記憶のない写真
どうらや俺には、未来を予知する能力が備わっているらしい。
そういう話をすると、たいていの人は馬鹿にしてくるか相手にしてくれない。そもそも、しばらくは自分自身でも半信半疑だった。お袋曰く、二○十三年に起きた大規模な電車の脱線事故も言い当てたというが、俺はよく覚えていない。
その「能力」が「確かにある」と自覚したのは、大学を卒業して就職し、一人暮らしをするためのアパートを探しているときだった。
というのも、数件目に紹介されたアパートに明らかな見覚えがあり、説明を受けるまでもなく部屋の間取りまで分かってしまったからだ。……信じられないことに俺は、このアパートに住むということを予め知っていたのである。
「各部屋の間取りは全室同一ですが、今空いているのは……」
「二○三号室ですよね? そこでお願いします」
「えっ? あ、はい」
結局俺は、部屋の見学すらしないまま、賃貸契約をしてしまった。まぁ、俺がこのアパートに住むことは決まっているのだから、見学なんてしても時間の無駄でしかない。
……お袋にそんなことを話したら問い詰められること間違いナシなので、見学には行ったことにするつもりだけど。
いつかテレビで、「時をつなぐ草紙」という、「未来の自分と会話することの出来るアイテム」がこの世に存在するという都市伝説を聞いたことがある。もしかしたら俺は、その類いの何かを使ったことがあるのかもしれない。
……なんていう妄想をしながら、引っ越しを明後日に控えた俺は、二十二年間お世話になった実家で、私物の整理を始めた。今日は二○十九年、三月二十五日。あと少しで「新元号」の発表がある。俺の予知能力が本物ならば、新元号は「令和」になるだろう。
それにしても、今までに整理らしい整理をしたことがなかった俺の部屋はモノで溢れかえっていて、なかなか作業がはかどらない。俺がここから出て行く以上、最低でも「見られたら恥ずかしいもの」は抹殺して行きたいのだが……。
そんな調子で部屋の隅々まで確認していた俺は、プリント類を押し込んでおいた段ボールから、見慣れない茶封筒を発見した。中には、厚手のカードのようなものが何枚か入っている。
(……写真?)
興味本位で封を開けてみると、出てきたのは八枚の写真だった。恐らくどれも同じ時期に撮られたもので、制服を着ている写真もあることから高校生の頃と思われる。……でも。
(……誰だこれ)
写真の全ては女性とのツーショット。一見すると何の変哲も無いただの写真なのだが、おかしな点が一つある。そう、俺はその女性に全く心当たりがなかったのだ。
(……そんなこと、あるか?)
写っている女性の髪型はいわゆるツインテールで、やや眉が太く凜々しい顔つきをしている。どの写真でも爽やかな笑顔をしていて、はにかんだ口からは八重歯が覗いていた。なんとなく、スポーツ系の部活にいそうな風貌だと思った。
……しかし。どんなに見つめても、どんなに記憶を辿っても、その子が誰なのか一向に分からなかった。むしろ、こんな女性とは関わったことがないと断言できる。……それなのに、彼女の隣にいる男は、紛れもなく俺なのだ。
(……わけが分からない。どういうこと?)
こんなに親しげに写真を撮るほどの仲にまで発展した相手のことを一つも覚えていないなんて、あり得るのだろうか。もし本当に完全に忘れているのだとしたら、俺はよほどの薄情者か頭の病気だ。
他に何かヒントはないのかと、俺は封筒を広げて中身をくまなく調べた。すると、封筒の内側に緑色のポストイットが貼り付けてあって、そこには鉛筆でこんなことが書かれていた。
『苦しいよ。人はなんで悲しむん?』
……何だこれ。俺、この子に何か酷いことでもしたのか? 入れ方から察するに、積極的に読んで欲しかったわけでもなさそうだし。だとすれば、一種の恋文? 心の叫び……?
……しかし、俺に初めて彼女が出来たのは大学二年生の時で、相手は茶髪でオシャレなイマドキの大人だった。こんな垢抜けない感じのツインテール娘とは、程遠い容姿だ。加えて高校は男子校の上、熾烈な受験戦争のせいで恋愛どころではなかった。高校生の俺がこんな娘と恋に浸るなんて、どう前向きに考えてもあり得ない話なのだ。
俺は再び写真に目を落とした。……本当に誰なんだ、この娘は。記憶喪失にでもなっているのか? いや、だとしたらもっと周りが騒いでいるはずだし、そもそもこの娘のこと以外は普通に覚えている。
とりあえず俺は、その写真をアパートへ持ち帰ることにして、ハンドバックへと放り込んだ。こんなものに惑わされていたら、明後日の引っ越しまでに荷造りと部屋の整理が終わらなくなってしまう。
……が。やはり、気になる。気になって気になって仕方ない。気がつけば中学や小学校の卒業アルバムを引っ張りだし、血眼になって同じ顔がないか探していた。
(やっぱりこんなやついないよ……)
結果はノーヒット。いずれのアルバムにも、写真に写る女性の顔は見つからなかった。俺は弱々しくアルバムを閉じ、頭を抱えた。
誰が、いつ、どんなシチュエーションでこの写真を撮ったんだ? そもそも、どうして俺は何も覚えてないんだ? それに、この謎のメモ……。なぜ君は苦しんでる? 悲しんでる? 理由を書いてくれなきゃ、俺には分からない……!!
途方に暮れて何もする気がなくなってしまった俺は、ベッドへ倒れ込んで目を閉じた。……これは、俺の予知能力と何か関係があるのだろうか。まさか、未来を知る代償として過去のことを忘れてしまうのでは……?
(……もしそうなら、あまりこの能力を使いたくないな)
そう思うも、この能力をコントロールする方法が分からないのだから、どうしようもない。次に何か未来のことを知ったとき、俺はまた、過去の思い出を失うのだろうか。
(怖すぎるだろ、そんなの……)
今、俺の頭の中には、次の元号が「令和」になるという未来の情報がある。これが当たると、俺の過去がさらに消える……? だとしたら、恐ろしくて仕方ない。どうか、この予測はハズレてくれ……。
……そう願い続けたのに。結局、俺の予測は……見事に的中してしまうことになる。写真に写る彼女の笑顔は、そんな俺をあざ笑っているようにも見えた。