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命の味

「……で、これ……どうしたらいいんスか千笑さん?」


 カッターを渡されたはいいものの、勝手が全く分からない。魚とはいえ、生きてる生物に刃を入れたことなんて、生まれてこの方一度も無いんだよ俺。


「んー、動いてっとやりにくいから、先に気絶させちゃいなよ」


 そういえば千笑のヤツ、捌く前に魚を叩き付けてたよな。やっぱり……あれをやんなきゃダメなのか。


「私は面倒だから、そのまんま捌いちゃいますけどね。ここをカッターで切れば、内臓が綺麗に引っ張り出せますよ」


 取り出した内臓を、「ほーらお友達の中身だよー」と言って堀へ投げ込む果歩さん。……なにその怖い台詞。そして、そうとも知らないであろう魚たちは、お友達の内臓を貪り食っている。


 チクショウ、どうしてそんな躊躇無くできるんだよコイツら……。「私、お魚なんて捌けないですぅ~」……とか言う女子はいないのか? ……いや、むしろ埼玉に帰ればそんなのばっかりか。


 ……しかし。


 やっぱ無理だって、これ……。めっちゃビチビチいってるし、ぶっちゃけいますぐ堀に返してやりたい(最初に釣った瀕死状態のヤツはともかくとして)。岩に叩き付けるとかあり得ないだろ。内臓取り出して串刺しにして焼くとか……人間で考えたらめちゃくちゃおぞましいぞ。万が一魚に生まれ変わったらどうするんだ。


「……トモくん? 早く捌かないと。果歩はもう焼き始めてんよ?」

「……すまん、俺やっぱ……捌けないわこれ……。とりあえず、こっちの……今にも死にそうな方なんとかするから、そっちは……千笑がやってくれないか?」


 俺のお願いに、千笑は「まぁいいけどさ」と返してくれたものの、表情は浮かなかった。そして、ポツリと一言、呟く。


「トモくんはさ、誰かが捌いてくんなきゃさ、魚も食えないん?」

「……え?」


 言葉に詰まり、戸惑う俺。


「あ、別に責めてんじゃないんだけどさ。……なんでかな、って」

「なんで……って言われても……。……辛いから、としか……」

「トモくんって……優しいんだね。あたしは、物心ついた頃からこんなんだったからさ、人として何か欠けてんのかな。でも、ただ生きるだけだったらあたしの方が有利だね! あはは、あたしの勝ち!」


 そう言いながら、千笑は魚を岩に叩き付けた。さっきまであんなに元気だった魚は、すぐに動かなくなった。……俺はふと、昨日カラスの巣の前で千笑が言った台詞を思い出す。


『だとしてもさ、「悲しみ」っていう感情がなかったらさ、……生きるのってもう少し……楽になると思わない?』


 ……きっと、俺が魚を殺せないのは、「悲しみ」があるせいだ。魚を殺すことにためらいのない人間だって、牛とか豚となったら……話は別だろう。「食べる」という正当な理由があるにしても、多くの人は殺せないんじゃないか……? ……千笑が言うように、その「感情」は「生きる」上でデメリットにしかならないはずなのに。


『死んだ生き物は自然のサイクルの中に戻っていくんさ。……死に役だって大切なんだよ』


 人間以外の生き物はきっと、己が生き残るためなら他の生き物を躊躇なく殺す。ならば、生き物を殺して食べることを「残酷」というのは、間違いなのだろうか。……違うな。そういう感情が表れることを正しい・間違いという話で片付けるのは、乱暴すぎる。


 ――じゃあ。己の生を犠牲にしてまで、人が悲しむ理由は何だ?


「……それ、貸してくれ。やっぱり俺、自分で捌くよ」

「え? いや、別に無理しなくていいって」

「……確かに、悲しみっていう感情は、ない方が楽だな。だから俺は、残酷な現実を見ないように生きてきた。……でも、見てしまったらもう……この感情は消せない。俺がやろうが千笑がやろうが、同じだ」


 見ない、知らない、というのは、無責任で自分勝手なやり方なのかもしれないけど、悲しみという感情から逃避するには一番効率的な手段だ。この世界の残酷な部分を知れば知るほど、……生きるのがしんどくなっていくのは確かだと思う。


 千笑のことだって、そもそも何も知らなかったら……俺は、あの事故でここまで心を痛めることもなかったんだ。ひとたび知ってしまえば、この感情は二度と取り消せない。……この記憶がある限り。


 ……しかし、「知らない」ことにも罪の意識は残る。知らなければ「悲しみ」もなく「生きやすい」はずなのに、なぜ人は「知らないこと」に罪を感じ、残酷な世界を「知ろうとする」のだろうか……。その行為にどんなメリットがあるのか、俺には分からなかった。


「良く焼いて下さいね。これは養殖物なので大丈夫だとは思いますけど、川魚には寄生虫がたかってますんで」


 捌いた魚を串に刺し、果歩さんと一緒に炭火焼きにする。なお、千笑は今、トイレに行っているので不在だ。炭火を間に挟み、向かい合う形で焼いているので、果歩さんとはよく目が合う。


「……矢吹さん、たぶん……千笑に試されてますよ」


 三回目くらいに目が合ったとき、果歩さんはクスリと笑ってから俺に話しかけてきた。


「……え? 試されてる?」

「来るときちょっと話したじゃないですか、千笑はワケがあって方言を押さえてるって。実はあの子、中学三年間片思いしていた男の子に卒業式の後告白したんですけど、『女の子っぽくない』ってバッサリ切られちゃったんですよ。……方言を押さえるようになったんは、それが原因なんです」


 苦笑いする果歩さん。なるほど、千笑にもそんなほろ苦い恋の経験があったのか……。というか、多分フラれた原因は方言じゃないだろ。


「相当ショックだったみたいですよ、千笑。もう、五時間くらい寝込んじゃって……」

「……五時間? 五日間じゃなくて?」


 ……そして早いな、立ち直るの。三年間好きだった相手にフラれても、五時間寝れば復活するんだ。……それ、そんなにショック受けてなくね? 相変わらずよく分からないヤツだなぁ……。


「……それで、俺が試されてる……って、どういうこと?」

「要するに、千笑が『女の子っぽくない言動』をしても、矢吹さんが離れていかないかどうか、ってことです。あの子結局、『女の子らしくして彼氏を作る』ことに挫折したんですよ」

「あー……、まぁ、彼氏が出来てもすぐに化けの皮がはがれそうだしな。……ちなみに俺は、全然引いてないぞ?」

「矢吹さんの前でお尻掻いててもですか?」

「むしろ萌える」

「フフッ、矢吹さんも変わってますね」

「そうか? それにアイツ、俺に色々なこと教えてくれるからな……」


 そのお陰で考えなきゃいけないことも増えたけど、人として凄く成長できた気がする。


「そうですか。もし正式に千笑の彼氏になったら、最後までよろしくお願いしますね。あ、そろそろ焼けましたよ!! 食べましょう!!」


 そう言って、魚にかぶりつく果歩さん。……ここまで来たら、もう本当にただの食品だ。……数時間前まで元気に泳いでいたとは、とても思えない。……そんなことを考えながら、俺もかぶりついてみる。


「……うまい」

「でしょ? 新鮮ですしね。命の味ですよ、これが」


 ……そうだな、確かに。良く噛みしめて食べなくちゃ……。丁度その時、「もう焼けたー?」といいながら、千笑が戻ってきたのだった。

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