第13話 見境なしの伯爵
夜営の準備と馬の世話は貴族に任せて、裕は平民を引き連れて北の森へと向かう。建材と薪と食料の調達は急がねばならないのだ。
畑を駆け抜けて森に着くと、子どもたちは森の中に散っていく。
裕は樵と木工職人、そして最年長組を連れて北の街道の方へと走る。竜に薙ぎ倒された木は損傷が激しいので建材には向かない。だが、薪としては十分使えるはずだ。
樵と木工職人が鋸や斧で綺麗な木を伐採しているあいだに、裕と浮浪児で倒木の枝を払っていく。
太陽の位置を確認しつつ作業を進め、最後には陽光召喚で周囲を照らしながら、まとめて何十本も浮かせた木を押して夜営場所へと帰っていく。
「あんまり見つからないよ。もう遅すぎるんだよ。」
帰り道の途中、裕の陽光召喚を見て、採集組も合流してくる。エレアーネたちは両手いっぱいに木の実などを抱えているが、その表情はあまり明るくはない。すぐに採り尽くしてしまう量しか残っていないのだと言う。
「ほかに森に行く人がいないにしても不安がありますね。明日は東の川の向こうに行ってみましょう。川の向こうなら獣も見つかるかもしれません。」
「お肉は欲しいよね。」
他愛ない会話をしながら夜営場所に戻ると、既に天幕などの準備はできていた。
その周囲に丸太を並べて食事の用意をしていると、周囲は完全に闇に包まれる。陽が沈むと一気に冷え込んでくる。
寒風を避けるように子どもたちは防壁に固まって寝る。
初めて見るのか、騎士の一人そんなところで寝るのかと聞くが、浮浪児としては普通のことだ。防壁に枯草や枝を積み上げて、その下に潜り込んで冬を越すのが常だと聞いて、貴族たちは愕然とする。
翌日は騎士の半数と文官たちで町の調査と、物資の回収をはじめる。半数は拠点の守護だ。馬を放置していくわけにもいかない。
木工職人は裕の指示を受けて木材の加工と薪割り、子どもたちは森で食料調達、そしてエレアーネは土属性の魔法の練習だ。使う機会がないということで、今まで見向きもしていなかったが、実のところエレアーネは土属性の適性を持っている。
一般に知られている土魔法はそう多くはない。一番よく使われるのが畑を耕す魔法。そして礫を飛ばす魔法。最後に穴を掘る魔法。
全部、農民が使うものだ。尚、礫を飛ばす魔法は、獣を追い払うのに使われる。
だが、不死魔導士の研究所から回収してきた魔導書には、それ以外の土属性魔法も記載されていた。
そのうちの二つは絶対に覚えるようにと指示を出してある。
第二級の土魔法、岩石粉砕と岩石生成。裕の目論見通りにいけば、廃墟の瓦礫を粉砕し、石材を作り直すことができることになる。
結論から言うと、それは上手くいった。崩れた建物に粉砕魔法を使ってみると、あっという間に砂と化し、岩石生成魔法で一辺が五十センチ程度の石のブロックが出来上がる。
「できたよ。あれ、どうするの?」
エレアーネは昼食に戻ってきた裕に軽々しく報告する。貴族組はエレアーネの態度に眉を顰めるが、何も言いはしない。「教育は雪が積もってから」と裕に断言されてしまっているのだ。今小言を言っても、裕は聞く耳を持たない。
「おお、上手くいきましたか。早速運びましょう。」
昼食の準備は他の者に任せ、パワフル組を引き連れて裕とエレアーネは旧市街へと向かう。
「何ですかこれは!」
門を抜けて、裕は目の前に広がる光景に思わず笑ってしまった。数え切れないほどの石のブロックが並んでいるのだ。
「重力遮断、九九・一パーセント!」
北上したことにより、浮かせるための遮断率が〇・〇五パーセントが上がっている。手前からブロックを片っ端から浮かせて、どんどんと押し流していく。拠点の手前に数十個のブロックを並べて、裕たちは食事にする。
「食事が終わったら、エレアーネは石の魔法を他の子にも教えてください。石を作るのはできるだけ小さい子、森での作業が苦手な子の方が良いです。木工職人は引き続き木の加工を、樵は伐採です。」
裕の指示で、全員が忙しなく働く。
土属性を持つ者は意外と多く、十一人が岩魔法を使えるようになった。そもそも浮浪児の殆どは農民の子なので、その多くは遺伝的に土属性なのだろう。
旧市街を掘り返し、様々な物品を瓦礫の下から回収していく。
壷などは割れてしまっているが、鉈や鋸、鍋や金属食器、桶などの木工製品、さらには毛布などは回収可能な形で残っているものもある。
それとともに、遺体、というか遺骨の回収と埋葬も進めていく。この町が竜に襲われてすでに二ヶ月近くが経っており、遺体のほとんどが白骨化している。
夕方、回収や採集から戻って来たら、炊事班と石材運搬班に分かれる。陽光召喚を一人の浮浪児が放ち、石材をどんどんと運んでいく。
それを魔法で平らに均した地面に積み上げていけば壁の一面ができていく。
「本当に家を建ててしまうのか……?」
ここに到着したのは、僅か一日前だ。あと数日あれば、家が一軒できてしまいそうな勢いである。貴族が驚くのも無理はない。
翌日には四面の壁ができあがり、あとは屋根待ちになる。尚、屋根は木製の予定だ。石を積み上げて屋根を作るのはとても大変、というか、かなりの技術力を要する。
屋根は木を加工して作った方が楽なのだ。
さらに翌日からは騎士と文官も木工に参加する。
この地に貴族も平民もない、ということは漸く分かってきたようだ。というか、彼らだって天幕生活よりも、屋根と暖炉のある家で寝泊りしたいのだ。
食糧の調達も比較的順調に進んでいる。
鎌や鍬などの農具も瓦礫の下から掘り起こし、防壁外の畑で収穫されずに残っていた麦や根菜類を刈り入れる。藁は寝床に使ったり、馬の餌にしたりと必需品のひとつだ。
さらに、子どもたちの中でも年長者は森での活動に精をだし、木の実などの採集だけではなく、ウサギやイノシシを仕留めたりもしている。
そして、旧領主城の倉庫が発見され、大量の芋と小麦を入手できたのだ。これで少なくとも餓死しないだけの食料を手にしたことになる。
ただし、それだけでは栄養に偏りがありすぎるため、森での活動は続くことになる。冬を目前にしたこの時期では収穫量は期待できないが、種実類の栄養価は決してバカにできない。豆類もいくつか採れるようで、多少、熟しすぎている感もあるが食べられないことはなく、幾分かは畑に植えることも視野に入れている。
家の建築は一軒で終わりはしない。
当たり前だ。最低でも貴族用と平民用の二軒が必要だし、欲を言えば一人一軒は欲しいし、馬房だって作りたい。
「我儘ばかり言わないでください! 貴族用、平民用の次は食料用倉庫です。これは決定事項です。ただし、倉庫は完全木造の予定なので、石の方は防壁を並行して作っていきます。どうせ、ベッドの製作の方が間に合わないのです。家があっても地べたに寝ることに変わりはありませんよ。」
家の数が増えれば必要な薪の数も増えるし、情報の伝達も悪くなる。
理由はいくつでも挙げられるのだ。裕は領主の決定だと一方的に告げる。
「五大公爵家それぞれ一軒ずつは認めます。それで三人用とさせてください。それ以上、家の建築に時間を取られるわけにもいかないのです。」
それでも最低で七軒の家を建てることになる。領主邸を作らないわけにはいかないし、平民用も必要だ。
裕だって騎士や文官たちが慣れない仕事を頑張っていることは認めているし、感謝もしている。だからといって際限なく要求を呑むことはできないというだけだ。
対称的に、浮浪児たちは家の間取りや広さについて、特に要望はない。暖炉がある家というだけで夢みたいな環境なのだそうだ。ベッドを作るのも最後になるが、それも全然気にするそぶりはない。
というか、後回しとはいえ、与えられることに大喜びしているくらいだ。
そして、十三月も終わろうとする頃に、予定していた建物はすべて完成した。
七軒の家に、倉庫が二つ。そして、厩舎に湯浴み小屋にトイレだ。そう、全ての家は風呂なしトイレなしの格安物件なのだ。建築技術的に無理があるということで、トイレは一か所のみしか作れていない。
【エナギラ伯爵】
主人公。本名は好野裕からヨシノ・エナギラ・ベルケル・ミリエハニアに改められた。その際に『裕』はどこかに消えてしまった……!
【エレアーネ】
裕の弟子(?)のチート女子。現在十一歳。単純な戦闘能力では既に裕を上回っているが、当人は裕の方が上だと思っている。
【コギシュ領都跡地】
ボッシュハ領都アライより700kmほど北にある。北緯でいえば42.8度と北海道千歳市と同程度。元は一万三千ほどの人口があったが、竜の襲撃により、そのほぼすべてが死亡。
【浮浪児たち】
全部で五十六人。雪と氷で閉ざされるにもかかわらず、屋根の下に住むことなく越冬してきた野生児。(屋外越冬未経験の新人も七人いる)
ちなみに、屋外越冬回数が最も多いのはエレアーネの十回。
次回、『冬の到来』
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