エビカニ合戦
「ふ……二人ともちょっと待って!! 速い!! 歩くの速い!!」
……まぁ、なんだろうな。現実はそんなに甘くないな。
翌日千笑が案内してくれた場所は、女子高生二人と甘いひとときを過ごせるようなレジャー施設ではなかった。
思わず「えっ、ここ入るの!?」と声を上げてしまいそうな茂みを突っ切り、落ち葉と下草で覆われた勾配のキツい下り坂を、所々に生えるツタや木の枝を手がかりにして降りていく。ちなみに、道らしい道はない。……二人とはぐれたら、俺はもうお終いだ。
「はやくー。日が暮れちまうべー?」
千笑も果歩さんも、まるで忍者のようにスイスイ降りていく。千笑なんて初日に俺が背負っていたのと同じくらい大きなリュックを背負っているクセに、まるで動きにハンデを感じない。なお、今日も二人は紺のジャージを着ている。たぶん、高校指定の体育着だろうな、あれ。果歩さんは長ズボンだけど、千笑はハーフパンツだ。そして俺は、半袖のTシャツとジーパンを履いてきた。
「あんまそっち行っちゃダメッ!! スズメバチの巣があっから!!」
一旦どこかで休憩したくて密かに座る場所を探していた俺は、いい感じの倒木を見つけたのでそこへ向かおうとした。……が、直後に千笑に怒られる。……ナニこの無人島サバイバルゲーム。
「あとそこ、めっちゃノイバラ生えてっから気をつけて!! この前来たときなんか、足が血まみれになったかんねあたし!!」
……そうか、初日に千笑の足が絆創膏だらけだったのはそういうことか。いや、じゃあ長ズボンで来いよ。ハーフパンツだから余計に被害が拡大したんだろ、絶対。……学べよ。
「……一体、今日の目的はなんなんだ……?」
どうせ一筋縄には教えてはくれないだろうが、ダメ元で行き先を聞いてみる。すると……
「んー? えっと、カニとエビをめっちゃ捕まえて食う!!」
……意外と素直に教えてくれた。しかし、イメージが湧かない。カニとエビをめっちゃ捕まえて食う? ……どういうことですか千笑さん。
「……カニとエビは海にいるモノだろ?」
「川にだっていっぺぇいるよ!!」
「サワガニとスジエビですね。てか、ばらしちゃっていいの?」
果歩さんの言葉に、「あー!!」と奇声を上げる千笑。
「しまったぁぁ……。あまりにもナチュラルに聞かれたんでつい……。トモくん、誘導尋問なんてずるくね!?」
「……どの辺が誘導尋問だったのか、俺に分かるように説明してくれ」
「まぁまぁ、もう少しで着くんで、頑張ってください矢吹さん!!」
そうこうしているうちにだんだん坂が緩くなり、見渡しが良くなってきた。耳を澄ますと、水の流れる音が聞こえてくる。
「ついたぁー!! ここが今日のメインイベント会場でーす!! あたしの秘密の場所だかんね、絶対誰にも教えちゃだめだかんねっ!?」
「安心しろ、教えたくても教えられない」
そこには、幅2mほどの小川が、サラサラと流れていた。深さはだいたい20cmくらいだろうか。川底にころがる大小様々な大きさの石が抵抗なく見えるくらい、水は澄んでいた。
「へぇー、なんか凄い大自然って感じだな」
「いいっしょ!? あたしはここを、『千笑の楽園』って呼んでんの!!」
「うん、センスのかけらも感じられない安直で薄っぺらいネーミングだけど、それがいかにも千笑っぽくていいよね!!」
……相変わらず手厳しい返しだな、果歩さん。
「さて、そいじゃエビカニ合戦始めますかぁー!! ところで果歩ー、背中にワクサついてんよー! しかも二匹!」
「はぁ!? なに嬉しそうに言ってんの!? 早くとってくんない!?」
「でも、今交尾中だから……」
「いいから早く取れよ」
ワクサってなんなんだ? ……と思いつつ、ギャーギャーやっている二人を尻目に俺は川へ手を入れてみた。水は思いの外冷たく、いわゆる「泥臭い匂い」が全くしない。よほど綺麗な水なんだろう。
「こうやってー、少し浅いとこにある石をめくるんさ!!」
いつの間にか隣に来ていた千笑が、俺にカニの取り方をレクチャーしてくれた。ふと見ると、ちゃっかりサンダルへ履き替えている。
「ホラ、三匹発見!! そこらじゅうにいっから、どんどん採って!!」
「ホントだ、カニだ。いるんだな、こんな山の中にも」
「おーい、二人ともこっち向いてー!! はい、チーズ!!」
千笑と一緒にカニを探しているところを、果歩さんが写真に納めてくれた。そういえば、釣り堀でも撮ってくれていたっけ。……これってもしかして、あの時の8枚の写真になるんじゃ……。
それにしても、いるわいるわ、次から次へとカニが出てくる。
「おい、見ろ千笑!! コイツめちゃくちゃでかいぞ!!」
「んー、でかすぎんねー。あんまりでっけぇと固くて食べにくいよ。あと、卵抱いてるヤツは逃がしてね」
「……はい」
無闇にハイテンションになっていた自分が恥ずかしくなり、却下されたカニを投げ捨てる俺。……うん、もう少し落ち着いて探そう。
「千笑ー、網あるー? 私エビ採ってくるわー」
「おっけー、網は小さいんがリュックん中入ってんよー」
「……エビはどこにいるの? この辺はカニしか見当たらないけど」
「エビは、もうちっと深いところじゃないと採れないんさ。すばしっこいから素手じゃ無理だし。あたしらはカニを採るんべ!」
そんなこんなで、俺と千笑は浅瀬でひたすらカニ採集に励んだ。意外とハマるんだよ、これ。
夢中で岩をめくり返しているとき、ぴょん……と緑色の何かが川に飛び込んできた。何かと思ったら、カエルだ。それなりに生き物に慣れてきた俺は、咄嗟にそれを捕まえた。ふふ、初日の俺とはもう違うんだぜ、カエルよ。これあれだろ? シュノーケルガエルだろ?
「千笑、見ろ!! シュノーケルガエル捕まえたぞ!!」
得意げに千笑に見せつけるも、「ふっ」と鼻で笑われた。
「それを言うなら、シュレーゲルアオガエル。ちなみに、今トモくんが捕まえたんはただのアマガエル」
「……そうですかごめんなさい」
「あっはは!! 穴があったら入った方がいいんじゃない?」
……えっ、何この羞恥プレイ。そして、「穴があったら入った方がいい」って何だよ。そういう使い方する人初めてだわ。そのことわざってあれだぞ、普通自分自身に対して使うんだからな?
「で、これ……どうする? 『いきもの』のお土産にする?」
「んー、今日はカニ持って帰っから、いっかなー」
「てか千笑、まだ『いきもの』飼ってたんだ。長いよねー、もうかれこれ十年以上千笑んちにいるんじゃない? あの亀」
途中から、果歩さんが会話に混ざってきた。その手には、大量のエビが入ったバケツが握られていた。
「そだねー、えーと、今年で11年目になるんかな?」
「それにしても、どうして名前が『いきもの』なんだよ。もっと他になかったのか?」
「それは私も同感でーす。ペットに『いきもの』って名前つけてる人を、私は千笑以外に知らない」
「えー、だって『本当の名前』が分かんないんだもん。あたしが勝手に名前つけちゃったらさぁ、かわいそうじゃん。だからとりあえず『いきもの』って呼んでたんだけどさ、いつの間にかそれが名前みたいになっちゃって……」
ヤバい、千笑のこだわりが謎すぎる。「本当の名前」って何? 野生の生き物に名前もヘッタクレもないだろ。
「あはは、千笑ってやっぱ変わってるよねー。ねー、矢吹さん?」
「そうだな、変わってるな。でもいいんじゃないか? 変わってても」
そう言いながら千笑の方へ顔を向けると、さっと目をそらされた。まったく、頬を赤くしやがって。……いじらしいヤツだ。
「さ、そろそろ料理すんべ!! もういいっしょ、こんだけ採れば!!」
「えっ、料理って……ここでするの?」
「そっさー!! そのために携帯コンロ持ってきたんだから!!」
……は? おいおい、あのリュックの中……携帯コンロ入ってたのか!? つくづくすげぇな、この女!!
こうして、俺たちの「料理教室inどっかの山奥」が始まった。