誰も好きにならない
「テレテッテケレーテテテー!! 元気ハツラツ、千笑です!! さぁ、今日は『お手軽♪カニレシピ』の紹介だよっ!!」
「よろしくお願いします、千笑先生」
「こちらこそよろしくね、アシスタントの果歩さん!! そんじゃあまず、どっかの山でサワガニとスジエビを捕ってくんべぇ!!」
「……そっから始まんのかよ。その時点で手軽じゃねーよ。あと、冒頭のメロディーってなんなん? 私聴いたことないんだけど」
……何やら始まった謎の寸劇を、俺は近くの倒木に腰掛けながらボーッと眺めさせられている。
「まぁまぁまぁ、急にマジレスすんのヤメテくんないかな怖いから。トモくんもこっち来てよー」
「はいはい、行く行く」
俺は「よっ」と倒木から立ち上がり、千笑達と携帯コンロを囲んだ。
「ホントは一日かけてドロ抜きした方がいいんだけど、時間もねぇし川も綺麗だから、今回はドロ抜きしねぇで食っちゃうんべ!!」
「ドロ抜き?」
「要するに、この子達の中にある糞を外に出す作業ですよ。汚い場所だと泥臭くて、糞が入ったままじゃとても食べられません」
「なるほど……」
「まぁ、ぎゅうぎゅう詰めのケースで餌もなく一日死の恐怖に怯えるよりは、すぐ食べてあげちゃった方がこの子達のためですよ」
……なんだろうな、果歩さんって言い方が怖いんだよないちいち。俺、すぐ自分に当てはめて考えちゃうんだから、ヤメロよ。
「んじゃ、あたしは油わかしとくから、果歩は小麦粉を水で溶いてかんましといてくんない? いつも通り、ちっと固めね!!」
……着々と整う死への花道。彼女たちの無邪気な声の意味が、カニ達に伝わっていないことを祈るばかりだ。何も知らなければ、恐怖を感じるのはほんの一瞬で済むだろうから。
「千笑ーコロモできたー」
「おっけー。トモくん、エビとカニを衣の中にぶっ込んじゃって!!」
「……お、おう」
とりあえず、千笑の指示に従って、エビとカニを一旦網へ移して水を切る。そしてそれを、果歩さんが準備したコロモの中へ放り込んだ。コロモにまとわりつかれ、身動きが出来なくなるカニたち。もうすぐこの世ともおさらばだ……。
「そんじゃ、行きますか!! 油へダーイブ!!」
ブジュォァアアアア!!!!!! というものすごい音を立てて、エビもカニも一瞬で真っ赤になった。君たちに罪はないけど、生まれ変わったらもう……人間に捕まるんじゃないぞ……。
「良く熱を通したら、油を切って塩で味付けするんさ。そんで……はい、完成!! どう? お手軽っしょ? 早速食べてみて!!」
千笑に差し出されて、恐る恐る口にする俺。まぁ、見た目は完全に普通の天ぷらなのだが、いかんせんバックグラウンドを知っているとどうしても躊躇してしまう。……色々な意味で。
まぁ、普通に美味いんだけどさ。美味いんだよ、千笑に勧められたものは何もかも。魚も美味かったし。だけど、それがなんとなく悔しくて、素直に喜べない俺がいた。……だってさ、美味かったら……また食いたいと思うじゃん。……今日を生き延びたヤツだって、いつかは食われちゃうかもしれないわけよ。そう思うと、……切ないだろ。
……なんてのが綺麗事なのは、分かってるんだ。結局食うし。コンロを片付け、新聞紙の上に広げた揚げたてのカニエビ天をスナック菓子のように頬張りつつ、俺たちは他愛のない話を始める。
「……矢吹さんって、埼玉出身でしたっけ?」
「ん……うん、まぁな」
「今回は、どうして草津に来たんですか? 旅行?」
俺は返答に困り、口をもごつかせた。俺だって、自身に起きたことを完全には受け入れ切れていない。直接の目的は「千笑に会うため」なんだろうけど、そう言ったら果歩さんにドン引きされそうだし……。
でも、千笑には「千笑に会うために来た」って言っちゃったんだよな。どうしよう、俺の台詞を千笑が忘れていることを祈って、一人旅ってことにしておくのが無難か……。
「まぁ、なんて言うか、高校生のうちに一人旅しておこうと思って」
「……えっ? トモくん、初めて会ったとき……あたしに会うためだけに来たって言ってたじゃん!! あれ、嘘だったん……!?」
はい、普通に覚えてましたご苦労様でした。果歩さんが嬉しそうにめっちゃニヤけてるんですケド、俺はどうしたらいいですか?
「ホラ、やっぱ違うじゃーん!! ようは千笑の虚言? 妄想?」
「妄想じゃない!! ホントに……トモくんがそう言ったんだよ……」
千笑が、今にも消えてしまいそうなか細い声で呟いた。……つか、果歩さん……しれっと「どうして草津に?」なんて聞いてきたけど、すでに千笑から話聞いてたのかよ!! 本当に怖いなこの娘!!
「あーもう!! そうだよ、実は千笑に会うのが目的だったんだ。そう言ったら果歩さんに引かれると思って、嘘つきました。すみません」
開き直って訂正する俺を、千笑が寂しそうな表情で見つめてくる。
「……えっ、マジなんですか!? 本当に千笑に会うためだけに……?」
「だからそうだって。千笑に会いたくて、俺は草津に……」
「そんなわけないよねっ!!」
そして突然、俺の言葉を大声で一方的に遮ってくる千笑。
「あり得ないでしょ、そんなん。あたし、トモくんの顔も知らなかったんに。あん時はさ、あたしも寂しかったし……色々あってなんとなく心を許しちゃったけどさ、今なら出来すぎた展開だったって分かるよ。突然あたしんちの前に来てさ、『君に会いに来た』……って、どこの少女漫画だって話だべ!!」
「落ち着け千笑、俺は本当に……」
「あたしなんかのこと、好きになるハズないじゃん!! 自分でも分かってんだよっ、男の人に引かれてるってことくらい!! ……トモくんの目的はなんなん!? あたしをからかって楽しみたいん!?」
やばい、何だかスイッチ入っちゃったっぽいぞ千笑のヤツ……。つーか、完全に果歩さんのせいだろこれ。どうすりゃいいんだよ。
「……トモくんの言葉本気にしてさ、バカみたいにウキウキしてさ、ホント滑稽だったよねあたし!! もういいでしょ!? もう満足でしょ!? からかってるだけならさ、今すぐどっかいってよっ!!」
いや、万が一どっか行きたかったとしても、ここじゃ無理だって。ヘンゼルとグレーテルの親よりもたち悪いぞ千笑。お前がいなきゃ、間違いなく遭難する。……どっかいくつもりないけど。
コイツあれだな、俺の想像以上にフラれたこと引きずってて、トラウマになってて、やせ我慢し続けてきたんだな。そうだよな、考えてみればコイツ、まだ高一だもんな。思春期の恋煩いは、5時間寝るだけで治るほど甘くない。温泉の効能にも、「恋の病は治せない」って書いてあったし。
「……あたしを好きになる人なんて、いるわけないんだ」
果歩さんに寄りつきながら、千笑は涙ぐんだ声でそう言った。さて、これからどうしようか……。