そしてゲフェリ領都で増えた六人、あわせて二十一人は裕の家に寝泊りすることになっている。

 騎士は良い顔をしなかったが、九十平米ほどしかない平民用の家に六十五人で寝泊りするのは少し無理がある。裕の家の半分は空いているのだから使えば良いということで、平民用にしてあるのだ。


「本当にお疲れ様ですよ。ですが、仕事はまだまだありますよ。これからは寝台を作って頂かなければなりません。」

「寝台ですか。どのようなものにいたしましょう?」

「すぐに作れる安物で構いません。大きさも通常の平民用でお願いします。格式よりも、とにかく、早急に人数分を揃える方が大事です。」


 嵐が止んだら、裕たちは木材の回収や、旧市街や旧領主城からの資材回収を進めていく。


 旧市街からは釘や工具、布類など。旧領主城からは書類や金貨を集めていく。今までの執政についての書類は重要だ。被害の実態を調べるためにも、今までの産業や税収についても知らなければならない。


 そして、前領主と思しき遺体が見つかった。遺体と言っても、既にほぼ白骨化している。着ていた服も一緒に腐り落ちているため、手の指輪と胸元の五つのメダル、腰に帯びている短剣から領主で間違いないだろうと判断をつけた。


「やはり亡くなっていたか。」

「どんな形でも、見つかってよかったですよ。」


 城の中から見つかった遺体は、雪のなか、城の裏手の墓地へと埋葬される。神官もいないが、十六人の貴族が揃って祈りを捧げる。


 爵位の証であるメダルに、小剣、杖、杯と全て回収することができて、作業も第一段階を完了した。


 既に暦は十四月二十六日。冬至、つまり年末はもう二日後だ。

 ここから、冬は本番を迎えることになる。

【エナギラ伯爵】

主人公。本名は好野裕からヨシノ・エナギラ・ベルケル・ミリエハニアに改められた。その際に『裕』はどこかに消えてしまった……!


【木工職人】

全員男。全部で5人が来ている。そのうち2人はエナギラに定住する意思あり。

なお、樵は3人。


【コギシュ領都跡地】

ボッシュハ領都アライより700kmほど北にある。北緯でいえば42.8度と北海道千歳市と同程度。元は一万三千ほどの人口があったが、竜の襲撃により、そのほぼすべてが死亡。


【浮浪児たち】

全部で56人。雪と氷で閉ざされるにもかかわらず、屋根の下に住むことなく越冬してきた野生児。(屋外越冬未経験の新人も7人いる)


【モデリク・クァシズ男爵】

コギシュ領都より西側に徒歩1日の町を治める人。伯爵領の町長はみんな男爵。


【他の町長】

本文に書かれてないけど、領都に使者を立ててます。出番はありません。



次回、『冬将軍』

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