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夢に出てきた子ども

 ついさっきの千笑との会話を思い出しながら、天を見上げる。誰かに恋をしたという経験はこれが初めてではないはずなのに……、俺の胸には、嬉しいとも切ないともとれるような、今までに感じたことの無い気持ちが溢れていた。


 俺の身に一体何が起こったのか、それは未だに分からない。明日……目を覚ましたら、元いた未来の世界に戻っているような気もする。そうなったら、もう千笑とは会えないのか……。


 生身の千笑は……写真よりもずっとステキだった。憧れの歴史的人物と会えたような感覚、と言えば伝わるだろうか。色々な事がいい意味で裏切られ、あるいは想像を超えていた。……彼女の可愛らしい声と凜々しく美しい表情が、俺の耳と目に焼き付いて離れない。


 まぁ、ロマンチックな展開は期待できそうにない性格だけど、あんなに天真爛漫な子は埼玉にはいなかった。飾りっ気も下心も感じられなくて、ほっと安心できる。……少なくとも、真っ先に年収聞いてくる都会の面食い美女よりは、よほどいいな。カエルを素手で鷲づかみにしたときは、さすがに驚いたけど。


 とりあえず彼女は、俺の中にあった「女性像」を、いい意味で破壊してくれた。だからこそ、もっと話したいし一緒にいたい。……あいつが生きている限り、ずっと。


 ……そう、あいつが生きている限り。生きられる限り。


「すみません、また来ちゃいました」


 橘民宿の受付でこの前と同じようにベルを鳴らすと、例のおばさんがすぐに出てきた。この人、美和子さんって名前だったんだ。


「また……? ごめんなさいねぇ、ちょっと覚えてなくて……」


 美和子さんにそう言われて初めて、俺がここを訪ねたのが「未来」だったことを思い出した。……いや、色々ややこしすぎるだろこれ。俺にとっては「また」なんだよ、くそぉ。


「……あ、いや、いいんです。よく忘れられる顔なので……。あの、今日から一週間くらい……泊めていただくことはできますか?」

「一週間!? 無理ではないですけど、お客さん……高校生ですよね? まさか、家出とか……?」

「い……いえいえ、違います!! 家出だったらこんな高校生っぽい格好してこないですよ!! 一人旅です。なんとなく、一人で旅行したくなったんです」

「本当に? まぁ、お家の方が心配してなければいいんですけど……。わかりました、それじゃあ学割プランでご案内いたします!」


 いらぬ誤解をされそうではあったけど、とりあえず交渉は成立。なんとか泊まる場所は確保できた。さて、今日はゆっくり休もう。明日もこの時代で目が覚めることを祈りつつ……。


『――苦しいよ。人はなんで悲しむんかな……』


 ……。……って、あれ? ……もう朝?


 ……ヤバい。早速俺、千笑の夢見てたぞ。しかも、なんだこの重苦しくて辛い気持ちは。……なんだあの千笑の怯えたような表情は。それに、千笑の近くには……いつかの気味の悪いガキが佇んでいた気がする。哀れな表情で、俺の方をジッと見つめていた気がする……。


 ……とりあえずまとめておくと。……最悪な目覚めだ。


 千笑はともかく、あの時のガキまで夢に出てくるなんて……。よほど疲れていたんだろうな、俺。大体、あのガキは本当に何者だったんだろう。気味が悪いを通り越してもはや恐怖なんだが。……もう二度と、夢に出てこないで欲しい。……そして、一刻も早く千笑の顔が見たい。笑顔の千笑を見て、安心したい。


 ……というか、今日は何月何日だ? すかさず枕元に置いてあったスマホを取り上げ、日時を確認する。……画面には、二○十三年と表示されていた。……良かった、元の世界には戻っていないようだ。


 こうなってくると、いつまでこっちにいられるのかが気になる。元の未来には戻れるのだろうか。……戻るとしても、その前に千笑が死なないように策を打っておかないと、ここに来た意味が無い。


 昨日は上手く伝えることが出来なかったが……、さて、どう伝えたらいいものか。タイムトラベルものの物語にありきたりな、「歴史を変えてはいけない!」……とか言う変な人が現れたりしたらやっかいだしな。例えばあのガキとか。


 ごちゃごちゃ考えながら朝食を摂り終えた俺は、民宿の外に出て深呼吸をした。初めて来たときからずっと思っていたことだけど、本当に空気が美味いな、ここは。草木の匂いが清々しい。


 さてと、千笑と会うのは午後か。まだ時間はあるから、この辺りの散策でもしておこう。……今頃あいつ、ダンスで汗を流しているんだろうか。いつか見てみたいよな、あいつのダンス。


 小さい体で踊り狂う千笑を想像しつつ、道ばたで配っていた温泉まんじゅうの試食をしたり、足湯に入ったり、墨で塗ったように真っ黒な釣り銭が自販機から出てきてビビったりしているうちに、いつの間にか約束の時間がすぐそこへ迫っていた。


 俺は慌てて、千笑に指定された「遊歩道の入り口」を目指す。似たような地形が多くて若干迷ったが、時間には間に合うだろう。……いや、間に合わせなければ。


「あっ、来た来たー!! もぉー、おせぇぞー!!」


 遊歩道の入り口のところから、千笑が両手をぶんぶん振って叫んでいるのが見えて、俺の顔がほころんだ。そんな彼女のところへ早く辿り着きたくて、猛ダッシュする俺。よく見ると、千笑の他にもう一人、誰かがいるようだ。


「……ご、ごめん、お待たせ……。早いね。ところで、その子は?」


 中腰になってぜぇぜぇ息をしながら、彼女の隣にいるポニーテール娘について尋ねてみた。背は千笑よりもやや高く、飾り気のない清楚な顔立ちをしている。


 ……というか、どこかで会ったような気がするのだが。……勘違いだろうか。なお、二人とも着ているのは紺のジャージだ。


「うん、紹介すんね!! ダンス部仲間の五十嵐果歩ちゃんです!!」

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