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第10話 北への道(2)

「じゃあ、とりあえず昼食にしましょうか。」


 何がなんだか分からずにぽかんとする『春風』をよそに、裕は荷車からバスケットを取り出す。


「一人一個です。ズルをしないでくださいね。ドーウェン様もどうぞ。」


 裕は雑なサンドイッチを籠から一個取り出して齧り付く。

 子どもたちはともかく、そうしないとドーウェンが手を出せない。主人が先に食べるというのは、騎士に、いや下級貴族に染みついた価値観だ。覆せと言うより先に手をつけた方が早い。


 ドーウェンとエレアーネもサンドイッチを食べ始めると、戸惑っていた子どもたちも群がってくる。


 だが、事情を全く分かっていない『春風』だけは固まったままだ。


「あなたたちも食べていいよ。」


 エレアーネに声をかけられて、七人は籠を覗き込む。

 中にはまだ十個ほどサンドイッチが残っている。底の方にあるものは少々潰れてしまっているが、彼らにとってそんなことは大した問題じゃない。


 手を伸ばし掴み取ると、どんどん頬張っていく。


「三個残ってますね。ドーウェン様、もう一つ食べますか?」

「頂けると有難い。」

「他に食べたい方はいますか?」


 子どもたちに聞いてみると、「食べる!」と五人の子どもが慌てて駆け寄ってきた。


「一人溢れますね。半分ずつにしても四人分しかありません。」

「じゃあ、俺はいいや。」


 一番背格好の大きい子がすぐに辞退し、裕が半分に切ったサンドイッチが四人で分けられる。


 食事休憩を兼ねて、『春風』に、いや、浮浪児たちに何をして欲しいのか説明する。


「ずっと北に行ったところにある町が、竜に襲われて、やられてしまったのです。」

「竜って何?」

「とても強い魔物です。」

「エレアーネよりも強いの?」

「そうですね。エレアーネては勝てない、いや、勝つのは難しいでしょう。」


 裕は一瞬言葉に詰まり、言い直した。最近のエレアーネの腕の上げっぷりを見ると、一対一ならば勝てる可能性はあるかもしれない。


「魔物かあ。壁がない町はやっぱり怖いよね。」

「壁がある町もやられたんですよ。」

「え……?」


 子どもたちは一気に顔色を悪くする。


「心配しなくても、竜は私たちが退治しました。こちらのドーウェン様も活躍したのですよ。それでですね、町の人たちもみんな死んでしまったのですが、王様の命令で町を作り直さなければならないのです。」

「おうさま?」

「とても偉い人です。逆らったら殺されてしまいます。」


 ちょっと逆らったくらいで死刑にするほど暴虐な王とは聞いていないが、ある程度は脅しておかないと、どこでどんな無礼を働くか分からない。


「みんなには、町を作り直すお手伝いをして欲しいのです。」


 そう言われても、具体的に何をするのか全く分からない。年長の子も年少の子も一様に疑問符(クエスチョンマーク)を浮かべて首を傾げる。


「壊れた家の下から色々集めてきたり、森で薪を拾ってくるのが主な仕事です。魔法を覚えて狩りをしてくるのも良いでしょう。」


 与えられる仕事が、自分たちにできそうなことだと分かって一つの不安が消えたが、それでも不安はつきまとう。最大の不安要素は壁がないことだろう。そもそもとして、防壁があることを理由に浮浪児たちはアライに集まってきているのだ。その防壁を失うのが不安というのは仕方がないだろう。


「強い人が守るから大丈夫ですよ。」


 裕は魔物のことは全く恐れていない。裕やエレアーネだけではない。公爵たちから借りる騎士もいる。そんなことよりも飢えに病気、そして寒さの方が脅威である。



「さて、そろそろ休憩は終わりますよ。あまりのんびりしていたら、日暮れまでに町に着きません。」


 裕が手を叩き声をあげると、エレアーネが子どもたちを再び一列に並ばせていく。


「重力遮断四十パーセント、アンド! 八十パーセント!」


 二回に分けて重力遮断を発動する。人と荷車で遮断率を変えるのだ。人は遮断率を上げすぎると逆に走る速さが遅くなってしまう。走る際に地面を蹴る都合上、上向きの力がかかってしまうのは避けようがない。そもそも走るという行為は重力の存在を前提にして、重力を利用しているのだから、完全遮断すると走ることはできなくなってしまうものだ。


 川原を行ける限りは地面を走り、北へと進んでいく。川原には石が転がり草や茂みが生え、かなり足場が悪い。それでも、木の上よりはマシなのだ。浮浪児たちも運動神経はある。慣れてきたら、光の道は使わずとも徐々にスピードも上がっていく。



 何度かの休憩を挟み、日暮れに町に着いた。


「済みません、五十人いるんですけど泊まれますか?」


 宿で聞いてみると、盛大に嫌な顔をされた。


「そんなにベッドがないよ。全部で四十二、うち二十は埋まってる。」

「小さい子は二人で一つのベッドで構いませんか? とりあえず二十一と、二人部屋二つをお願いします。」


 無理矢理四十二人を大部屋に入れると、体の大きな子が八人が余る。


「あなたたちには、今晩は荷物の見張りをしていただきます。」

「見張り?」

「ええ、荷車をそのまま置いていたら盗まれてしまいます。ですから、見張り役が必要なのです。交代で寝ても構いませんので、三人は起きて見張りをするようにしてください。」


 突如、夜の見張りを言い渡され、九人は不貞腐れたように口をとがらせる。


「私が見張りやる?」

「エレアーネは休んでしっかり回復しておいてください。あなたとドーウェン様は万全にしておいていただかなければ困るのです。」


 予期しない事態が発生したら、必ずこの二人のどちらか、あるいは両方を頼ることになる。その時に消耗してしまっていては話にならないのだ。


 夜食は用意すると言ってやっと了承し、子どもたちは食事を買いに広場へと向かう。

 会計係は『春風』だ。浮浪児の中で、今、最も稼ぎが良いのが彼らだ。ちなみに、エレアーネは既に浮浪児ではない。短い期間だが、家を構えていたのに浮浪児というのは無理がありすぎる。


 子どもたちを見送ると、裕とエレアーネ、それにドーウェンは宿の食堂で食事だ。二人部屋に泊まる彼らは食事つきなのだ。その分だけ、いや、それ以上に宿泊費は高い。

 大部屋は二人で銀貨一枚に対し、二人部屋は二つで銀貨五枚だ。つまり、今日の宿泊費は銀貨二十六枚ということだ。


 夕食を終え、裕は見張り役にいくつかの注意点を伝えると、手早く湯浴みを済ませてから部屋のベッドに潜り込む。



 翌朝、エレアーネが荷車を見にいくと、三人が眠そうに見張りをしていた。


「何かあった?」

「何もねえよ。見張りなんて必要なのかよ?」


 眠そうにぼやく。だが、見張りがいるから何もないのだ。裕は常に三人以上が起きて見張りをせよと指示していた。

 それだけの人数があれば、コソ泥も強盗も狙ってこないのだ。


 逆に言えば、見張りが子ども一人だけだと結構狙われるのだ。エレアーネは経験的にそれを知っている。魔法で軽く脅せば逃げていくので、危ない思いをしたこともないが、近接派が多い年長組だと怪我人が出る可能性もある。


「何もないってのは、仕事だってことだよ。」


 エレアーネは自分が始めて見張りをしたときに言われた言葉を贈る。

 荷物を守るのが仕事なのだ。敵が来ようが来るまいが、荷物が守られていれば仕事はしたことになる。

 見張りの仕事は、敵と戦って勝つことではないし、敵を追い払うことでもない。


 敵に狙わせないのが見張りの最大の仕事だ。


「だから、何もないのは良いことなんだよ。」


 それでも納得いかないような表情をするが、エレアーネから「朝食食べてきて」と銅貨を渡されると一気に表情を変える。寝ていた六人を叩き起こして広場へと駆け出していった。


 そして、エレアーネは光の盾で荷車を覆いつくして自分も食事へと向かう。

 光の盾の持続時間は精々数分であるため、夜の間ずっと覆ったままにすることはできないが、食事の間くらいなら何とかなる。


 裕やドーウェンも貴族らしい優雅な食事にはならない。宿の食堂で出てくるのはごく普通の平民の料理だ。


 ということで、ドーウェンも裕と同じテーブルに着く。最初はドーウェンは裕の背後で護衛の位置に立とうとしていたのだが、もう慣れたようだ。


 といっても、少々遠慮がちに座っていたのだが、平民のエレアーネが当たり前のように同じ席に着いているのを見て、吹っ切れたようだ。


 食事を終えると、ひと息つく間もなく出発する。


「全員、食事は済みましたか? お昼の分は買ってありますか?」

「え? 昼の分?」


 裕はそんなことは一言も言っていない。裕としては当たり前でも、子どもたちにとっては全然当たり前ではない。


「お昼の食事も買っていきますよ。」


 ぞろぞろと全員で広場に、は行かない。数人でお使いに行ってもらう。


「全部で五十三人ですからね。数は数えられますか? いっぱい食べる人もいると思いますので、少し多めに買ってきてください。」


 予算は全部で銀貨四枚。一人あたり銅貨十五枚ほどだ。食べ物用の竹籠を抱えて子どもたちが走っていく。


 そして、本体は町の北のはずれに向かう。待っている間は、みんなで魔法の練習だ。

 魔法陣を使う魔法の上達は、完全に素質に左右される。初歩の魔法は才能があれば少々の練習でも使えるようになるが、才能がなければ初歩ですら相当な修練が必要になる。

 魔法陣を使った魔法は、裕も諦めてしまったほどだ。


 僅かな時間で一番初歩的な水魔法を使えたのは六人。少ないように感じるが、火と風も同じくらいいると考えれば、少なくとも十数人は魔法の才能を有していることになる。


 昼食を買いに行った四人が戻ってきたことで魔法の練習は終了だ。エレアーネの指揮の下、昨日と同じように一列に並んで街道を北へと向かっていく。

【エナギラ伯爵】

主人公。本名は好野裕からヨシノ・エナギラ・ベルケル・ミリエハニアに改められた。その際に『裕』はどこかに消えてしまった……!


【エレアーネ】

裕の弟子(?)のチート女子。現在十一歳。単純な戦闘能力では既に裕を上回っているが、当人は裕の方が上だと思っている。


【ドーウェン小男爵】

ゲフェリ公爵配下の騎士の一人。竜退治の際に、裕と一緒に囮役をやった四人の一人。


【ボッシュハ伯爵】

裕とエレアーネが居を構えていたボッシュハ領を治める領主。領都のアライは初代ボッシュハ伯爵の名からとられている。


【春風】

平均年齢九歳の若いというより幼いというべき七人組のハンターパーティ―。リーダーは十一歳のマナイヒロ。


次回、『北への道(3)』

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