表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/27

手に入れた未来

 救出された後、俺はすぐさま病院へかつぎ込まれた。千笑にはかすり傷一つなかったけど、俺の背骨は折れていたらしい。……まぁ、死なずにすんだだけマシだよな。千笑だけが生き残るというパターンになっていたら、それはそれでアイツは苦しんだだろうし……。


 しばらく埼玉の病院に入院することになってしまった俺は、野生動物全般のことが書かれている書籍を、お袋に頼んで大量に買ってきてもらった。前の未来では某大学の法学部へ進学した俺だったが、同じ進路をなぞるのは面白くない。……今度は、農学部でも目指してみようと思った。理由……? そんなの言うまでもないだろ。


「……あんた、あの事故が起きることを知ってて、行ったでしょ?」

「……は? どうしてそう思うんだよ」


 俺が寝ているベッドの隣で梨を剥きながら、お袋が不機嫌そうにそう呟いた。


 ……結局、俺が事故に巻き込まれたせいで、お袋には過大な心配をかけてしまい……。俺の無事が分かるや否や、言葉で表現出来ないくらい激しく怒られた。……そして未だにヘソを曲げているというわけだ。……面倒なお袋だが、……気持ちは……分かる。


「1週間くらい前に『脱線事故ってまだ起きてないよな』……って、あんた言ってたから」

「……そんなこと言ったっけ?」

「……あの子が事故で死ぬって、知ってたんだよね、知宏。……無茶なことしたのは許せないけど、母さんも言い過ぎたって反省してる」


 梨をのせた皿を差し出しながら、お袋は続けた。


「母さんはね、自分に甘えたり、妥協したりはして欲しくない。でも、自分を犠牲にしなきゃいけないような努力だけは、しちゃダメ。今回の件は特別に許すけど、もう絶対に無茶はしないこと」

「……分かったって。俺も、お袋には申し訳なかったと思ってる」

「それから、自分で助けた命は、責任持って最後まで面倒をみなさい。……途中で放り投げたら、それこそお母さんは許しませんからね」


 梨を囓りながら話を聞いていた俺は、お袋の言いたいことがよく分からなくなり、どういうことなのか聞き返した。するとお袋は、「もう入ってきていいよ」……と、病室の入り口に向かって声をかけた。


「……トモくん、怪我はもう……だいじょぶなん……?」


 入ってきたのは……。袖口が青い半袖のパーカと、水色のフレアスカートを身につけた……千笑だった。


「……え? ちえ……み……? お袋、これはどういう……」

「どうもこうもありません。千笑ちゃんからお見舞いに行きたいとお願いされたので、連れてきてあげたんです。……じゃあ、母さんはこれで一旦帰るから、千笑ちゃん、あとはよろしくね」

「はい、ありがとうございます……!!」


 腰を上げ、病室を出て行ったお袋と入れ替わるようにして、千笑がベッドの隣に置いてある丸椅子へ腰掛けた。


「わざわざ……見舞いのためだけに草津からきたのか……?」

「うん……。トモくんのお母さんが、車で送ってきてくれて……。そういえば昨日、中之条の夏祭りだったんさ。……ダンス部のみんなで、ダンス披露したんだよ? トモくんにも……見て欲しかった」

「……そうか。俺も見に行きたかったけど……。でも、来年もやるんだろ? 来年は絶対、見に行くから」

「……うん、わかった。絶対……絶対だかんね……?」


 そう言いながら千笑は、俺の枕元に積んである書籍を指さす。


「それさ……どうしたん? トモくん、そういうの読むんだっけ?」

「これか? いや、千笑と一緒にいたら、生き物に興味が出てきちゃってさ。……俺も勉強しようと思ったんだ。しばらくヒマだし、千笑と生き物の話で盛り上がれるようになったら、もっと楽しいだろ?」


 それを聞いた千笑は、頬を赤らめながら照れくさそうに俯いた。


「もぉ、ヒマなんは、怪我したからだべ……? なんでこんな馬鹿なことしたん……? あたしのことなんてほっといてさ、さっさと次の恋……見つけりゃ良かったんに……」

「千笑こそ、俺のことなんて諦めれば良かったじゃないか」

「……そんなん、できないよ。こんな好きになっちったんだもん……」

「……だろ? 俺だってそうなんだよ。それに、フラれるだけならまだしも、死なれたらどうにもできない」


 神妙な面持ちで、一旦黙り込む千笑。……何かを考えているようだった。病室の窓から入り込んできた風が、ふわりとカーテンを揺らす。


「……トモくん……ってさ、どっから……来たん……?」


 急な問いかけに、思考が追いつかなかった。千笑のツインテールが風になびき、シャンプーの香りが辺りに広がった。


「……事故の後聞いてきたんさ、爺ちゃんに。やっぱり、『私を助けに来た人』の正体は、トモくんなんだって言ってた」

「爺ちゃん……って、いつも一緒に温泉入っている例の爺ちゃんか?」

「……うん。いつもって言うほど、いつもじゃないけど。実は、トモくんと出会うちょっと前にね、『君の運命を知ってる人が、君を助けに来るかもしれない』……って、爺ちゃんから言われてて……。口止めされてたんだけど、今回の事故のこと、爺ちゃんに話したら……、もうトモくんに喋ってもいいよって言われたんさ」


 ……そういえば、その爺さんもタイプリープ事件の黒幕だったんだよな。……黒幕、って言い方は違うかもしれないけど。コイツに「誰か助けにくるかもしれない」って吹き込んだの、爺さんだったのか。


「……で、結局トモくんは……何者なん……?」

「……爺さんは、教えてくれなかったの?」

「うん……。もう喋ってもいいから、自分で聞け……って」

「別に、何者でもねーよ。ただ、その爺さん『達』のせいで六年後の未来からタイムリープさせられた、ただのしがない青年だ」

「んー……、結局よく分かんない。もしかしてさ、トモくん……役目を終えたら、もとの世界に帰っちゃったりするん……?」

「帰らねーよ。元の世界にはお前がいないし。あと、帰れない」

「……良かった。それだけ分かれば、難しいことはもういいや」


 ホッと息を吐いて、八重歯を見せながらにへぇっと笑う千笑が、……もうとてつもなく可愛かった。ホントに、コイツが隣にいれば、どんなに悲しいことがあっても乗り越えられ……って、ちょっと待て。


「……おい、爺さんに聞いてきた……って、また混浴したのかお前!?」

「……え? うん!! ちっと長湯しすぎちってさ!!」

「前から言いたかったんだけど、それ、故意だよな!?」

「だって、温泉じゃなきゃ爺ちゃんと会えないんだもん。住みもしんないし……。……ってか、なんでトモくんはそんなムキんなるん?」

「ムキになるだろ!! 爺さんとはいえ、知らない男と一緒に風呂入ってるんだぞ!? 一歩間違えたらお前……、もっと女子という自覚を持たなくちゃだめだ!!」

「だいじょぶだよぉー。まぁでも、トモくんがヤメロって言うんなら、止めるよ。爺ちゃんも、もう最後かも……って言ってたし。色々やりきったって、ちっと悲しそうに言ってた」

「そう……か……」


 ……結局、あの二人の真の目的って……何だったんだろう。きっと、それが明らかになることはないんだろうな……。


「……とにかく、もう混浴はヤメテくれ。千笑も子供じゃないんだ」

「んー、じゃあさ、怪我が治ったら……一緒に入るんべ、温泉! トモくんとなら、混浴したっていいべ?」

「……は!?」

「……あたしの裸、見たいっしょ? あたしも、トモくんの裸見たい!」

「ま……まだはえーよバカっ!! もっとゆっくり進めさせてくれ!!」

「あははっ、じょーだんだってば!! もぉ、顔真っ赤だよトモくん!!」

「う……うるせぇ……!!」


 その日、千笑は……面会時間が終了するまで、ずっと病室にいてくれた。


 ……俺たちがこうして笑顔で会話している間にも、世界では悲しい出来事が繰り返し起きている。あの事故にしたって……どれほどの人がどれほど悲しんでいるのか、想像もつかない。……だけど俺は、今回の事故に巻き込まれたことで……気付いたんだ。


 悲しい現実に直面し、苦しむほど……。人に優しくしようとする思いが、強くなっているということに。


 ……悲しみという感情は、苦しい。だからこそ、他の人にはそんな気持ちを味わって欲しくないと思い、同情心が生まれ、理性が生まれ、利害に拘わらず人を助けたいという気持ちが生まれ、世界を平和へ導き、人を人たらしめるのかもしれない。


 悲しみがなければ確かに生きやすいけれど、何でもできるというのは逆に恐ろしいことだ。相手を殺そうが身内を殺されようが苦しみはなく、それ故いつ自分が殺されるかも分からない過酷な世界となる。まさに、自然界の生態系そのもの。……人間は、そんな世界から脱出するために、あえて「悲しみ」という感情を獲得したんだと思う。


 ……これが、『悲しみという感情の存在意義』に対する、とりあえずの答えだ。続きは、千笑と一緒に……一生をかけて考えていこうと思う。千笑しか救えなかった俺の、せめてもの償いとして……。


最初から最後まで読んでくださった方へ。

愛してます。できれば友達になってください。

……あ、逃げないで!! そんな全速力でダッシュして離れていかないで!!


……お粗末でした☆

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 純愛ですね。見ていて照れてしまいます。 個気味好いリズムで進む筆致、 トリックを使ったストーリー、 随所に散りこめられた科学トリビア。 [気になる点] 謎の子供……が、 98年後に? 量子…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ