第12話 冬間近のエナギラ
領都の出発は、昼前になってからだ。
とはいっても、のんびり寝過ごしたり、朝食後ゆっくりしているわけではない。朝からハンター組合や商業組合の支部長たちが持つ報告を受ける。
彼らには彼らなりの情報がある。ハンターや商人でもコギシュ領がどうなっているのか気にしている者はおり、実際に足を運んでみる者も少なからずいる。
話を総合すると、近隣の町に逃げ延びたのは僅か。竜に襲われた町に住んでいた者たちの十四分の十三は死亡していると考えた方が良いということだ。
「話は変わりますけれど、エナギラに組合を作り直したいのですが、人を寄越してもらうことはできますか?」
「それはいつ頃のお話でしょうか?」
「来年の春から夏くらいですね。今すぐ来てもらっても逆に困ります。」
裕の考えている時期を聞いて、支部長たちはほっと胸を撫で下ろすのだった。
エナギラに向かう貴族たちは、騎馬や馬車を使う。徒歩で行こうなどという者はいない。そう、裕も貴族である以上、馬か馬車を使わねばならない。
「そ、そんな…… 私は走っていきますよ!」
「やめんか。」
裕の主張はあっさり却下され、強制的に馬車が貸し与えられた。
「そんなことしていただいても、何もお返しできませんよ。」
「構わん。竜退治の褒賞の一つだと思っておいてくれれば良い。相手の身分ではなく、自分にとってどれほどの価値があるかで判断するのが其方の流儀なのだろう?」
端的に言えば、竜退治の価値は金貨四十九枚程度で済むはずがない、ということだ。
王都の騎士団に救援要請していれば、もっとかかっていたはずということで、ゲフェリ公爵は馬車代くらいは気にする程じゃないと繰り返す。
「では、せめて、文官と同じ馬車にしてください。一人で馬車に乗っているだなんて、無駄にも程があります。エルンディナ様の文官と二人で乗れれば構いません。」
「伯爵と二人きりというのは、かわいそうだ。」
「それは一体どんな理屈ですか。この際だから、私も貴族としての振る舞いなどを教わっておきたいのです。」
結局、ゲフェリ公爵も裕の案で折れることになり、裕は文官と一緒に馬車に乗って城を出る。裕の荷物は、荷車ごと荷馬車に積まれている。
そして、四人の子どもは、集められた平民組と一緒に、馬車の後ろを徒歩でついていくことになる。とはいっても、街中では人が歩く以上のスピードを出すことはない。子どもとはいっても十一から十三歳ほど。そこまで小さいわけではなく、大人の足に遅れることもない。
貴族街を出て下町に入ると、四人のうちの二人が列を離れて道を走っていく。宿か広場あたりにいるはずの浮浪児たち本隊を呼びに行かねばならないのだ。
二人はそう探し回らずとも、広場ですぐに見つかった。
全員でかたまって行動するのはエレアーネの方針だ。「ヨシノはいつも今すぐにって言うの」といつでもすぐに動けるよう準備を整え、単独行動を認めていないのだ。
西門に来るようにとの伝言を受けて、浮浪児たちは列を組んで急いで門へと向かう。
「なんだあれは?」
五十人以上の子どもたちが集団で走っていれば誰だって訝しむだろう。
「私の連れてきた子たちです。」
と言うものの、裕にも違和感が拭えない。
「エレアーネ、全員揃っていますか?」
「うん、ちょっと増えたけど。」
「やっぱり……」
裕は頭を振るが、それ以上の追及はしない。子どもたちと馬車に重力遮断を掛けると、一行は門を出発する。
領主の紋章を持つ馬車が率いる一行なのだから、一々身分のチェックは無い。御者がエナギラ伯の一行だと伝えるだけで全員が門を出ると、街道を進んでいく。
馬車の進みは妙に早い。十五パーセントの重力遮断を受けていれば、通常の徒歩でついていくのが難しくなるくらいの速さになる。だが、浮浪児を含む平民組には二十パーセント遮断がかけられている。
裕と同じくらいの子どもでも楽々ついてくる。
馬車の旅は、結構休み休み行く。人間よりも馬を休ませなければならないのだ。二、三時間に一度は餌や水を与えるための小休憩が必須だ。
夕方までに町を二つ三つ進む、ほどのスピードはない。陽が傾いてきた頃に着いたのは、領都北側の一番近い町ヒダスだった。
その先に、メジーン、ニデラン、モコリとあり、エナギラ領はさらにその北だ。
ヒダス男爵の邸で一泊し、翌朝早くに出発し、ニデランへと至る。
「この先は、宿泊する場所がありません。屋根の下、ベッドで寝られるのは今日までですので、しっかり休んでおいてください。」
平民たちにも貴族たちにも同じことを告げて、裕もニデラン男爵邸にて社交しつつ夜を過ごす。
尚、裕はニデラン男爵とは共通の話題を持っている。
竜の襲撃騒ぎの際に、ニデラン男爵が町人全員を避難させたことは裕は高く評価している。
守るべき町を棄てて逃げた。そう評価する貴族が多い中、裕からの評価は『守るべきものを守った』なのだ。この世界の貴族とは根本的な発想が違う。
だが、あまり深く話すと意見が対立してしまいそうな雰囲気を感じ、軽く浅くで話を済ませて旅の疲れを理由に席を早めに辞する。
翌日からは、馬の進みはさらに遅くなる。町や村がないため、馬の餌の補給ができないのだ。そのため、そこらに生えている野生の草を食べさせることになるのだが、そうなると休憩時間はどうしても長くなる。
「エレアーネ。この谷を渡ります。橋を掛けられますか?」
延々と山道を登って下りていく馬車に業を煮やした裕が谷をショートカットしようと指示を出す。
やっと出番がきたとばかりに、エレアーネは第三級の光の盾を詠唱し、谷の向こうへと道を伸ばしていく。
「この道を進んでください。できるだけくっついて離れないように。」
先頭を行く騎士は恐る恐る足を踏み出していくが、第三級の光の盾は馬が乗った程度ではびくともしない。尚、重力遮断していないのは馬だけだ。馬車の本体と徒歩の平民組には九十九パーセントの重力遮断をかけてある。
橋を行けば、百メートル少々の谷など一分もかからない。あまりのデタラメっぷりに騎士や文官たちは目を剥いて驚く。
遅々とする馬車の進みに苛立ちながら、三回の夜営を経てようやくコギシュ領都跡地へと到着した。
「なんと無残な……」
堅牢な防壁を持つはずの領都は破壊し尽くされ、廃墟と化している。途中で三つの滅びた町を見てきたが、騎士たちもその光景に慣れはしない。いや、光景だけではない。数百メートルは離れている畑の中ほどまで死臭が漂ってきているほどだ。
痛ましい様相をみせるその町に、目を背けたくもなる。
「まず、夜営ができそうな場所を探しましょう。」
裕の言葉に、五人の騎士が散っていく。
「エレアーネは二、三人連れて町の状況の確認をお願いします。夜営場所に着き次第、樵と木工職人の方々には仕事を始めてもらいますので、そのつもりで準備をお願いします。」
エレアーネと子ども三人は背負っていた荷物を荷馬車に放り込んで町へと駆けていくが、樵や木工職人はとりあえず心の準備をするだけだ。今、荷物から道具を引っ張り出しても仕方がない。
一時間ほどで騎士たちは全員戻ってきた。彼らの情報を総合して検討した結果、夜営場所は東門の北のあたりということになった。
馬車を進めて夜営場所に着くと、裕は上空に陽光召喚を投げ上げる。周囲はまだ明るい。明かりのためではなく、エレアーネへ帰ってくるべき場所を示しているだけだ。
「では、みなさんは夜営の準備をお願いします。私は樵と共に森へ伐採に行きます。」
「お待ちください。森へ行くなら護衛を」
「不要です。というか、時間と人手が足りないのです。あなたたちまでここを離れたら、誰が馬の世話をするのですか。」
裕の言葉に騎士たちは難しい顔をするが、裕が森に行かないという選択肢はないし、騎士たちが森に行くという選択肢もない。
「明日から十三月です。これから数日間は貴族だ何だと形振り構っていられるほど余裕はありません。雪が降り出す前に終わらせるべきことが山ほどあるのです。」
食糧の調達に、燃料の調達。そして、家の建設。それを一ヶ月程度で終わらせなければならない。
【エルンディナ・ゲフェリ公爵】
比較的年若く年齢は三十二。とはいっても三人の子どもがいる。先日、竜に襲われて領の一部が廃墟と化した。
【エナギラ伯爵】
主人公。本名は好野裕からヨシノ・エナギラ・ベルケル・ミリエハニアに改められた。その際に『裕』はどこかに消えてしまった……!
【エレアーネ】
裕の弟子(?)のチート女子。現在十一歳。単純な戦闘能力では既に裕を上回っているが、当人は裕の方が上だと思っている。
【コギシュ領都跡地】
アライよりも700kmほど北にある。北緯でいえば、北海道千歳市と同程度。住む家も無いのに冬を越す浮浪児は異常としか言いようがない…
【暦】
冬至=大晦日。
1年は14ヶ月。1ヶ月はジャスト28日。つまり、1年は392日。うるう年はない。
尚、1日は28時間。1時間は14分。1分は196秒。1秒の長さは地球の1.08倍ほど。1年の長さは地球よりも若干長い。(地球時間で11日ほど)
次回、『見境なしの伯爵』
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