思いから作られる記憶
すっかり、夜も更けたイージスフォレストに二人の魔人族が立っている。
「…懐かしいなぁ」
あぁ、本当に懐かしい何年も前の時に家の近くに川があってみんなが寝静まっても家族みんなで夜更かしして水切りとかして、気が付いたら日付が変わっていたんだっけ。
こういうことは覚えていて、自分が一回生涯を終えたことも覚えている。
だけど、前世に興味がないと言えば嘘になる。
でも、今、この人生も悪くないと思える。
「きれいな夜空だね」
「おや、それは、愛の告白かな?」
ニヤニヤしながらマーリンが語りかけてくる。
「ちっ違うよっ!!ただ、まだ城から出てなかったから」
魔王城の露天風呂からでもこの夜空は見えたと思うけど湯気に邪魔されて吸い込まれそうな夜空に溶け込む事はなかっただろう。
「フフッ冗談です…魔王様は私をどう思いますか?」
「どういう事?」
「私は魔神軍に入る前はこの近くの小さな集落で育ちました。幼少の子たちより少しお兄さんって感じでみんなのリーダーって感じで近くの農村に悪戯をして、逃げて、とても、楽しい日々でした。」
「楽しそうだね、でも、なんで浮かない顔をしているの?」
さっきからずっと悲しい顔をしている何かを我慢しているような、何か大切なものを失ったような。
「そんな、貧乏な少年時代に両親よりも大切なわたしの師匠がいました。とても強く、勇ましく、よく笑う人でした。」
「昔はその笑い方が羨ましいような、ムカつくような感じがして決闘とか勝負とか言って突っかかっていましたね。見事に負けては立ち上がってその度に吹っ飛ばされて敗因を指摘され、素直に改善してても一回も勝てなくて、また吹っ飛ばされて、いつの間にか魔法も魔術も教わる信頼できる人になってました」
「それで?」
「一回だけ、勝てたんです。正々堂々と真っ向勝負で初めて、今までは、何回やっても勝てなかったのに、自分の目の前で仰向けになって、最初は信じられなくて、それからは…それからは…」
「記憶は思い込みだ」
「え?」
「記録は大事だけど記憶は記録ではないんだよ」
「つまり、私は師匠には思い込みで勝ってしまったと?」
記憶はとても理解できない事を思い込みで改変してしまうだろう。
夢で見た断片を現実と混ぜ合わせてしまったり、現実と理想をまぜこぜになっちゃったりすることも
「でも、いつか、心のどこかでいつか勝てるって思ったんでしょう?」
「私は、いつも、負けてばかりで今回も負けると…」
「勝てるとどこかで思ってるから何回も勝負したんじゃないの?」
「…わたし、は…」
悲しい顔をしている人にはどんなことを言ったらいいのか分からないでも、これはずっと聞かなくてはいけない、そう思った。
「魔王様、ついてきてもらえますか…」
「今は、貸し切りを何とタダになります」
「ふふ、買わせてもらいますね」
そこから移動すると幻想的な丘にたどり着いた。
そこは一面花園の場所だった先ほどの魔法訓練の場所や暗い森のような所にあるとは思えないほど綺麗な場所だった。
「綺麗…」
月明かりに照らされて静かな優しい風に花びらが舞う。
「師匠が勝てたお礼に連れていってもらえたんです…こんな場所、綺麗ですが喜ぶのは子供程度ですよね…こんなことなら、もっと早く勝てたらよかったのに」
「…ねぇ、やっぱり、その話し方から察するにその人は」
「えぇ、死にました。私が魔神軍にスカウトされる数年前に、でも話したら少し肩の荷が下りました。あの時の勝利が例え思い込みだとしても何だろうと」
そういったマーリンの顔はさっきとは全く違う爽やかな笑顔だった。
「最初の問いに敢えて答えるとするなら…真面目ではあっても真っ当な人ではない、かな。そもそも、自分がどんなやつに見られるかなんて客観的に見る…いや、第二者や第三者視点では断片的にしか、見れないからね。自分が抱えてる疑問に審判する人がいるなら、それ全てが私にぶつけた質問が、とっても納得出来る答えになったんじゃない?」
「ははっ、そう、ですかね」
「あっ、最後にもう一つだけ、平和っていうのは誰もが望むことかもしれないけど、もしかして、何もしない他に選択がない方が一番手っ取り早い方法だと思うよ。そうありたかったのは、自分だけじゃないからね。」
しばらく、花園を堪能した後、魔王城に帰った。
「一人で寝室に帰れます?」
「うん、大丈夫」
「では、また明日」
「うん、おやすみー」
自分は少しふらつきながらも寝室に戻る。
一人で廊下を歩いているマーリンが呟く
「魔王様の様子も見れた事だし、後は僕も戻って明日に備えるか——」
ふと袖を引っ張られる。
「マーリンお兄ちゃん」
マーリンが振り返るとキッカが立っていた。
「おやおや、キッカちゃん、珍しいねこんな時間に、しかも、お兄ちゃんと呼んでくれたなんて、いや、遠出したからそう思えるのかな?」
「モニカちゃんが呼んでるよ?八階の会議室で待ってるって」
「ありがとう、さぁ、明日もおいしい朝ごはん作るために早く寝なくちゃね」
「はぁい、おやすみなさい」
キッカが小走りで走って見えなくなった後チッと小さく舌打ちをして階段方面へ向かう。
階段を上がるたびに電気がなくなっていって八階は既に真っ暗になっていた
(こんなところに呼び出すなら通路灯だけでもつけてほしいんだが…)
幸い八階は魔王城の中でも二番目に部屋数が少ない。
会議室を見つけるのは暗くても難しくない。
「失礼します」
扉を開けるとモニカが満面の笑みを浮かべて走り寄ってきた。
「おかえり!まーまー、とりあえずてきとーにすわってーたいめんにねー」
マーリンが大きく溜息を吐いて扉に手を当てて何かを呟く。
「もう、防音は施したよ。それで、こんな夜更けに話すのは聞かれたくない事なんだろう?老爺いや、老幼女とでも言えばいいか?」
「どちらでも、構わないよ。大体あんたらの行動は途中から見ていたし」
フフンッと自慢するようにふざけた笑顔を向ける。
「なんか視線があると思ったらそう言う事か、で本題は?」
「あいつの、魂はどう見えた?」
周りの空気が重くなる。まるで空気そのものが地面に無理矢理押し付けられたようなあり得ない事を言葉の圧力でやってみたような非現実が再現されたようだ。
「…正直な所、判断としては魔王様の魂は二つある。というかあったんだ、が正しいかな」
「その意味は?」
「混ざりあっていると言うべきかな、けど、完全に混ざっているわけじゃないから記憶…いや、脳のメモリーカードの復旧が遅れている。分離することもできないくらい繋がられてて…でも、タイムリミットがないのが救いかな」
「…そう」
マーリンが再び口を開くのを阻止するようにモニカが口を開く。
「なーんか、話し合いはそれだけなんだけど、それとは別に独り言を言いたい気分だわ」
「…じゃあ、僕はその独り言を盗み聞きしたい気分だね」
「少しは言い方を考えなさい……あの子は無理をしている。いえ、あの子の言葉はとても美しくもどこか優しくて計り知れない悪そのものが宿っている。粗悪的で露悪的で邪悪的で根本的に悪い。それを抑えるためにあの子は無理矢理、自分を真っ当な存在にしようとしている」
「まるで、かつての僕たちのように自傷行為をして心だけ汚さないように?」
「虫も殺せないような娘だったわたしだった俺はそのようにして自分が純白なのをただただ、そうあっていたように見せたかった。一人ずつ信頼を得た先代の魔王よりも有能で一気に信頼を得た理由は先代様の影響ではなく、三代目だけが持つ何か、それがあの時の私にあれば…」
「魔王様はその思考にたどり着くのが何よりも早すぎる…被害妄想が過ぎるというのだろうが、真っ白なのは自分自身なのを自ら拒絶して、助けを捨てて真っ白な服を無防備な肌から流れ出る血で汚してまで自分以外が汚れるのを抑えてる」
「やむを得ない状態と言うのは必ず選択肢が与えられる。切り捨てることがあればそこに切り捨てられた部分が存在するのは当たり前だけど、そのような、切り捨てられたものも救おうとしている」
「でも、だからって、自分たちが出来るのは今まで通りに接するのが精一杯」
「だから、こそ、俺である私は逆に仕掛ける方に出る」
そういって取り出したのは数枚の資料署名者はマーリンの部隊の者だった。
「やや、そうだったそうだった!私としたことがその資料を渡すのを忘れてました」
少し慌てて資料に手を伸ばしたが、モニカが手を引っ込めるのが早かった。
「これは、明日開かれる緊急の会議の時に備えて幹部、いや、将軍格と言うべきか、まぁいい。人数分用意するとしよう」
「…あーぁ、つまらない独り言を聞かされちゃったなぁ、小難しい事は聞くもんじゃないね。寝よう…」
「…いい判断だね。マーリン…フフフ!相変わらず女の子のような名前…!」
しばらくすると、再び魔王城全体が深い静寂に包まれた。