第9話 北への道(1)
朝から塩を取りに行ったり、商業組合で登記抹消したり、商会をまわって挨拶や荷車の交渉をしたりと大忙しだ。
エレアーネも日の出前から門をまわったり、商業組合で家の解約の手続きをしたり、ハンター組合で引っ越しの手続きについて確認したり、荷物を木箱に詰め込んだりとやることは盛りだくさんである。
昼前には二台の荷車を引いて家を出ると、商業組合に立ち寄って家の鍵を返却し、領主邸へと向かう。
門衛に名前を告げただけで、中へと案内された。
応接室に案内されると、既にドーウェンとボッシュハ伯爵が中で待っていた。
「この度は大変お世話になりました。」
「構わぬ、気にするな。まあ座れ。」
主人の勧めで裕が座るとエレアーネもその隣に座る。
まあ、仕方があるまい。領主の前での振る舞いなど教わっていない。裕が座っても自分は立っているものなのだとか、そんなことは知らないのだ。
一緒に商会に行く中で裕が教えていたのは、勧めらるまでは座るなということくらいだ。
ボッシュハ伯爵もエレアーネの動きに目を丸くするが、苦笑を浮かべて「なるほど、浮浪児のハンターか」と納得する。
「気をつけろ。陛下はそなたを快く思っていない。現地の貴族たちもどう動くか分からない。」
「承知しています。幸い、公爵閣下たちからも表向きは支援していただけることになりましたし、なんとかしますよ。」
「公爵たち? ゲフェリ公だけではないのか? 他にどなたの支援があるのだ?」
「五大公爵全員です。一人に絞るのは逆に危険そうでしたので。」
「本当に其方は常識はずれのことをするな。」
呆れたとも、感心したともつかない表情で伯爵が言う。かなり失礼にあたるかとも考えられ、場合によっては全員を敵に回しかねない危険な立ち回りだという。
「ゲフェリ閣下にしてしまっていいものか迷ったんですよ。」
「それをドーウェン殿の前で言っていいのか?」
「ゲフェリ公爵閣下本人は、仲良くしていける相手だと思いますし、後ろ盾として考えると最有力候補です。だから逆に私が汚点となってしまった場合を考えると決めかねるのです。」
裕はとにかく、春まではどうなるか分からないというスタンスを崩すつもりはないようだ。どうにかするとは言っても、貴族としての立場を維持できるのかは不透明なのだ。
軽く雑談をし、茶を飲み終えると裕は部屋を辞する。
「慌ただしくて申し訳ございませんが、あまりのんびりもしていられないのです。」
「大事なきことを祈っている。」
「ボッシュハ伯も大事なきことを。」
領主邸を出ると、一度下町へ戻り、食料を買い込んでいく。
パンに焼いた肉や野菜を挟んだ雑なサンドイッチにして食べるのが最近のトレンドだ。竹カゴにいっぱい詰め込んで、裕たちは北門へと向かう。
裕たちが北門についたとき、既に四十人ほどの子どもたちが集まっていた。
「これで全部ですか? 見かけない子はいませんか?」
「春風がいないよ?」
「春風は全員、香辛料を採りに行っているのですよね? 途中で拾っていきますので心配いりません。他には?」
知っている顔はみんな揃っているということで、一向は出発する。
「うわぁぁぁ!」
「助けて!」
重力遮断をかけた瞬間に子どもたちから悲鳴が上がる。
「私の魔法です。こうすればとても早く走れるのですよ。バラバラにならないようお願いします。」
荷車は二台、一台は裕とエレアーネで、もう一台はドーウェンが引いていく。
裕は騎士にそんなことはさせられないと遠慮したのだが、ドーウェンは伯爵が自ら下仕事をしているのだから気にすることはないと買って出たのだ。
二、三歳の子どもは荷車に乗せ、小さい子を前に、大きい子を後ろに配置してぞろぞろと歩いていく。
最初は、重力遮断は二十パーセントだ。重力遮断の感覚に慣れなければ、早く効率的に走ることはできない。
段階を追って遮断率を上げ、畑の端が近づいてきたところで一気に六十パーセントまで引き上げる。
「ここからは走ります。大きい子は小さい子を背負ってください。」
さすがに四度目となれば悲鳴も上がらない。裕よりも小さい子は大きな子に背負わせればスピードは上げられる。
一気に加速するとともに、荷車の重力遮断は九十九パーセントまで引き上げ、頭上に持ち上げる。
裕は荷車を一旦エレアーネに任せ、ドーウェンの引く荷車も高く持ち上げる。
「これを持ったまま森の上を行くのか?」
「はい、かなり手前から跳び上がる必要があります。」
「跳ばなくても大丈夫。道を作るから。」
裕の指示にエレアーネが横から口を挟む。そして「私の後についてきて」と光の盾を並べ、その上を駆け上がっていく。
驚いたのはドーウェンだけではない。裕すら「なんですと⁉」と叫び声を上げる。
「このまま森の上を行きます。エレアーネ、さっさと川を越えてしまいましょう。香辛料を採りに行ったなら、春風は向こう側のはずですから。」
「分かった。」
光の道は延々と続いていく。エレアーネと裕を先頭に、その後ろをドーウェン、子どもたちと一列に連なって森の上を走る。
北東へ一直線に、梢の上に道を作りながら進んでいくと、程なく大きな川に出る。川幅は二十メートルはあるだろうか。川下である北の方には船着き場が見え、川上側は百メートルも行かないところで二股に分かれている。
「向こう岸に下ります。川沿いに春風を探しながら行きましょう。」
裕の指示でエレアーネは大きく左、北へと曲がりながら川を渡りつつ、光の橋の高度を落としていく。
後ろをついてくる子どもたちは、おっかなびっくりながらも、橋の上をついてくる。
川岸に下りても、光の道はまだまだ続く。川原は石と草と藪で荷車を引いて通れるような状態ではない。
「光の盾は無くても大丈夫ですよ。荷車は下せませんが、担いで走れば問題ありません。」
「え? こっちの方が楽じゃない?」
光の盾は重力遮断の数倍の魔力を必要とする上、連続で使える時間はずっと短い。
重力遮断は一度発動させると一時間くらいは持つが、光の盾を魔力再利用連射できるのは一分程度が限度なのだ。つまり、エレアーネの魔力負担は裕の十倍以上にはなるはずなのだ。
エレアーネは平然と光の盾を使い続ける。もはや光の道の魔法と言った方が適切なのではないかと思えるほどだ。
エレアーネはこの半年ほどで飛躍的に魔力を向上させている。育ち盛りというのもあるだろうが、物をいうのは日々の訓練だ。色々な魔法を覚えてからは積極的に魔法を使っているし、光の盾に関しては乱用というほどに日常的に使いまくっている。
裕とは違った意味で、エレアーネは高さを問題にしない。光の盾を並べて階段や橋を作り、高所に登ったり川を渡ったりと、とても便利に使っているのだ。
その縦横無尽っぷりは浮浪児たちだけではなく、中級以上のハンターからも注目されていたほどだ。
だが裕は、光の盾の乱用に待ったをかける。
「魔力は温存しておいてください。一日中使い続けるつもりですか? 旅はまだ長いんです。肝心なところで魔力が尽きてしまうと困ります。」
裕は基本的に安全側に振り切った考え方をする。何かあったときのため、もしもの場合に備えてと、とにかく手札を多く残しておきたがる。
本当に簡単に命を落としかねないのだから、無理もない。しかも、小さな子どもまで連れてきているのだから、尚更だろう。
「あ、いた。」
川原をしばらく走っていると、エレアーネが声を上げる。指差す先には、それらしき人影が……、見えるわけがない。裕とエレアーネでは視力が違いすぎるのだ。裕はこの世界の人間としてはかなり視力が悪く、一・〇程度しかない。対してエレアーネは五・〇は軽く超えている。
紅蓮も驚いていたくらいなので、この世界の住人の中でもかなり目が良い方なのだろう。
「おーい!」
「エレアーネ? え? 何? みんなでどうしたの?」
裕たちは徐々に速度を落としながら、川原で休憩していた春風に近づいて行く。声を掛けられた『春風』は、ぞろぞろとやってきた浮浪児たちを見て目を丸くした。
【エナギラ伯爵】
主人公。本名は好野裕からヨシノ・エナギラ・ベルケル・ミリエハニアに改められた。『裕』はどこかに消えてしまった……!
【エレアーネ】
裕の弟子(?)のチート女子。現在十一歳。単純な戦闘能力では既に裕を上回っているが、当人は裕の方が上だと思っている。
【ドーウェン小男爵】
ゲフェリ公爵配下の騎士の一人。竜退治の際に、裕と一緒に囮役をやった四人の一人。
【ボッシュハ伯爵】
裕とエレアーネが居を構えていたボッシュハ領を治める領主。領都のアライは初代ボッシュハ伯爵の名からとられている。
【春風】
平均年齢九歳の若いというより幼いというべき七人組のハンターパーティ―。リーダーは十一歳のマナイヒロ。
次回、『北への道(2)』まだまだ旅路は続きます。
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