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サバイバルゲーム

「あ……あのさ、釣りって……針に餌つけるよな?」

「そらそうだよ!!」


 笑顔で頷く千笑。引きつる顔の俺。……ミミズなんて見るのも嫌なのに、針の先に括り付けるなんて死んでも出来ない。……が、そんなことを言えば、果歩さんあたりに「だから都会人は……」とか思われるし千笑にも馬鹿にされる……!! どうする? どうする俺っ……!!

 

「あ、餌はこれね!! 適当な大きさにして針の先に刺して!!」


 千笑が差し出してきた箱を恐る恐る受け取り、中を覗く。うねうねうごめくミミズが山のように入っていたらぶん投げかねないと思っていたが、中にあったのはミソのような茶色い練り物だった。


「……えっ? 餌って……これ?」

「うん!! 練り餌!! 丸めて針に刺すだけだから、簡単っしょ?」


 ……。……は……ははは。なんだそうか。


 ……良かったぁぁぁぁああああ!! この全身を包み込む圧倒的な安心感はなんだ!? 体中の冷や汗が一瞬にして蒸発したわ!! これなら俺にだってぜんぜんできる!! 粋な計らいをありがとう、感動したぞ千笑っ!!


「ごめん、今シマミミズの在庫が切れてるみたいなんさ。でも、どうしてもミミズがよかったら、ここに……ちっとだけあるかんね!」

「よ……よくねぇ!! いい笑顔してこっちに持ってくるな!!」


 おい、俺に気を遣って練り餌にしてくれたんじゃなかったのかよ!! 一歩間違えたらミミズだったってことじゃねぇか!! 危なかったわ!!


 何はともあれ、どうにか釣りを開始できた。堀を覗くと、水がとても澄んでいて、水族館のように無数の魚が泳ぎまわっている姿が見える。……こうして無邪気に泳いでいる魚たちを見ていると、ついつい「お前ら引っかかるなよ!!」……って応援してしまう。


「……!?」


 ……って、あれ? 急に重いぞ? ……これ、かかってるんじゃないか!? かかってるって絶対!! うわぁ、応援してるそばから引っかかってるんじゃねぇよバカヤロー!!


「ち……千笑っ!! やばい!! 引っ張ってる引っ張ってる!! どうすればいいんだこれ!?」


 慌てて周囲を見回し、千笑の姿を探す。さっきまで隣にいたのに、一体どこへ……と思っていたら、隅っこで火を起こして魚を串焼きにしていた。夢中になっているのか、俺のSOSに全く反応してくれない。あいつ、自分の世界に入ると周りが見えなくなるタイプだな!


「うぉぉぉお!! やってやらぁぁあああっ!!」


 ヤケクソになった俺は、思い切り竿を引き上げた。釣り糸の先にぶら下がった魚が宙を舞い、「ベチン」と土の上に落ちる。


「……やった……のか?」

「すごーい、矢吹さん、もう釣れたんですねー!!」


 ビチビチと地面でのたうち回る魚をぼんやり見つめていたら、果歩さんに褒められた。彼女は未だにノーヒットらしい。心なしか台詞が棒読みに感じるんだが、都会人の俺に先を越されて嫉妬してるんじゃないだろうな? にしても……


「これ、どうしたらいいんだろうか……?」

「針を外して、あすこのバケツに入れといて下さい!」

「針……って、どう外すの?」

「あはは、そんなのグリグリすればとれますよー。私今集中してるんで、あとは自分でやってもらっていいですか?」


 ……なにそれ冷たい。……やっぱり嫉妬してない? そのすぐ後に「ちっ、また餌だけもってかれた……」とぼやく果歩さん。なんていうか、怖い。


 仕方ない、自分でやるか……。つーか、魚ってこんなにヌルヌルしてるのかよカエルみたいだな!! しかも意外と力強く暴れるし。それに、だいぶ口の奥深くに入ってないか針。グリグリって……いや無理だわこれ。取れない。……えっ、ちょっと誰か助けて。


「おー、トモくん、もう釣れてんじゃん!! さっすがぁ!!」


 もしゃもしゃと魚を頬張りながら、千笑がのんきに声をかけてきた。「もう釣れてんじゃん」じゃねーし。お前ら、釣り初心者の俺を放置しすぎなんだよ!!


「これ、どうすればいいの!? 全然針が取れないんだけど!!」

「んー? あー、餌ごと飲み込んじゃってんね、これ。糸切っちゃってもいいんだけど、捌くとき危ないから……ちっと貸して?」


 そう言って、魚を取り上げる千笑。俺は心の中で「ごめんよ、あの練り餌が最後の晩餐だ」と呟いた。


 千笑にこねくり回されて瀕死の状態になり、バケツの中で腹を上にして浮かぶ魚を横目で眺めながら、俺はふたたび針に餌をつけて糸を堀へ垂らす。釣りというか、サバイバルゲームをしている気分になってきた。


 俺から二メートルくらいの距離を置いて、果歩さんが無言で竿を握っている。そのすぐ隣には、魚を囓る千笑。


「……しっかし、どうして私の竿にはなんもヒットしないのか……」

「ねぇーかほぉー」

「何? 今集中してるから、急ぎじゃなければ後にしてくんない?」

「ケツがかゆいんだけど」


 ……。何か聞こえてくるのだが、聞こえないフリをした方が良さそうな内容だな。……うん、俺は何も聞いていない。聞こえていない。


「……そっかー。…………だからどうしろと?」

「……ケツ掻く女って、あり? トモくん引くと思う?」

「……知らねぇよ。バレないようにこっそり掻けよ。というか、たぶんこの会話聞こえてるかんね?」

「マジか!? トモくん、今の会話聞こえてた?」


 ……やめろよ。ここで俺に絡むなよ。俺も集中してるんだよ。


「……いや、聞こえてない」

「よっしゃ、セーフ!!」

「……うん、セーフじゃなくね? もうあらゆる点でアウトじゃね?」

「いや、大丈夫だって。女だって人間なんだし、ケツを掻きたくなるときくらいあるだろ」


 ……何言ってるんだ俺。つい返答しちゃったじゃねーか。いちいち台詞が萌えるんだよ千笑のやつ!! その声で「ケツが痒い」は反則だろ!!


「……だってさ、果歩!」

「もういいよ。好きなだけ掻けばいいじゃん」

「もー、つれないんなぁ……。んぁー、でもかいぃー。昨日の晩、ケツを蚊に食われたんかもしんないわぁ」

「だからさぁ、それを私にぶっちゃけて何が解決すんの!? 今集中してるって言ってんじゃん!! ……って、あー!! かかったぁー!!」


 バシャッと水しぶきを立てて、魚が釣り上がった。めちゃくちゃ喜ぶ果歩さんを見て、ほっと安心する俺。これで、彼女の機嫌が良くなるといいんだけど……。ちなみに俺が二匹目を釣り上げたとき、果歩さんが千笑とのツーショット写真を撮ってくれた。


 その後、果歩さんも順調に二匹目を釣り上げて、釣りタイムは終了。なお、二匹目については針を呑まれることはなく、バケツの中で今も元気に泳いでいる。泳いでいるのだが……


「そんじゃ、ちゃっちゃと料理しちゃうんべ!! 火はあっちについてっから!!」


 ……結局、殺しちゃうんだよなこいつら。つぶらな瞳してて結構可愛いのに。……いや、可愛いかどうかで殺してもいいかどうかを判断するのもオカシイな。でも、人間なんて皆そんなもんじゃないか?


「はい、捌き用のカッター」


 千笑からカッターを受け取り、……俺の試練が今、始まった。

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