表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/27

帰り道の葛藤

「……ふぅ」


 翌日の早朝、俺は大霧湯で癒やしのひとときを迎えていた。今回は、入念に人の気配を確認してから入ったので、変なガキも、年老いた爺さんもいない。貸し切り状態の露天風呂で、物思いにふける俺。


 丁度半日くらい時間を巻き戻せば、ここで千笑が汗を流している。そう思うと、少し興奮した。胸こそそこまで大きくはないにしろ、あれだけ綺麗な脚をしてるんだ、一糸まとわぬ千笑はさぞかし美しいに違いない……。そしてきっと、あの胸はまだまだ成長する。


 そんなことを考えながら、俺は深いため息を吐く。こうして裸の千笑を想像している俺は、……変態なのだろうか。


(いや、男なら誰でも想像するだろ、好きな女の裸くらい……)


 ……むしろ、そうであって欲しいと願った。じゃなきゃ、このまま自己嫌悪に陥って、いつか立ち直れなくなりそうだ。……考えなくて済むのなら、こっちだって考えたくないんだよ。


 ついでに言えば、たびたび千笑と混浴しているという爺さんが、普通に羨ましい。……何だよクソ、俺より先に千笑と裸の付き合いしやがって。……なんて、老い先長くない爺さんに嫉妬するのも、なんだか大人気ないよな。そしてやはり、自己嫌悪に陥りそうだ。


 ……まぁいいか。千笑が生き延びてくれさえすれば、時間はいくらでもある。何しろ、彼女はまだ高校一年生、俺だって高校二年生だ。大学生の頃みたいに、性行為を急ぐ必要もなければ、急かされることもない。彼女の裸に憧れているうちが、むしろ幸せなんだと思う。


 つまり、俺にはまだ……千笑の裸は早いってことだ。もっとドキドキわくわくしたいし、服の下に眠る無限の可能性にときめいていたい。恥じらいのある、甘酸っぱい恋をするために。……大学生の時にやってしまった性行為の記憶も、今となっては邪魔なだけだ。


 だからいいのさ。とりあえず、千笑の裸は爺さんに預けてやろう。間違っても、彼女の裸を見た感想とかを俺に言ってくるんじゃないぞ? それは、録画しておいたスポーツ番組の勝敗を、見る前に言われてしまうようなものだからな。そんなことされたら、怒るだろ?


「……まったく、何考えてるんだか」


 思わず独り言がこぼれた。さっきから、脳内で謎の哲学が炸裂しまくっている。「好きな女の裸」というタイトルで、書籍が一冊書けてしまいそうだ。今さらだけど、一応文系なんです、俺。


 そんなに時間的余裕があるわけでもないし、適当に満足したら体を洗って出るか。もちろん、シャワーなんて設置されていないので、洗面器でお湯をくんでかけ流すしか無い。これ、頭洗うの結構大変なんだよな。千笑はいつも、どうやって洗っているんだろうか。


 ……いかん、また千笑の裸を想像しかけていた。これが正常な思春期の男子なんだと、そう思いたい。本当に、好きな女の裸となると、全力で妄想を企ててくるんだから立派なものだ。こんな想像をしていることが千笑にバレたら、一発で嫌われる気がする。


 体を洗ってスッキリした俺は、湯船から上がった。……さて、捜索願を出される前に埼玉へ帰るか。ちょろっと顔を出してお袋を安心させたら、すぐこっちに戻ってこよう。


 最後にもう一度くらい千笑に会えないかと、湯上がりに遊歩道をふらついてみたものの……、彼女は現れなかった。もう部活へ行ってしまったんだと思う。アイツのダンス……結局見てないな。


 帰りの電車の中で、昨晩千笑から受け取った封筒を取り出す。実は、中を見るのが怖くて……開けられずにいた。もし、この封筒の中身が……「俺の知っている未来」と同じだったら、俺は……何も変えられていないことになる。


 ……しかし、そうだとしたら、このまま行動を起こさない限り手遅れになるってことじゃないか……? だったら、早く中身を確認して、このままでいいのかどうかを判断しなくちゃマズイだろ。


 ……開けるか。中を見なきゃ、どうしようもないもんな。俺は大学の合否通知を開封するような心境で、手の中に収まっている封筒を開き、中身を取り出した。心臓の鼓動が、一気に高鳴る。


「……嘘だろ?」


 中に入っていた写真は八枚。どれもこれも……俺が未来で見つけた写真と、寸分違わず同じだった。……寸分違わず。


 ――俺は、何も変えられていない。


 反射的に、頭を抱えて歯を食いしばる俺。同時に、言い知れぬ不安と絶望が、心を侵食していった。……何も変えられてない? ……そんな馬鹿な。千笑は、約束してくれただろ? 八倉線には乗らないって……。約束してくれたじゃないか……!!


 このまま……埼玉へ帰って大丈夫なのか? 引き返して、千笑を一緒に連れてきたほうがいいんじゃないか? ……いや、それが原因で事故に巻き込まれたらどうする? 事故が今日じゃ無い保証なんて、ないんだぞ? じゃあ、新幹線で帰れば……無理だ、俺と千笑の二人分を払えるほど、金が残ってない。


『……今度こそこれで……最後? 次はいつ会えるん……?』


 脳裏に、千笑の声が蘇る。……まさか、アレがフラグだったりしないよな? それはないよな? ……引き返すか? 引き返して、事故が起こるまで草津に留まり続けるか?


 ……落ち着け俺っ!! そんなの現実的に不可能だろ!! 一旦家に帰るのは、必須条件なんだよ!! 大丈夫、千笑には連絡先も教えてあるんだ。まだメールは届いてないけど、今日中には届くだろう。八倉線には乗るなと、もう一度念を押しておけばいい。


 とにかく、冷静になるんだ。まだ事故は起きていないし、千笑も死んでない。焦って行動して、逆に千笑を事故に巻き込んでしまったら、本末転倒も甚だしいぞ。


 その後も心は揺れたが、結局俺は……引き返さなかった。もちろん、不安は拭いきれていない上に、この選択が正しいという自信もない。……単純に、俺のせいで千笑が事故に巻き込まれてしまうという結末になるのが、怖くなっただけだった。


「お帰り知宏。まったく、もう母さんに心配かけるんじゃないぞ」


 家に着くと、出迎えてくれたのは親父だった。曰く、お袋は俺が思っていた以上に毎日心配していたらしい。……人の心配をすることがどれほど疲れるのかを身をもって感じていた俺は、素直にお袋に謝った。


「急に出て行って……何日も音信不通にしたりして、ごめんなさい」

「……やけに素直じゃないの? 何かあったの?」

「別に。ただお袋の気持ちが分かるようになっただけ」

「……そっか。草津は、楽しかった?」

「……まぁね。お袋に話すことは特にないけど」

「はいはい、じゃあ母さんも聞きません。冷蔵庫にスイカがあるから、お昼と一緒に食べちゃいな。お爺ちゃんのところには、明日行くから」


 俺は「はいよ」と一言返事を返すと、洗濯物を畳んでいたお袋から離れていった。


 俺はスイカを食べながら、改めて家の中を見渡した。昔使っていた扇風機が現役で動いたり、家具の配置が微妙に違っていたり、割れてしまったはずのマグカップが食器棚に置いてあったりして、ノスタルジーを感じる。すぐに草津へ行ってしまったから意識できなかったけど、この家も色々……変わってたんだな。


 スイカを食べ終わると、まだごちゃごちゃと色々置いてある自分の部屋へ行き、適当に置いてあった段ボールへ例の写真を封筒ごと放り込んだ。それから、ベッドへ倒れ込む。


 今は丁度お昼くらいだろうか。外からは、街路樹に止まって鳴いているミンミンゼミの声が聞こえてくる。……少し休もう、もうクタクタだ。こういうときにする昼寝って、最高に気持ちいいんだよな。


 起きる頃には、千笑からの連絡も来ているだろうか。あいつ……寂しがってるかな。……いや、俺だけこんなに心細いのも癪だから、是非とも寂しがっていて欲しい。


 ……そう思いながら、俺はそっと……目を閉じたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ