生きていた雛
「今日はありがとな。楽しかったし、色々勉強になった」
「まだまだこんなもんじゃねぇよ!! 明日はもっと凄いとこ連れてってやっからさ!!」
「あー、多分あそこかぁ。……でも、都会人には厳しいんじゃない?」
「かほぉー、今度こそ最後まで秘密だかんね!?」
日も暮れてきたところで、俺たちは解散することになった。どうやら、明日もどこかへ連れて行ってくれるらしい。楽しみにしておこうか、一応。……いや、凄く楽しみにしておこう。
「じゃ、私はこれで。たぶん、明日も千笑について来ますんで、またよろしくお願いします」
「おう、気をつけて帰れよ。明日もよろしく!」
とりあえず、千笑と一緒に果歩さんを見送る。
「トモくんは? もう民宿に戻んの?」
「んー、どうしようかな。戻っても特にやることないし……。てか、今日も見に行くのか?」
「……え? 見に行くって?」
「アレだよ、カラス。毎日観察してるんだろ?」
二人だけになってから、俺は千笑に尋ねてみた。実は、ずっと気になっていたんだ。千笑からは、「うん、行くつもり」……と返ってきた。
「じゃあ、俺もついて行っていいか?」
「えっ? 来てくれるん? じゃあ、今から行ってみんべか!」
実際、あの親鳥たちはいつまであそこにいるのだろう。どのくらいで諦めがつくのだろう。……なんとなく、俺はそれが知りたかった。
「えっと……あ、ここだここだ」
それにしても、よく巣が落ちてる場所の入り口を覚えていられるよな。この辺りなんか、どこも似たような感じで……正直、千笑が案内してくれないと巣まで辿り着けそうにない。
「まだ……親鳥いんね……」
下草をかき分けていくと、巣が見えてきた。先に到着した千笑が、梢を見上げながら呟いている。相変わらず「ガーガー」という攻撃的な鳴き声を上げながら、二匹のカラスは俺たちを見下ろしていた。
「いつまで……いるんだろう。食事はしてるのかな……」
「どうなんかねぇ……。おーい、もうそろそろ次に進んだ方がいいぞー」
落下して死亡した二羽の雛の亡骸は、昨日よりもさらに形が崩れていた。もはや俺は直視できず、咄嗟に目をそらす。そのとき……
「……あれ?」
俺は、少し離れた草むらの中に、もう一つの雛らしき影を見い出した。確か、最初雛は三匹いて、途中で一匹いなくなったって千笑は言ってたよな? もしかして、あれがそうか?
「なぁ千笑。あそこにも……雛っぽいのいるよな。あれも死んでるのか?」
「えっ? あれ? あんなところにいたっけ?」
首をかしげながらその影へ近づいていく千笑。すると……
「ちょっとトモくん!! この子……生きてんよ!! まだ生きてる雛がいたんだ!! 食べられたんじゃなかったんだね!! 良かったー!!」
千笑の歓声が上がった。俺もすかさず近くへ駆け寄る。
「マジか……!! 不幸中の幸いってやつだな!!」
「なるほど、だから親鳥がいたんだ。子供の死を諦めきれなかったんじゃなくて、この子のことを見守ってたんだね」
「巣にいなくても、親は世話するのか?」
「うん、してると思う。だから、そっとしといてあげよう」
……千笑はそう言うけれど、俺は心配になった。本当に世話されているかも分からないし、犬や猫に襲われる可能性だってある。
「俺たちが……保護したほうがいいんじゃないか?」
そう提案するも、千笑は首を横に振った。
「それはダメ。親鳥がいるんだからさ、任せればいいんだよ」
「だけど、このままじゃこの雛も……食われちゃうかもしれないぞ?」
「野生の生き物はさ、意味も無く他の生き物を殺したりしないよ。何かが死ねば、何かが生きる。……みんな必死だから。あたしらがこの雛だけに肩入れするのも、おかしな話っしょ? なんでも助けることが正義、ってわけじゃない」
「そう言われたらそうだけど……」
「あたしらは、見守ることしかできないんさ……。結局、あたしらの知らないところで、数え切れない数の雛が……死んでるんだから」
……いいんだよ、知らなければ。そう心の中で呟いた。俺は、この雛のことを知ってしまった。だからこそ、死んだら悲しくなるし、死んで欲しくないと思う。こんなことを言うと綺麗事を連ねた反論をされそうだけど、それが人間ってものだ。全く知らない他人のことを心配して助けようとする人なんて、そうそういないじゃないか。
……でも、俺は千笑の言葉に反対はせず、小さく頷いた。
「千笑って……悟ってるよな」
カラスの巣を後にした俺たちは、そのまま遊歩道を一緒に歩いた。
「悟ってる……? そう見えんの?」
「あぁ……。自分が死ぬことになったとしても、『それは運命だから』とか言って、潔く受け入れそう」
「えー、そんなことないし。死にたくねぇー!! ……って騒ぎ立てるよ絶対。……まぁ、その時の歳にもよるだろうけど」
「じゃあ、もし……千笑が死ぬ運命にあって、でもそれを俺が変えてしまったとしても、怒ったり……しないか?」
千笑に、「はぁ?」……という顔でガン見される俺。……当たり前か。
「……何が言いたいのさ? あたし……死ぬ運命にあるん……?」
「……馬鹿にしないで聞いて欲しいんだけど、実は俺……」
怪訝そうな顔つきで俺を見つめ返してくる千笑。……ダメだ、多分これ……今言っても受け入れてもらえないな。
「……やっぱ止めた」
「えっ!? なんで!? 気になんじゃん!! バカにしないから、続き話してくんない!?」
「いや、なんつうか……。やっぱ俺、千笑のことが……好きだ」
……誤魔化しも兼ねてそう言ってやると、千笑は顔を「ボカン」と真っ赤にして、俯いた。何だかんだちゃんと女の子じゃん、コイツも。
「ななな……なんなん急に……!! なんなん!? なんなんもぉー!!」
「千笑は、俺のこと……どう思ってる?」
「どう……って、アレだよもぉー!! もぉぉぉおー!!」
「それはなんだ? 牛の気持ちを理解するための訓練か?」
ニヤニヤしながらそうからかうと、可愛いパンチが胸元に飛んできた。
「バカぁー!! あたしだって好きだぁ!! 好きだけど……!!」
「けど……?」
「……トモくんにずっと好きでいてもらえる自信が、ない」
寂しそうに、そう呟く千笑。結局コイツ、フラれたこと引きずってるんじゃねーか。全く、幼いのか大人なのか、どっちなんだよ。
「そうだな、人の心は変わっていくものだからな。今日好きだからと言って、明日も今日と同じくらい好きとは限らない」
「……そうだいね。トモくんもきっと……だんだん嫌いんなってくんだいね、あたしのこと……」
「んー……、逆じゃないか?」
「……へ?」
「千笑のこと、知れば知るほど、どんどん好きになる。明日はきっと、今日以上に千笑のことが好きになってる」
また「ボカン」と顔が赤くなった。……こいつ、からかうの楽しいな。
「なにそれ!! なにその歌詞っぺぇ薄い台詞っ!!」
「薄いってなんだよー。素直にそうじゃん。お前は確かに変わってるけど、俺はお前について行きたいっていつも思うぞ」
「その言葉、あたし忘れないかんね……!! 一生忘れないからっ!!」
「おう、頭に刻み込んどけ。……ってことはあれか? 俺たち、付き合ってるってことでいいのか?」
「ま……まだっ!! もうちっと様子見てからにする!! とにかく明日っ!! 明日また、今日とおんなじ時間に遊歩道ん入り口来て!!」
「はいはい、了解了解」
「そんじゃ、今日はあたし……帰るっ……!!」
捨て台詞のようにそう言い放つと、千笑は真っ赤な顔のまま猛スピードで走り去ってしまった。……やれやれ、少しからかいすぎたかな?
何にしても、また明日……か。会えるといいな、明日も。