運命を変えるには
「……初めて会ったときにも言ったけど、俺……かなり前から千笑のこと知ってたんだ。ずっと会いたかった。最初に会いに行ったときは会えなくて、すげー落ち込んだんだぞ、俺……」
まずは、千笑に俺の素直な気持ちを吐露してみる。……なかなか警戒した顔で見つめられているが、気にしない。そういえば、初めて会ったときもこんな表情だった。心の中と表情が連動してくれるのも、コイツのいいところだ。……まったく分かりやすいヤツだよ、千笑は。
「だから俺は、千笑が絡んでくれて本当に嬉しかった。こんな……どこの馬の骨かもしれない俺を受け入れてくれて、色々経験させてくれて……。凄く感謝してるし、これからも一緒にいたい。言っただろ? 俺はお前について行きたい……って。忘れてないよな?」
こくりと、幼い子供のように頷く千笑。
「それに、お前をからかって楽しむ程度の目的で、ここまで付き合いきれないだろ、フツーに考えて。ほとんどの男子は挫折するぞ」
「……まぁ、確かにね。私も、矢吹さんが千笑をからかうためだけにここまでついてきたとは思えないな。信じてあげなよ、矢吹さんのこと」
途中から、果歩さんも俺の味方をしてくれた。……まぁ、こうなった原因を作ったのは果歩さんなんだから、責任はとってもらわないとな。
「……にしても気になるんは、なんで矢吹さんが千笑のことを知ってたのか……ってとこですね。……まさか、ストーカー?」
「違うわ!! 健全な男子高校生だわ!! 千笑に嫌がられたら、潔く引き下がるつもりだったし!! てか、果歩さんは味方じゃないの!?」
「……でもそれ、あたしも気になる。……なんでトモくんは、あたしのこと知ってたん? やっぱさ、トモくん……」
大人しくしていた千笑が、うつむき加減でポツリと呟き……。気になる言葉を、その後に続けた。
「あたしのこと……助けにきた人じゃないん……?」
ドクン……と、俺の心が脈動した。そういえば、初めて会ったときも千笑はそんなことを……。コイツ、何か心当たりがあるのか?
「それは……どういう意味だ……? なんでそう思う……?」
「あたしもよくわかんないんだけど、爺ちゃんが……。これ以上は、言えない。あんまし言わない方がいいって、言われたから」
「そう……か。……あの……さ。ひょとしたらそれと関係あるのかもしれないけど……」
……千笑が誰に何を言われたのかは、分からなかった。でも、この展開にあやかれば……事故から逃れる手段を伝えられるかもしれない。そう判断した俺は、ようやく……その術を話す覚悟がついた。
「実は俺、千笑の運命的なものを知ってるんだ。内容は……知らないほうがいいと思う。でもきっと、この運命は変更できると思ってる。だから、俺が今から言うことを、絶対に守って欲しいんだ」
「うん、分かった……」
「……よし。じゃあ言うぞ」
ゴクリと生唾を飲む千笑へ、俺は大きく息を吸い込んでから言った。
「……八倉線には、どんなことがあっても絶対に乗るんじゃない」
「……うん。……で?」
「それだけだ。それだけだけど、絶対に守って欲しい。何があっても」
千笑は、肩すかしを食らったように目を丸くして黙っている。
「……そんなこと言われなくても、八倉線なんて乗んなくない? 千笑、八倉線がどこにあんのか知ってんの?」
「ううん、知んない……」
「知らないからこそ、気付かずに乗っちゃうかもしれないだろ?」
「そうですかねぇ? 基本、ウチら吾妻線と両毛線しか使わないし。八倉線なんて、千笑も私も乗ったことないんじゃない?」
「ないけど……。トモくんがそう言うんなら、気をつける。後で調べとくよ、八倉線のこと……」
意外と素直に、俺の話を聞いてくれる千笑。……良かった。これで大丈夫なのかどうかはわからないが、とりあえず伝えることはできた。俺にあの事故自体を防ぐほどの能力はないだろうし、……千笑が生き残ってくれればそれでいい。それが俺の精一杯だ。
「……だけど、その八倉線で何があるんですか? それが、千笑の運命とどう関係してるのか……ちょっと分からないんですけど」
「……詳しいことは言えない。でも、近いうちにわかると思う」
ここで詳細を説明して、正義感の強い千笑に「あたしだけが助かっても意味ない、他の人も助けて!」……なんて言い出されたら、困るからな。そもそも「八倉線で脱線事故がある」なんて予言みたいなこと言ったら……逆に信じてもらえなくなるかもしれない。濁しておくのが一番いいと俺は思った。
「とにかく、だ。昨日も言ったけど、俺は千笑が好きなんだ。お前も、そろそろ立ち直れ。たった一人の人間に振られただけで、『好きになってくれる人なんかいない』……なんて一般化するなよ」
「わかった、ありがと……。……って、え!? あたしがフラれたこと、なんでトモくんが知ってるん!? あたし、話してなくない!?」
「果歩さんが凄く詳しく教えてくれたから」
そう言ってやると、千笑は顔を真っ赤にして「かふぉおおおおお!!」と雄叫びを上げた。笑顔で「めんごめんごー」と誤魔化しながら、俺を睨んでくる果歩さん。……さっきの仕返しだっつーの。
千笑って表面的にはずぼらで無頓着で鈍感に見えるけど、実はむちゃくちゃ繊細で傷つきやすいんだよな。背伸びしているだけで、心はまだまだ未熟なのだろう。大人の俺が、フォローしてあげないと。
「……ふぅ。なんだろ、とりあえず問題解決? ってか、私……完全に邪魔者じゃん。明日は二人だけでどっか行ったら?」
果歩さんが、少し拗ねたような声色で呟きながら、静かに立ち上がった。ちなみに、カニ天もエビ天もだいぶ前に無くなっている。
「でも、それじゃあ果歩が……」
「余計な気遣いしなくてよし。二人で楽しんできたらいいよ。あーあ、矢吹さんに千笑取られちゃったなー。……私も頑張んなくちゃ」
「果歩……」
その時、「ぷぅー」という可愛らしい音が、草津の大自然へと解き放たれた。……黙り込む三人。ちなみに、俺じゃない。俺のはもっと厳つい音だ。……でもこれ、俺がしたってことにしてあげないと、当人の精神的ダメージが……
「……ごめん、今のあたし」
……なんて悶々としていたら、千笑があっさりカミングアウトしました。ホント、こういうのは気にしないんだよなぁ、コイツ。それとも、まだ俺は試されているのか? ……それはそれで構わないけど。
「……うん、絶対しちゃいけないタイミングだったよね、今。よりによって、私の名前言いながらですか千笑さん」
「……ごめん。すかそうと思ったんに、……失敗しちった」
手を頭へやりながら、照れくさそうに舌を出す千笑。……なんだろう、この破壊力は。理性が粉々になりそうだ。今すぐ全力で抱きしめてやりたい衝動に駆られるも、まだそこまでの関係じゃないだろうし果歩さんもいるということで……諦めた。でもいつか、思い切り抱きしめてやるんだ。
「さて、じゃあ片付けて帰りますかー。日が暮れちゃうと危ないしね。矢吹さん、新聞紙をできるだけ小さく丸めてもらっていいですか?」
「おう、任せろ。……ところで、千笑は何してるんだ?」
「今日も色々お世話になりました……って、大自然に感謝する踊り」
「……うん、千笑も片付け手伝おっか」
帰りは……言わずもがな、行き以上に苦労した。あの、足場の悪い急な坂を、今度は登っていかなきゃならないんだ。……考えるだけでため息が出る……が、女子二人は例に漏れずスイスイと駆け上がっていった。ホント、毎日どんな生活してるんだよコイツら。
遊歩道の入り口で、果歩さんを見送る。長い一日もそろそろ終わりか……と思うのもつかの間、俺たちにはまだやる事が残っていた。
「……今日も、行くよな?」
こくりと頷く千笑。昨日生存を確認したカラスの雛が無事なのかどうか、この目でしっかり確かめないと……今日は終わらないのだ。